警察史研究(史料編)

はじめに

 今回は警察史料、当時の文献を紹介していきたいと思います。今まで先行研究にどのようなものがあるか語ってきましたが、やはり重要なのは史料ですよね。史料がなければ歴史学は何もできませんから。
 2月19日、警察史料に関する進展がありました。1891年、来日中であったロシア皇太子のニコライが、警備中の巡査、津田三蔵に切りつけられた「大津事件」に関する新史料が発見されたのです。
ロシア皇太子負傷の「大津事件」、斬りつけた津田三蔵関連の80人の証言集など新資料見つかる : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
 警察史料は、全体的に数は多いのですが、実態を示すものは少ないというのが特徴といえます。歴史学者の大日方純夫氏は、岩波書店でのインタビューで、史料の構造や保存・整備状況について聞かれた際、次のように述べています。

「警察史料すべてに共通すること、それは秘密性であり、閉鎖性なのです。」(中略)「要するに見ることができない。中核的な文書が利用できないし、そもそもどんな史料群があるのか、その構造が秘密のままなんです。」

「警察関係史料の現状」(日本近代思想大系3 由井正臣・大日方純夫『官僚制 警察』付録〔月報19〕1990年 4~5頁

 東京の場合、警視庁は東京府とは別に独立していたため、その史料大系も異なるわけです。しかしその他府県においては、警察が知事のもとに置かれたにもかかわらず、その史料は県行政と異なり、現在も文書館や図書館でその史料を見られることはほとんどないのです。(見れても令類纂や規則)
 1990年の記事で、大日方氏は先のように述べていましたが、30年以上経った現在でも、発見はあれど、実態はほとんど変わっていないと言えます。
 この滋賀県警の捜査資料発見は、こういった警察史料の現状からみて、とても大きな発見といえるでしょう。
 中央の警察史料、府県の警察史料、警察署や駐在所などの末端史料、雑誌や新聞などの公刊史料の4つの分類の中で、今回は公刊史料をまとめていこうと思います。

明治期~の警察関係雑誌

  明治中期頃になると警察関係機関から雑誌が刊行されるようになります。主なものは以下のものがあります。
『警察志叢』
警察新報社が発行した雑誌。こちらは発行年がはっきりしないものが多いですが、1893年の1号から9号までが、国立国会図書館で見られます。主に法律に関する論考が目立ちます。
『不眠不休警察眼』
警眼社が発行した雑誌。1893年から1900年まで刊行されており、1900年以前ではまとまった警察機関紙といえます。警察制度や警察行政への意見、論考ほか、巡査の意見なども見られます。国会図書館デジタルコレクションではなく、遠隔複写という形で見られます。
『警察監獄学雑誌』
警察監獄学会が発行した雑誌。1891年から1893年までのものが国会図書館で見られます。警察や監獄の制度や規則、警察官僚の講義、講演内容のほか、徳川時代の取締り体制の論考など、幅広く扱われています。
『警察新報』
 警察新報社が発行した雑誌。こちらは途切れているものが多いですが、1891~3年、1925年~1953年の間のものが国立国会図書館で見られます。こちらも徳川時代の論考があったりします。ほか警察や監獄の制度、規則や法改正、実務に対する意見などがみられます。
『警察学』
警察学発行所が発行した雑誌。こちらも途切れているものが多く、ほとんどが出版年不明ですが、1892年と93年に刊行されたものがあります。みられるものでは探偵の小話をエピソード風にまとめていたりしています。また購読者の表も見られ、当時、全国的に警察関係者が読んでいたこともわかります。
『警察』
警察同盟会が発行した雑誌。国会図書館では1892年から1895年までの記事がみられますが、ほとんどは途切れています。他と同じく、法律や警察行政への意見、論考がみられます。

