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「ジェントルメン」第2話:人間展開①~ギイチとクロエ

ここは都心の住宅街。見回りの自治会長が、今朝もコミ捨て場でぼやいていた。
「あ~もう!またカラスに荒らされた!さすがに今回は防げると思ったがなぁ。内通する奴でもいやがるのかぃ?いや…まさかね。」

2050年日本。2020年に50歳だった人口の最多層が80歳になり、夢を持てない状況で出生率は下がり続け、就業人口が1/3と、極めて歪な社会になってしまった。

政府は100歳超の100万人突破に備え、急増した非就業者に生活保護を約束し財政は肥大、高支持率を背に政府はAIを駆使し“東京だけ”を巨大なスマートシティとして機能させた。これにより地方は荒廃した…かに見えた。


「すごいわ先輩!VRの没入感がここまでとは!!踏んだ犬の▲▲の匂いまでした日にはかなり焦りましたで。CGもリアルやし、カラスに襲われる!って時なんかむっちゃ叫びましたやろ?あ~恥ずかし。ところでこれ、人によってシナリオが変わるそうで。何をもって変わるんやろ?…企業秘密。そらそや。しかしこれで何を評価するんでっか?…言えない。つれないな~。ほな今日はありがとう。ええもん観さしてもらいました!」

「う~ん、可愛い後輩やけど、カラスに嫌われたらあかんな。」
「ですね。うちらエージェントは、プロに嫌われたらしまいですから。」

ギイチは、大阪のエージェント会社『コア』のマネージャーで、採用にVRを使っている。目的は、異能への共感力を見抜くこと。さらに心通わせ、言語化まで出来れば理想的だ。

ところで、エージェントとは代理人のこと。スポーツで知られるが、ここは“尖った才能”を対象としていて、そうした異能が存分に活躍できる環境を整えるのが仕事。だから才能に共感し、理解を深めることが必須だ。

代理人を務められるか…を測るのにギイチは、精神科の医師で自身がアスペルガー症候群でもある特性を活かし、歪な才能を守る方法論を確立。「未知への興味の度合い」と「未知を語る言葉をどれだけ持ち合わせているか」を尺度とした。そして未知なるものとして、獣医でもあった彼は鳥に着目。特に日常的だが疎まれる存在であるカラスを採用。最新の【五感VR】を使い、咄嗟にどう反応するか…で資質を測ることにした。

≪①ギイチの企画書:VRによる採用「適性審査」フロー≫

「ただ先輩、適材って集まりませんね。」
「そらそや。“偏屈”なプロと信頼を築くんはアナログ。お国が進める教育は何でもデジタルやからね。探すのは簡単やないわな。」

いつも輝くのは才能あるプロ。それを影で支える存在は注目されない。だからコアも業績は堅調だが株価は伸びず、エリートを集めた半国営企業の後塵を拝している。そんな時、社長に呼ばれた。

「えっ、買収でっか!」
「せや。相手は半国営企業『陸道』や。何とうちに50%のプレミアムを付けてくれた♫」
「なに喜んでるんですか!なんぼいい値が付いたかて、浮かれては相手の思うつぼです。」

陸道がコアの経営権(株式1/3以上)取得を狙い、買付内容を予め宣言してコアの株主から市場を通さず株式を買付ける…つまり敵対的買収(乗っ取り)だ。直近の株価は1,235円、時価総額は300億円。これが本来の価値より安いとみた陸道の提示価格は1,850円、時価450億円の評価になる。コアの株主はいずれ1,850円を超えると思えば売らず、届かないと思えば売る。要はコアの将来性が試されるのだ。

「せやけど、そんなプレミアムを払ってまで、何を手に入れたいんやろ?」
「陸道は政府に近いさかい、わんさか集まるデータを学習させたAIでスマートシティ構想を支えてきた。ただAIは所詮、再現が上手いが創造はでけへん。だからうちを手に入れて、ビッグデータでは解けんような、色んな課題解決に手を広げようとしてるんちゃう?」

ただギイチは、買収が実現しても望む結果にはならないと感じた。コアの創造性は、陸道の企業文化に殺されてしまうからだ。例えば陸道では、カラスを駆除対象と信じて疑わないだろう。同様に、長い時間をかけて築いたプロとの信頼も、たちどころに消えてしまう。

「何としても阻止せなあかん。」ギイチは誓った。


家に帰るとカラスがいた。名を“クロエ”という。帰宅途中で先回りして出迎えたのだ。黙って家に入れると、慣れた感じで止まり木へ飛んだ。傷ついた所を拾われ、獣医でもあるギイチに治して貰い懐いた。たまに家へ来るが、普段は野生同様に暮らしているのだ。

カラスは高い知能,独特の色彩感覚,磁気センサー等が知られていたが、近年さらに研究が進み、能力を活用する企業が増えていた。コアはギイチのおかげで先駆けたが、陸道はAIで行動分析を加速、カラスの気持ちを人間語に翻訳する商品「カーリンガル」をヒットさせ追い抜いた。だが、まだ鳥から人への一方通行で娯楽の域を出ず、能力活用には繋がっていなかった。むしろ東京では急激な人口集中でカラスも増え、色んな局面で人間との摩擦が生じていた。

