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【創作ものがたり】醸(かも)し合う友だち

この物語は、noteのお題「#2000字のドラマ」に応募したものです。

今は海の向こうに住んでいて、なかなか会えなくなったKとTに。

      *     *     *

「醸(かも)すぞ!」
このことばが、ぼくら3人のあいだでは、なぜかあいさつ代わりになっていた。

大学のキャンパスのなかで会ったとき、久しぶりに講義でみかけたとき、年賀状に一言そえるとき……ぼくらはお互いに馬鹿らしいことを言い合っていることを自覚しつつも、このことばが気に入っていた。

最初に使い出したのはテルキ。
テルキはリューヤと高校も一緒だった。
ぼくとリューヤはサークルの説明会で隣の席になり、同じ学部だということもあり、少しずつ仲良くなっていった。
あるとき、リューヤが
「川沿いの原っぱでサッカーやるから、ガクも来なよ」
と言って、そこでぼくは初めてテルキと会った。

ぼくら3人は、思いっきり文系の学部で、さえないコンプレックスをなんとか吹き飛ばそうとするかのように、ママチャリで3日間の旅に出たり、駅前でちょっと洒落た格好をして飲み歩いてみせたりした。

テルキはフランス文学専攻で、演劇サークル。
リューヤは哲学専攻で、バンドでギターを弾いていた。
そしてぼくは歴史学専攻で、サークルはとくに入っていない。

そんなほとんど共通点もないように見えるぼくらを繋いでいたのは、なんだかよく分からない同属の匂いと、そして「醸すぞ!」ということばだった。
テルキがそのときに読んでいたマンガの影響で、「醸すぞ!」という言葉を使いはじめ、そしてぼくらがなんかそれいいねってなって、ついにあいさつのことばに昇格したのだ。

ぼくはなんとなく将来、文章を書いて食べていけたらいいなと思いつつ、思い立てばふっと文章を綴ってみる程度で、本気になれずにいた。
それが、テルキは演劇サークルで、定期的に公演に出演していた。ぼくはリューヤと時々観に行ったけれど、公演が終わったあとのカーテンコールで、拍手をあびるテルキの姿はやっぱりカッコよかった。
「サッカーのとき、思いっきり空振ったことあるくせに……」などと、どうしようもないことを言ってリューヤと笑い合ったが、それでもやはり舞台の上のテルキは格好よかった。

そして、リューヤもまたステージ上の人間だった。
学祭のステージでバンドメンバーとして演奏し、MCでは得意のしゃべりを生かして会場を盛り上げていた。

そんなステージ上で輝く二人を見ながら、ぼくはたまにパソコンをたたいて、小説のようなものを綴り、同人誌仲間の合評会に出すような日々だった。

そんな日々を振りほどくようにして、ぼくは大学から距離をおき、あちこちを旅することにした。
旅先から、テルキとリューヤに、文字の上だけでは挑発するように、「拝啓」の代わりに「醸すぞ!」と力づよく書いた。
大学のある街にたまに帰ったときには、よく3人で飲んで「ガクのフットワークの軽さにはかなわないよ」とテルキとリューヤは言った。たしかに二人に勝てる点があるとすれば、唯一それだけだったかもしれない。

ぼくが旅に出ているあいだに、二人は周りと同じ時期に就活をはじめた。
リューヤは音楽で食べていくことも視野に入れていたようだが、そのうち本当に自分のやりたい音楽は、会社員をしながらの方がいいんじゃないか? と思いはじめ、いくつか内定を得たうちの一つの会社に入っていった。

テルキは、どうやら就活がうまく行かず、一念発起して、特技のフランス語をたよりにフランスに渡り、演劇活動をしてみると言い、大学を卒業していった。

そうした二人をながめつつ、ぼくは旅先で泊めてもらった人に、発酵文化の本を薦められて読んだ。その本でいちばんおもしろかったのが、分解をつかさどる菌は、生命力のないものは腐敗させ、生命力の十分にあるものを発酵させる――という箇所だ。
つまり「醸す」という営みは、生命力のあるもの同士のぶつかり合い、ということになるのだ。

ぼくも二人から1年おくれて大学を卒業し、会社員のかたわら文章を書くようになった。いくつもある公募に、毎年出そう出そうとしながら、結局は締め切りのすぎたチラシを古紙の箱に入れる日々がいくつも積み重なった。
もうテルキとリューヤとも、たまにしか連絡をとりあわなくなった。

――と、暑さが一段落した、とある晩夏の夜、アパートに帰るとポストにエアメールが届いていた。
茶封筒の差出人欄には、“Teruki Takamura”の文字。
早速、封を開けてみると、ハガキの大きさの紙。フランス語のようで、何が書いてあるかさっぱり分からないが、演劇の公演のチラシのようだ。
と、小さな紙がすべり落ちた。
拾ってみると、そこには「かもすぞ!」の文字。
テルキの懐かしい文字をながめた。

今となっては、「元気か?」「頑張れよ!」「おまえには負けない!」「切磋琢磨してゆこう」そんなもろもろの思いや感情が凝縮された、なかなかセンスのあることばだったんだと感じる。

――と、スマホの通知音が鳴った。
リューヤからメッセージが入っている。
「届いた?」
テルキからの手紙のことだとすぐに分かる。
「おれらも、腐っていられないな!」
「送信」を押したすぐ後、同じ指でぼくはペンを強く握りなおした。

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