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紀貫之と大伴黒主の鎮まる志賀の谷

最初の勅撰和歌集とされる『古今和歌集』は、醍醐天皇の命により延喜五年(905)に、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑が撰者となり奏上された。

「やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」

『古今和歌集』の序文、仮名序は紀貫之が書いている。仮名序では紀友則を撰者筆頭に置いているが、実質的リーダーは紀貫之らしい。

紀貫之のお墓は比叡山の中腹にある。坂本からケーブルに乗り、もたて山駅で降りると墓所に近い。
こんな山中に一人眠るのは寂しくないか。いまはケーブルがありますが、いにしえは墓参というより登山でしょう。お身内や親友が簡単には墓参に行けそうにない。

きっと、浮世を離れて静かに近江の景色を眺めながら眠っていたいと故人が望んだのでしょう。そのあたりのことは行ったことないので、現地の雰囲気も貫之の心情も、妄想です。

こんにちわ、妄想好きな唐崎夜雨です。
近江を歩いてまだ一か月も経っていませんが、もう去年のことになってしまいました。師走の初旬に近江を散策。
唐崎神社で芭蕉と出会い、近江神宮で天智天皇に拝し、今回は紀貫之公に触れました。わずかながらも少しは、いにしへの歌人俳人のこころに近づけたでしょうか。noteを始めて常に思います、文才あがらんかな、と。

紀貫之公を祀る小さな神社が大津市南志賀にあります。
近江神宮の北鳥居から山中越と呼ばれる坂道をのぼり、国道161号線西大津バイパスを超えたところ正面に正興寺というお寺がある。このお寺の門の手前右側に鳥居が建つ。
ここが紀貫之公を祭神とする福王子神社です。

人はいさ心はしらずふるさとは
 花ぞ昔の香ににおいける

紀貫之といえば、この歌。百人一首にも選ばれているので、多くの人がご存知かと思います。「ふるさと」と「花(さくら)」という言葉が日本人の琴線にふれるのかもしれません。

おとずれたときは十二月のはじめ。桜ではなく紅葉がまだ楽しめた。
短いけれど参道一面の散り紅葉で、落ち葉の上を歩くことさえ気が引ける。
貫之公は無粋な奴が来たものだと、あきれかえってそっくりかえってひっくりかえっていたことでしょう。
ただ、散り紅葉もかなりかさつき色艶がうせてきていたので、もう少し早くに来ていれば鮮やかだったのかなと、遅かりし由良之助。

福王子神社の境内に福王子古墳群がある。6世紀後半の群集墳らしい。
福王子神社のもとの御祭神は古墳群の被葬者の可能性があるのかな。

紀貫之が記した『古今和歌集』仮名序に載る六人の歌人を「六歌仙」と言います。僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主の六人です。
「歌仙」と称されていますが、実際に仮名序を読んでみると、決して崇め奉っているわけではなく普通に批評している。

「在原業平は、その心あまりて、ことばたらず。しぼめる花の色なくてにほひ残れるがごとし。」
「大伴黒主は、そのさまいやし。いはば、薪おへる山人の花のかげに休めるがごとし。」
など、手厳しい。

平安貴族の美意識に反するのかもしれないが、いまの唐崎夜雨からすれば、花がしぼんで香りだけ残るのも悪くないし、山人が花の下で休む光景も好ましく思います。

向かって左に紀貫之、右に大友黒主が鎮まる谷

でもふと思う。カメラマンが山中にある美しい桜の花の木を撮ろうと思っているのに、そこでおっちゃんが座り込んで一服してたら邪魔だ!と思うだろう。

まだ若いころ京都の祇園で、前から来る舞妓さんを写真に撮っていたら、舞妓さんが近づいてきたのでうっとり見ていたら、立派そうなカメラもったおっさんに「邪魔だ、どけ!」と罵倒された。
あの日以来、写真を撮るのは趣味だけど、カメラ愛好家は嫌い。

さて、六歌仙のうち、唯一小倉百人一首に採られていないのが、大伴黒主。
百人一首の撰者は藤原定家とされますが、仮名序の「そのさまいやし」に影響されて嫌われたんでしょうか。
嫌われたのは百人一首ばかりではない。
黒主は、お能の『草子洗小町』では小野小町に悪だくみを見破られ、歌舞伎の『積恋雪関扉』では小野小町を相手に対決する大悪党になっている。

一般に文芸作品では「大伴」と表記されますが、「大友」が正しいかもしれない。この周辺は古代に大友郷と呼んでおり、大友皇子の名もこの土地ゆかりと思う。

紀貫之を祀る福王子神社の北側はちょっとした谷になってる。そしてその谷を挟んだ向かい側に大伴黒主を祀る大伴神社がある。小さな谷をはさんで歌人二人が鎮まる。
山の斜面に建てられている大伴神社は、紅葉ではなくイチョウが綺麗でした。ただ、ハチの巣注意の案内をみると、ちょっと緊張。

大伴黒主は晩年、志賀山中に隠棲し、没後に土地の人が黒主の霊を祀るようになったのだとか。昭和27年には福王子神社と大伴神社の両祭神の千年祭が行われた。賑やかなお祭りも結構ですが、あまり人の訪れない雰囲気が好きになりました。

 近江のや鏡の山を立てたれば
  かねてぞ見ゆる君が千歳を 大友黒主

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