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「書くことがない」なんてことはない


2023年1月9日(月)朝の6:00になりました。

6:00は6:00です。祝日なんて関係ありません。

どうも、高倉大希です。




こうして毎日書いていると、こんな質問をされることがあります。

「書くことがなくて悩む日はないんですか?」

結論、書くことがなくて悩む日はありません。


なぜなら、自分のことを書いているわけではないからです。

自分の内側にあるものなんて、せいぜい限られています。

そもそも、数十年しか生きていないテメェのことなんて誰も興味はありません。


一方で、自分の外側には膨大な世界が広がっています。

そんな広い世界のほんの一部を頂戴して、テキストに落とします。

あまりにも広いので、どれだけ切り取ろうが、なくなることはありません。


つまらない人間とはなにか。それは自分の内面を語る人である。少しでもおもしろく感じる人というのは、その人の外部にあることを語っているのである。(中略)自分の内面を相手が受け容れてくれると思っている時点で、幼児性が強いのである。
田中泰延「読みたいことを、書けばいい。」ダイヤモンド社


本当におもしろい人というのは、様々なジャンルの引用元をもっています。

野球の話をしていたかと思ったら、その次にはアイドルの話をはじめています。

まったく異なるように見える具体を、抽象化して線で繋ぎます。


彼らは決して、生まれながらにして好奇心が旺盛だったわけではありません。

野球が好きだったわけでも、アイドルが好きだったわけでもありません。

好きになる努力を積み重ねてきた人たちです。


物を知るにはこれを愛さねばならず、物を愛すにはこれを知らねばならない。
西田幾多郎(1979)「善の研究」岩波書店


先日、こんな記事を書きました。

「興味の有無なんて関係ねえ」という記事です。



好きになるのは努力です。

たまたま好きになることができたものだけを大切に抱えている限り、おそらくこれからも「書くことがない」と悩みつづけます。


ライターの考えなど全体の1%以下でよいし、その1%以下を伝えるためにあとの99%以上が要る。「物書きは調べることが9割9分5厘6毛」なのである。
田中泰延「読みたいことを、書けばいい。」ダイヤモンド社


どうせなら、好きになってみればよいではありませんか。

毎朝投稿しているこのマガジン「柿の種」も、ぜひ好きになってみてください。





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