警察史研究(史料編2)

はじめに

  前回は、雑誌や新聞などをみていき、外勤巡査の史料が少ないと述べました。そこで今回は、派出所や駐在所の外勤巡査の活動実態を示す史料の例をあげていきます。

末端警察史料

行政警察と外勤巡査

 1885年、内務省警保局が編纂した警察執務に関する参考書『警務要書』下巻には、警察行政の所掌がまとめられています。そこには、安寧警察、宗教警察、衛生警察、風俗警察、営業警察、河港警察、道路警察、建築警察、田野警察、漁猟警察と、幅広い所掌分野が記されています。
 戦前の警察は事件・事故を未然に防止する行政警察を軸としたため、あらゆる事象に関わり、その権限・情報も膨大なものとなりました。当然、新たな領域が生まれたらその所掌範囲も膨張していくわけで、例えば日露戦後は、貧民警察が登場してきます。
 それら機能を稼働させたのは、警察機構の末端である派出所や駐在所の巡査(以後、外勤巡査)なのです。この派出所や駐在所は明治初期に誕生、1880年代に整備されて以降、現在も交番(巡査の交替勤務)・駐在所(巡査の勤務兼家族との住居)という形で姿を残しています。
 外勤巡査はその機能を稼働させるべく、巡回業務のほか、戸口調査や臨検視察といった調査によって、さらには営業許可や、旅館などへの移動者情報の報告義務から情報収集を行っていました。

巡査による監視・情報収集

 戸口調査とは、巡査が担当区域の居住者すべての情報を収集保管することであり、外勤巡査は戸口調査簿というものを携えて担当区域の家を回りました。この戸口調査簿や営業申請、風俗に関わる事案、興行や祭典にまつわる書類、報告書など、警察はあらゆる史料を持っていると考えられているのです。一部の『警察史』では戸口調査簿の表紙の写真がみられたりします。やはり警察本部が所有していると見ていいでしょう。
 しかし、こうした活動実態を示す史料は、プライバシーの関係もあり、ほとんど世に出てきません。こうした活動で得た情報は、史料に残りにくい生活や伝統文化、風俗や衛生問題などが含まれ、これら史料が開示されれば、近代史研究が大きく進むでしょう。

巡査の活動実態を示す史料

 史料が全くないというわけではなく、前回あげた雑誌類の他、明治期の基本的な警察史料は日本近代思想大系3 由井正臣・大日方純夫『官僚制 警察』岩波書店 1990年に収録されています。中でも巡査の勤務実態を示すもので、大日方氏が発見したものでは、千葉県の巡査、野平忠右衛門の記録「職務執行乃聴視録 控分」があり、1883年から1886年までの、巡回中の見聞や処理した事件などが記されています。
・神奈川県
 また神奈川県では、1885年10月から1911年11月までの26年間、巡査として神奈川県で暮らした、石上憲定という人物が日記を書いており、巡査の勤務実態がみられます。この日記は史料集として刊行されています。(『明治の巡査日記―石上憲定「自渉録」』(茅ヶ崎市史史料集 第一集)茅ヶ崎市 1997年)
 また茅ヶ崎市史編集委員会編『茅ヶ崎市史研究』(第22号-小特集 石上憲定「自渉録」-)では、日記を読んだ大日方純夫氏による論考があります。『近代日本の警察と地域社会』(筑摩書房 2000年)でも、同日記の分析がみられます。
・山梨県
 さらに山梨県には、小笠原警察分署管内にあった在家塚村駐在所の巡査、小林裕が勤務関係の事象を書き綴った「参考書類 在家塚村駐在所」という史料があります。1902年1月から7月までのものが中心で、巡回状況や臨検、衛生調査などの報告表が載っています。
(林田敏子 大日方純夫 近代ヨーロッパの探究『警察』ミネルヴァ書房 2012年 344・5・48~53頁参照)
  この史料は、早稲田大学、北海道大学に在籍兼任する武藤三代平氏が、古書店で見つけたもので、大日方氏がそれを拝借し、林田敏子 大日方純夫 近代ヨーロッパの探究⑬『警察』(ミネルヴァ書房 2012年)にその詳細をまとめています。

所有している史料

   私の手元に「石坂巡査駐在所管区及警邏線路畧圖」というものがあります。

   名古屋市の古書店で見つけ、1500円程で購入しました。万年筆のようなもので書かれており、筆者は瀬口伊三という人物。現在の名古屋市昭和警察署の管内、鶴舞線いりなか駅付近と思われます。駐在所の右下に位置する隼人池は現在隼人池公園となっています。また香積院、宝珠院など現在もある寺院が載っており、位置関係も一致しています。
  いつ、どういった経緯で書かれたかは分かりませんが、この駐在所は都築嘉雄編『昭和警察署四十年史』1971年)によれば、御器所警察署創設時は同警察署管内にあり、少なくとも御器所警察署創設の1930年にはあったと見られます。

押印表の位置情報

   また巡回経路には押印表というものがあり、1894年に制定された「巡査勤務細則」によれば、同細則第26条に「駐在管区内数ヶ所ニ押印表ヲ設置シ警邏ノ都度之ニ押印セシムヘシ」と定められていることから、巡回時に押していたと見られます。(愛知県警察部編『愛知県警務要規』上  1899年  52頁)
   1938年に制定された「警察署職務規程」の第1章 組織の第8条にも、署長が駐在管区巡査の押印表を定めるよう決めていました。(愛知県警察史編集委員会『愛知県警察史』第2巻 愛知県警察本部 1973年 137頁 )

終わりに

 卒論では神奈川の巡査、石上日記を用いました。日記を用いる上で注意点はありますが、駐在所の機能を見るには、この日記が1番まとまっており適当なものだと思います。
 しかし実態史料が見られる地方を見ると、関東地方に集中しています。自分が研究した愛知・岐阜などはほとんど見つけられません。先にあげた史料は卒論では用いなかったので、他で活用したいとは考えています。
   全国的な視点を持ちたかったので、兵庫、埼玉の実態も分析しましたが、同じく史料の少なさには頭を抱えました。
  次回は、そんな僅かしかない史料状況の中、地方警察の外勤巡査を調べる上で、どんな史料を用いたのかまとめていこうと思います。

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