file.1 侵入は突然に(前編)

その事件は、気が重くなるような雨の降る、とあるグズついた昼下がりに起きた。

多忙にしており、アパートに帰っている暇もなかった私は、数日ぶりにアパートに帰ろうとした。

しかし、部屋の鍵を開けると、違和感があった。

不穏な空気。

玄関に、見慣れない靴がある。

数秒、私の脳内がフリーズした。

『母の靴だ』

鍵は渡していないし、彼女の性質上、一度も来たことがないところには、自力で来られるわけがない。

なのに、どうして。

混乱とともに、恐怖が私を襲った。

それと同時に、私の口からは震えた声が出ていた。

「…お母さん?」

いつもなら戸を閉めている寝室から、人の形をした影がゆらり、とおぞましく動いた。

「お姉ちゃん…」

人のような形をした“それ”は、確かに母の声を発し、更に言葉を続けた。


…後編に続く


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