  明治末期頃には『警察協会雑誌』や『日本警察新聞』など、警察史料の主軸と言えるものが刊行されていきます。
 直接的に活動実態を示したものとは言えませんが、明治末期から昭和戦前期までの警察史研究をするならこれを見なければと言っていいでしょう。
『警察協会雑誌』
1900年から警察協会が発行した雑誌。1900年以降、戦前、戦中期を網羅した雑誌で、警察史研究では中心的な史料。警察制度や法律、実態に対する警察官僚の論考や訓示、巡査の意見がみられます。
 警察協会は東京だけでなく、全国の警察部にもあり、ここからも雑誌が刊行されていました。しかしそのほとんどは見ることが出来ず、やはり地方警察となると史料は不足しています。
 ちなみに私は警察協会岐阜支部の機関紙、『警察之友』(岐阜県警友会 1906年)が発行した創刊号のみ、古書店で入手することができました。戸口調査についての問答が記されており、非常に参考になりました。
『日本警察新聞』
日本警察新聞社が発行した新聞。国会図書館デジタルコレクションでは1907年から1934年までの記事がみられます。こちらも警察史研究の中心的史料。同じく警察官僚の訓示や論考、制度や規則の改正、現場による警察実務の意見などがみられます。

大正期の警察関係雑誌

『自警』
警視庁が警察官の教養のために発行した雑誌。1922年の記事は国会図書館デジタルコレクションでも簡単にみられます。同図書館では1998年までの記事がみられます。警視総監の訓示や警察行政に対する現場の声がみられます。特に1922年の人事相談所に関する記事は、卒論で用いました。
『警察研究』
良書普及会が発行した雑誌。1930年から刊行され、捜査手法や法令、制度の概論などがみられます。国会図書館では遠隔複写という形で見られます。

『軍事警察雑誌』
軍警会が発行していた雑誌。国会図書館では1908年からの記事がみられます。こちらは軍部の警察、憲兵に関する記事が多いです。また海外の軍事関連、駐在員の経験などが記されています。
 また海外関連でいうと、『台湾警察協会雑誌』『台湾警察時報』、朝鮮であれば『警務彙報』などがあります。統治下台湾・朝鮮での警察の動向、警察官僚の動向がみられます。

戦後の警察関係雑誌と公刊史料研究の課題

 戦後期、1945年からは立花書房の『警察公論』や、1948年からは警察大学校編の『警察学論集』などが刊行されていきます。『警察白書』、『警察政策』警察政策学会編はじめ、現在でも刑事、法令などに関する警察関連雑誌が多くみられます。
 しかし、警察の内部資料は基本的に出てきません。こうした公刊史料から見ていくこととなりますが、それらが十分に検討されているかというと、そういえないと考えます。検討は、警察政策学会管理運用研究部会編「警察協会雑誌からみる警察の歴史」(警察政策学会資料 第77号 2014年)の他、「警察雑誌検討一斑(十一訂稿) ―戦前期警察史の一齣― 」(令和 4(2022)年 8 月 15 日現在)keisatsuzasshi.pdf (hiroshima-u.ac.jp)が詳しいですが、公刊史料を追った研究はまだ少ないといえます。
 書かれていることが、警察の内部実態とは言えませんが、警察が発信したかったことが書かれており、警察に都合のいいことだという視点で見ると、警察組織が考えていたことを明らかにする上で、やはり重要な位置を占めるものといえます。公刊史料の見直しが求められていくと考えます。

おわりに

 外勤巡査、主に地域とのつながりを見せる末端警察に関する史料は少ないですが、公刊史料にみられる外勤巡査の意見などを用いた研究もほとんどありません。雑誌には外勤巡査の意見がちらほら見られ、地域との関係を論じる上でまさに重要なものといえます。
 卒論では『警察眼』や『警察協会雑誌』にみられる巡査の意見を取り上げ、戸口調査の実態、外勤巡査の勤務実態を分析しました。ただ私自身、研究職に進むわけではないので、今後外勤巡査の研究、あるいは巡査の組織観など広くとらえた研究も求められていく中で、誰か有望な研究者が出てくることを望んでいます。


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