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東京行 神保町編

 2月10日の朝、東京は雪景色だった。写真がないのは痛恨の極みだ。スキーで見慣れた景色のせいか、それとなく違和感を覚えなかった。

 「今日は古書店を巡るんだ!」。東京に足を運んだ目的は就活ゼミへの参加だけではない。お気に入りの一冊を見つけることがむしろ主目的だ。

 早速お昼に宿泊先のドミトリーホテルを出て古書店街へ傘をさしながらゆっくりと足を進めた。折からの雪はどうやら雨混じりでパチパチと雨粒の弾け飛ぶような音がした。

写真=サクラホテル神保町 2023年2月11日

 雪に濡れないようにするために店前の本たちはブルーシートに覆われていた。肝心の本を見つけるには書店の中に足を踏み入れなければならないようだ。

 いや、別に入ってもいいのだがどうも古書店の店主の鋭いねっとりとした目で見つめられながら本を覗くのは気が引ける。
 
 外に置いてある本だと多少気を遣わなくて済むのだが、今回は意を決して古書店特有の引き戸をガラガラと開けた。立て付けが悪く若干の引っ掛かりがあったが力を入れる。

神保町の異空間

 暖かい。先程までの冷たい空気に包まれ、車がひた走る神保町の喧騒とは打って変わった。肌感的なものだけではなく、視覚的な本の温かさだ。

 その店は歴史書と宗教関係の古書が大変充実していた。恥ずかしいことだが店内で自分の知っている本は司馬遼太郎さんの著作くらいなものだった。

 歴史書は平安時代の建築や古代の東アジア交流史といった一歩踏み込んだ分かり易い歴史教書が多い印象を抱いた。

 もちろん研究書の類もあるが、概して目立つところには「店主の趣味丸出し」な一風違った歴史の視点を紹介する本たちが所狭しと並んでいる。

 一通り覗いたあとは一冊も買わずに店を出た。どうせまだ回る。お気に入りの一冊を見つけるため更に神保町の小路に向かった。

出会い


写真=見つけた本(岩波神保町カフェ)2023年2月10日

 神保町の岩波カフェ近くの裏道を進む。新書と文庫本が豊富に揃う小さな本屋さんがあった。名前は覚えていないのだが、黒ずんだレンガに
錆びた白い看板が掲げられている見た目から裏道の古書店らしさを感じた。

 古書店の温かみのある中に入って本棚を物色していると、「石橋湛山」という四文字が目に入った。少し前にとある地方新聞社に勤めていたという大学のY教授が自らの尊敬する人物として挙げていたのが印象的だった。

 フワッと頭をよぎったのだが、どんな人物なのだろうと思った手前、取らないわけにもいかず手に取って数ページ読んでみる。

 同人物の評伝などはよくインターネットなどでも調べていたので「何をした人」なのかは知っていた。

 読み進めていくと石橋氏がどのような思想を持って国家宰相の地位に立ち、反骨のジャーナリストがいかにして生まれたのか、本を読み目をつむる度にその情景が浮かび上がるのだ。

 カラー付きではない白黒の情景なのだが、かなり前に見たNHKの人物回想録のような具合である。

 よし買おう。決めたら即断即決だ。古書店を出た後は気分がよく、どこかのカフェで美味しいコーヒーを一杯飲んでからこの本を読んでやろう。という気合の入りようなのだから仕様がない。

今日は自分の心に付き合ってやるのだ。体もやる気満々。

帰りの朝

 結局昨日はほぼ一日中本の虫になっていた。他にも二冊ほど本を買った。

 今の時代は電子書籍も流通しつつあるのだが、やはり紙媒体を手に持たなければ読む気持ちが起きないのは昔と変わらないのかもしれない。

 ある時母がネットの文章は「見るもの」で紙の文章は「読むもの」なんだと話していた。記憶に残るか残らないか。実は媒体の違いによるものも大きいのだと語っていた。

 私は迷わず後者を選びたい。時間がもったいないのなら記憶に残る方がいいのではないか?と思ってしまうからだ。

 帰路に就く朝はどこか憂鬱だった。合宿の息抜きはもう終わり。現実に戻るのがちょっと寂しい。今頃部員は何をしているだろうか。きっとスキーの練習をしている。

 こうして宿のフロントにあるカフェコーナーでコーヒーを飲んでいる間にもトレーニングを重ねているのか。と思うと一刻も早く戻って自分も練習しなければならない義務感に駆られる。

 紙の本を閉じる。文章を読み頭の中で唱えて考える時間はここでおしまい。無情にも時間は過ぎてしまう。俯き目を狭めて後頭部を搔きなでながら重い腰を上げた。「よし、戻ろうかな」。


写真=前日と比べて嘘みたいに晴れ渡った神保町の空 2023年2月11日


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