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デビッド・ボウイがLife from Marsと呼んだ灰色の中間、誰よりも的確だったネット解説。



1999年にジャーナリストのジェレミー・パックスマンがBBCのニュース番組でデビッド・ボウイに行ったインタビューより

David Bowie speaks to Jeremy Paxman on BBC Newsnight (1999)

動画リンク : https://m.youtube.com/watch?v=FiK7s_0tGsg




・・・はじめに



 デビッド・ボウイが’99年に行ったこのインタビューは、時折SNS上でその動画の切り抜きがトレンドに上るのでそれを見たことがある方は多いかも知れません。


 このインタビューはまだスマホやタブレットもなく、2004年にサービスを開始したフェイスブック(2004→)やツイッター(2006→)、LINE(2011→)、インスタグラム(2010→)、omegle (2009→)のようなSNS、そしてyoutube(2005→)やtiktok(2016→)といった’21現在の私たちにとっての主なネットとの接点がどれもまだなかった頃に行われたものです。それはまだインターネット自体が少し変わった趣味程度のもので、数MBに過ぎない一曲のmp3ファイルをダウンロードするのに2〜3時間かかっていた頃でした。

 ‘21現在、プロデュセイジ/Produsageという造語が生まれるくらいには、SNS的セレブリティやミュージシャンとその視聴者など、プロバイダーとユーザーの関係は曖昧でその境界は不明瞭なものとなっています。
 そしてコンテンツとしてのテキスト、画像、映像や音楽の実際的な価値は、ネット上で共有、評価、切り抜き、改変、引用、コピー、マッシュアップされるその全体です。
 CDやレコードなどのフィジカルメディアから自由になったそれらは、明確な単独の作品としての輪郭線を待たずネット空間に漠と広がっており、その曖昧なグレーゾーンを無視してプロバイダーが提供した個別の作品を見るだけでは、もはやそのコンテンツの部分的な狭義の見方になるのかも知れません。
 それらのことを考えると’99におけるボウイの発言は極めて先見的だったと言えるだろうと思います。

 20年以上前に行われたこのインタビューを今改めて見返す意味を一つ挙げるとすれば、それは彼が当時話した”インターネットが浸透した社会”という地平には、’21現在の私たちの社会がその範疇に含まれるように思えるからです。


 特に面白いのは彼の予見的な結論だけでは無く、彼がそこに行き着く過程で用いた視座、問題意識、変化のスケール感、そしてその論拠や個別の事柄の解釈です。

 このインタビューの流れは、まずボウイのデビューから’99年時点までのキャリアとその時代背景を振り返ることからはじまり、’99時点の音楽文化とその背景にある社会状況の解釈、そして未来への予見へと展開します。

 前半のボウイのキャリアに関する部分は一見インターネットとは関係の無い話ですが、ボウイは’50年代以降の音楽文化の変化に言及しながら社会とその変化の方向性を指摘し、その流れの結果としての現在、未来、そして”インターネット”を説明しています。そのため少し長くなりますが、その前半部分も含めた訳を試みました。

 訳後に個人的な感想を少し書きましたがそちらは読み飛ばして頂いて構いませんので、是非インタビュー訳と可能であれば元動画も見て頂きたいです。ボウイという人がただ感情と才能にまかせただけのロックスターではなく、音楽と社会に対する深い洞察とユーモアをもった聡明なアーティストだったことを私はこのインタビューで知りました。

 何箇所かそのニュアンスや言い回しの真意が不確かなところもあり正確な訳文とは言えませんが、その面白さの一端でも伝われば幸いです。







・・・訳文



interviewer Jeremy Paxman : I was thinking back over your career, and it seems to me that there’s been a constant reinvention…

 ジェレミー・パックスマン: これまでのあなたのキャリアを振り返ってみると、常に”再発明”の連続だったように思えるのですが。


David Bowie : …of sorts yeah.

 そうですね。


J : why did you do that?

 なぜでしょう?


D : um,  I think I was quite happy to buy into the idea of … reinvention, up until the beginning of the 80s really. 

 私は80年代のはじめごろまでは、”再発明”という考え方に満足していたように思います。


And it came about i think more than anything else that when I was a teenager. I had it in my mind, that I would be a creator of musicals. I sincerely wanted to write musicals for the west end, for the broadway …whatever. I didn’t see much further than that. 

 そのような考え方は十代の頃から持っていたように思います。その当時私はいずれミュージカルを作りたいと考えていました。ウェストエンドやブロードウェイのような。そのことに真剣ではありましたが、それ以上のことは特に考えていませんでした。


As a writer I really had the idea in my head, that people would do my songs, and I was not a natural performer. I didn’t feel at ease on stage ever. and I had created this one character Ziggy Stardust that it seemed that I would be the one would play him. because nobody else was doing my songs and chances of my actually getting a musical mounted were very slim, and so I became Ziggy Stardust for that period. 