と、ギイチはおもむろに口笛を吹いた。カラスの可聴域は300~8,000Hzだが、聴き易いのは1,000~2,000Hz。口笛は500~4,000Hzなのでコミュニケーションに最適と、共通言語に選んだのだ。ちなみに人の声は100~1,000Hzだから、あまりカラスには届いていない。多くの企業で研究が難航しているのは、「声」への拘りが原因だろうと睨んでいた。またカラスは鳴き声と回数を使い分け、40種類もの意味を伝え合う。さらにクロエはギイチの口笛を真似て、あまり動かない舌が柔軟に動き出し、100種類ほどの意味を表現できる。

≪②ギイチのメモ:口笛によるクロエとの共通言語表≫

さらにギイチはクロエの脚に録音機を取り付け、カラス同士のやり取りを分析したところ、クロエがこの新たな言葉を流通させる過程も解明した。新たな鳴き声に戸惑いながらも、周囲のカラスがそれに適応してゆくメカニズムを分析することで、「カーリンガル」を超える新たな商品の開発に着手していたのである。

「ちょっとまずいことになった。」
「諦めるの?」
「いや、むしろ加速するで。」
「よかった!がんばる!!」
「そっちはどうや?」
「大収穫よ!報告するね。」

クロエは地図を取り出し、床に広げた。


その日は朝から社内が浮足立っていた。前日に陸道がプレスリリースを出したからだ。
【カラスの秘めた能力を活かした、画期的な地震予知法を確立】。
これはギイチが進めてきたプロジェクトと重なる為、市場は敏感に反応、買収を仕掛けられているコアの株価はストップ安となった。

≪③陸道のリリース:カラスの“磁気センサー”を活用した地震予知≫

当然すぐ社長に呼ばれた。少し前にギイチが出したリリース
【カラスと人間の共生を目指した画期的な地震予知法について、大学と共同研究を開始】
の先をゆく、今回のリリースが及ぼす影響を分析する為に。

「君の逆転策はどないや。」
「この手法は私も検討しましたが、リスクが大きいので避けました。買収の成立までにこちらも実用段階にあると示せば、引っくり返せるはず。その策は…」
「なんやと!そんなことが可能なんか!」
「はい。とにかく時間を下さい。2週間で何とかしてみせます。」
「わかった。頼んだで!」

その夜、クロエがかなり慌てていた。
「ついに見つけたの!ここよ。間違いないわ。」
といって、クロエが地図をくちばしで示す。
「かなり危ないわ!はっきり見えたもの。」
「わかった!ほな俺が行く。お前は危ないから来んな。ようやった!」


翌週、静岡で震度7の内陸直下型地震が起きた。前週にギイチが乗り込み「大地震が起こる!」と対策を自治体に働きかけたおかげで、被害は最小限で済んだ。

カラスに紫外線が見える事をギイチは知っていた。地震の前兆である地殻変動に伴い深層部から放出された電子がプラズマ化し、それが反射する紫外線で地震を予知する。しかしこの発光現象を昼間に捉えるのは難しく、いつどこで起こるか分からない震源をどうやって特定するか?という課題に、全国どこでもいるカラスなら、昼間でも空から広域に目を配ることができると考えたのだ。

具体的には、クロエの言葉を理解するカラス数十羽に、見え方が急変した場所があれば知らせるように頼んだ。まだ全国カバーではなかったが、幸運にも今回の情報が引っ掛かったので、それを基に警鐘を鳴らしたのだった。

ところで、この結果コアは“日本を地震から守る会社”として知れ渡り、株価はゆうに1,850円を超え「そんな株を売るなんてとんでもない!」となり、陸道の買収計画は完全に破綻。“カラスは日本の守り神”…そんな現代信仰まで生まれつつあった。

東京では、コアが投入した新商品「コアホン」が爆発的に売れ、もはや「カーリンガル」は見向きもされなくなった。これは誰でも簡単に口笛の音色を発信でき、カラスの鳴き声も翻訳してくれるウェアラブル装置だ。

地方では、コアの地震予知“応援団”に手を上げる人が殺到した。これは「コアホンを使ってコア所属のカラスと連絡を取る」仕事。コアは応援団に相応の対価を払い、それを遥かに超える収益を東京から上げた。これにより地方は荒廃…しなかった。

「クロエにはじまり、今やカラスはうちの大事なプロやからな。これからもよろしくな!」
「でも“日本の守り神”としては、大事な所を見落していると思うんだよね。特にここ。」
「仕方ないよ。警鐘は鳴らしてきたさかいな。自業自得や。」

クロエの嘴は東京を指していた。巨大なスマートシティ東京は、コンクリートに覆われコアのシステムは機能しない…このことは公表されている。

「誰も騙していないのに、何となく死へ向かうなんて、人間って不思議な生き物…。」

1ヶ月後、都心でカラスが数羽死んでいた。自治会長は、やっとゴミ捨て場を守る策が効いたと安堵した。しかし死んだと思われた1羽は、電磁波による気絶から覚め、ふらふらと飛んで行った。クロエに大地震の予兆を知らせるために…。


◆最後までお読みくださり、心より感謝いたします!!
よければこちらも併せて、お読み頂けますと嬉しいです◆
「ジェントルメン」第1話:Gと呼ばれる国籍不明の科学者ギルド
「ジェントルメン」第3話:人間展開②~レオナとカオル

併せて『ジェントルメン』に繋がる序章、ご興味あればぜひ。
(これは創作大賞2023:ミステリー小説部門の応募作品です)
口笛SFミステリー小説①『犯人はスイミー?』
第1部:証拠篇第2部:闇堕篇第3部:決着篇

#創作大賞2023

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