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戦略的モラトリアム【大学生活編】⑱

時間を少し戻そう。大学2年の4月。2回目の前期が始まるとき、コンピュータ室でネットをしていた。単に暇つぶしをしていただけだが。「何かしなければ・・・・・・」自分の中に漠然とした追い立てフレーズが出始めたのはこのころだ。大学をモラトリアム満開の4年間で終わらせるつもりが、なにか爪音のようなものを残したいと思い始めたのだ。厄介なことだ。余計な使命感や責任感が伴うと、始末が悪い。空っぽの時間を埋まっていくかのごとく、何かで一杯になるだろう。困ったことだ。

ふと、とある広告が目にとまった。

「論文募集:新しい日本国憲法をつくる会」

へぇ・・・・・・何か書いてみようかな。それほど強い思い入れではなかったが、とにかく書き始めた。
そんな大それたことは書いていない。抽象的な内容を美辞麗句で飾りながら拙い表現を隠しつつ書くように努めたのだ。それは芯のない、無駄な青春時代の穴埋めにちょうどいいコルクを見つけたようなものだろうか。とにかく文字を叩き続けたのである。規定字数になったらぴたっと終わらせ、さっさと角形2号に詰めて送りつけてやった。虚無感と達成感の間のような、何とも複雑な感情に包まれた。別に受賞しようとは思っていない。なんとなく使った時間の貴重さを分からないまま2週間が過ぎたあるとき、招待状が届いた。

『新しい日本国憲法を作る国民大会5.3』

まじか!
参加賞のようなものも貰うようだが、そんな大それた大会にお呼ばれするとは・・・・・・。とりあえず参加することにして、誰か誘うかな・・・・・・。そのときには既に数人の知り合いが出来ていたので、自分はその中で同い年のヤツを誘うことにした。
「お前がこんなことに興味があったなんて意外だな。」
とっさにその言葉を自分にぶつけてきた。

「わ~ってるって。自分でも何でこんなのに応募したんだろうって思ってるよ。でも滅多に参加できるものでもないから、行ってみないか?」
知り合いというか友人の一人が自分に付き添ってくれることに同意したのだった。5月3日茹だるような暑さの中、僕ら2人は九段下にいた。物々しい雰囲気の中古びた会場に入った。ガタイの良さそうな屈強な男、その道を極めたような厳つい男があちこちに見られた。

「おいおい。ここ、本当に大丈夫か?」

とにかく会場に入ると途中退出は出来ないようだ。
「監禁じゃねぇのか。何だよ、まったく!」

少し嫌になって、会場を出ようとしても、出入り口にがっちりした男性が複数人・・・・・・。

「はぁ・・・・・・しょうがない。退屈な話でも聞いていくか。」
仕方なく、前の方(指定された席)に腰を下ろした。それはそれは監獄のような息苦しさ。男臭い精神論だけを並べ立てるつまらない話が2時間余り続いた後、

「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」

と、万歳三唱で幕を閉じた。

記念に内閣総理大臣直筆の格言が書かれた皿を貰って帰路についた。

「ごめん。時間を無駄にさせたね」
唐突に自分の口からでた。本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。
すると、ソイツはまんざらでもない顔で
「いや、いいよ。滅多に出来ない経験をさせてもらったし。」

二人で笑いながらマックに寄った。男二人のペアは何とも奇妙に映ったであろう。

「あそこにいた人たちって毎年こんなことしているのかな?もっと有効な時間の使い方ってあるはずなのに」

自由参加のはずが途中退出禁止というおかしなルールに突っ込みまくった。

「途中で退出させないような面白い話にすればいいのに」

二人ともその意見で一致した。まだまだ大学生活は前半戦。モラトリアムを謳歌するのはこれからだ。誰にも干渉されず自由気ままに過ごせる時間はたっぷりとある。自分のようなろくでもない大学生に振り向かれるようにならないと今のシステムを変えられないよ、ととびっきり上から目線で彼らに叫んでいた。

勿論心の中で。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》