 現在に至るまで私はステージに上がることを容易に感じたことは一度もありません。私は本来演者としてステージに上がることには向いていないんです。当時私はミュージカル作家として、人々が私の曲をを演じることを望んでいました。そしてある時ジギー・スターダストという一人のキャラクターを発明しましたが、当時は私の曲を演じてくれる人は誰もいませんでしたし、それにステージを実現する機会自体が非常に限られていたこともあり、その時期は私がそれを演じるしかありませんでした。


I like the idea and felt really comfortable going on stage as somebody else. and it seemed rational decision to keep on doing that. So I got quite besotted with the idea of just creating character after character. I think probably there must have been a point in the late 70s, where I felt that characters were in fact getting in the way of myself as a writer and I endeavoured to kind of kill them off and start writing for me as just a singer-songwriter.

 自分ではない誰かとしてステージにいることはとても居心地よく、私はその考え方がすごく好きになりました。そのためそれを続けることは理にかなったことだと思え、一時期私は夢中になって次から次に新しいキャラクターを作って行きました。

 やがて、確か70年代の終わり頃だったと思いますが、それらのキャラクター達が徐々に作家としての私にとって邪魔なモノになっていきました。そしてある意味でそれらを葬り去り、シンガーソングライターとしての私自身のために書くように努力しました。

I’m not sure if I was ever successful in that, because I do take a degree of theatricality when I go on stage all the time, is sort of that’s how I deal with the stage situation. I’m still not comfortable on stage. 

 しかしいずれにしろ私は常にステージに上がる時には芝居がかった気取った風な度合いを強めるので、そのことに成功したかどうかはわかりません。いまだにステージの上では居心地の悪さを感じています。

J: but “David Bowie” himself is an invention. I mean do you think of yourself as bowie or David jones the boy from south london?

 でも”デイビッド・ボウイ”そのものがある意味発明ですよね? あなたは今自分自身を誰だと考えていますか? ”デイビッド・ボウイ”でしょうか?それともサウス・ロンドン出身の一人の男性としてのデイビッド・ジョーンズ(本名)でしょうか?


D : uh… less and less as bowie…bowie…( laugh ). I don’t even know how to pronounce it anymore. I’ve lost track! I always thought it was “bowie” I thought what is Scottish name must be “bowie” but nobody in Scotland pronounces it like that. pronounce it “boowie” or something…

 ふむ。。。”ボウイ”としての自分はどんどん消えて行っているように思えます。 もう”ボウイ”をどう発音するかさえも定かではありません(笑。すっかり忘れてしまいました。”ボウイ”の発音はスコットランド由来の名の”ボウイ”だと思っていたんですが、スコットランドではそのようには発音しないそうです。”ブウイ”とかそんな感じらしいです(笑。



D : …it was some kind of discovery in the 80s I think, that a lot of what I am is my enthusiasms. that I always been a very curious and enthusiastic person again and says from when I was a teenager. and that it really wasn’t up to me to try and identify exactly what that meant. I just had to accept that I was a person had a very short attention span, would move from one thing to another quite rapidly when I got bored with the other and I became  comfortable with that and I didn’t try and identify myself or trying to ask myself who I was. the less questioning I did about myself, as to who I was, the more comfortable I felt. So now I have no knowledge of who I am, but I’m extremely happy (laugh)

 私は十代の頃から好奇心が強く、熱中しやすい性格でした。80年代のどこかだったと思いますが、ある種の”気付き”がありました。
そういった沢山の”私/ キャラクター”は私の”熱中”だったのですが、それらの”熱中”がどんな意味を持ち、それがなんなのかを理解することは私の役目ではないことに気づいたのです。私は単に自分はそのような熱中がとても短い期間しか続かない人間であり、次から次へとその対象が移り変わる飽きっぽい性格の人間なのだということを受け入れれば良いだけだったのです。
 そのことを理解してから私は自分が何者なのかを自問して自分が”誰なのか”を探すことをやめてすごくに楽になりました。自分が何者なのかを自問するのをやめればやめるほどに私は楽になったのです。ですから今はもう私は自分が誰なのかを全く知りません。ですがそのことを非常に幸福に感じています。

J : but do you find business of being in the music industry as interesting and attractive as it is…

 ですが、音楽産業のビジネスの中にいることは魅力的で興味深いことだとは、、、


D : I have nothing to do with the industry I really have so little to do with it.
the hub of my creativity come from what I do where I go. I put myself in places one that maybe I’ve never been before…um, or that I’ve … I feel there’s a certain tension involved. I can’t really write or produce much if I’m in a place that’s relaxing. I have to have a set of conflicts going around me. Not necessarily of my own doing I’ve learned that particularly bad idea.

 私は音楽産業と全く関係ないんです。ほんの僅かの関わりしか持っていません。私の創作活動の要は私がどこに行き何をするかということなのです。私は自身を今まで訪れたことのない場所や、もしくは緊張や不安を感じる場所に置くことにしています。リラックスできて居心地のいい場所では、私はほとんど書いたり創作したりすることが出来ないからです。私にはある種の対立や衝突の起きている状況が私の周囲に必要なのです。それは決して私自身の内部の対立や衝突である必要はありません。いえ、逆にむしろそのようなことは非常に良くないことだということを私は学びました。

J : what do you mean?

 どういう意味ですか?

D : well…I don’t create my own conflicts in my own life. I think I might have done that to quite an extent when I was younger, as is actually things were going too smoothly, I would be drawn, because being an addicted personality I would be drawn to create conflicts that would produce the tension necessary to write. Now I find that I can do it by observation, more than being deeply involved in a mess to be able to write.
um… but the industry side of things I really I’m not even sure what that word actually represents to me anymore.

 つまり、、、創作活動の為に自分自身の衝突や対立といったものを自分の人生の中に作り出す必要はないということです。私は若い時にそれを少々やり過ぎました。その当時は物事がスムーズに行き過ぎていて、熱中しやすく中毒的になりやすい性格の自分は、書いたり創作するための緊張を作るために”衝突や対立”を作りだすことに強く惹かれたのです。ですが今はそれと同じことを自分自身が衝突や混乱に深く関わることなく、”観察”を通してできるようになりました。

 ”音楽産業”というものに関して言えば、正直その言葉が私にとってどのような意味を持つのかもう私にはわかりません。


J : I mean personal level you don’t do drugs anymore.

 私的な面の話ですが、あなたはもうドラッグはやらないんですよね?

D : no absolutely not. 

 全くやりません。

J : and you don’t drink?

 飲酒もしない?

D : I don’t drink either no.

 飲みません。

J : not even a glass of wine or…

 ワイン一杯ほども?

D : no, it would kill me. if I start it again.

 飲みません。もし私が飲酒を再開したら死んでしまいますね。

J : what do you mean it would kill you?

 どういう意味ですか?

D : I’m an alcoholic. so it was, it would be a kiss of death for me to start drinking again. and my relationship with my friends my family everybody around me are so good and have been for so many years now. I wouldn’t do anything to destroy that again.
It’s very hard to have relationships when you’re doing drugs and drinking, I for me personally anyway. and you become closed off unreceptive, insensitive, all the dreadful things that you’ve heard every other pop singer ever say. I was very lucky that I found my way out of that. it’s been good for me, I’ve reassessed my life any number of times.

 私はアルコール依存症なんです、でした。それは本当に私の命取りになるんです。今現在の私の友人や家族との関係は非常に良い状態でそれがもう何年も続いています。私はそれをもう一度壊すようなことは絶対やりません。
 飲酒やドラッグをやりながら良好な人間関係を持つことはすごく難しいことなのです。少なくとも私個人にとってはですが。そのような状態では閉鎖的になり、受容的でなくなり、無神経で人の気持ちの分からない人間になってしまうのです。いわゆる良く見聞きするポップシンガーたちのひどい言動ですね。
私がその状態から抜け出すことができたのはすごく幸運でした。それ以降は良い状態が続いています。私は何度も自分の人生を評価し直しています。


J : if you starting out now. I think, did I read somewhere that you said if you were 19 you wouldn’t go into the music business.

 もしあなたが今から人生をやり直すとしたら。確かどこかであなたの発言を読んだ気がするのですが、もしあなたが今19歳だったら音楽の道には進まなかったと?


D : I think that’s probably quite right. I think, I think I’d probably just be a fan and collect  records. 

 おそらくそうでしょう。多分ただ音楽のファンになってレコードを集めてるだけかもしれません。


I wanted be a musician, because it seemed rebellious, it seemed subversive. It felt like one could affect change to a form. It was very hard to hear music when I was younger. When I was really young, you had to tune into A-FM radio to hear the American records. There was no MTV and there was no, it wasn’t sort of wall to wall blanket music. and so therefore I had a kind of a call to arms kind of feeling to it. This is the thing that will change things, this is a dead dodgy occupation to have.  It’s still produced signs of horror from people if you said, yeah I’m in rock and roll, it was…my goodness. 

Now it’s a career opportunity and the internet is now carries the flag of being subversive and possibly rebellious and chaotic nihilistic and…

 当時私は確かにミュージシャンになりたかったんですが、それはそれが反抗的で破壊的に見え、それによって”形式”を変えることに影響を与えることができるように感じたからです。
 私が若かった頃音楽を聴くことは簡単なことではありませんでした。私の幼少時代にはA-FMラジオでしかアメリカのレコードを聴くことはできず、MTVのようなものはなく、音楽はそこら中に溢れかえる当たり前のモノではありませんでした。
 それゆえに音楽を聴くことには特別さがあり、それはある種の闘争へと”召集”されるような感覚を持っていました。これこそが変革をもたらすモノであり、怪しく危険な仕事なのだと思えたのです。その頃は自分がロック音楽に関わる人間だと言うと、人々は驚きと恐れを感じるようなものだったのです。
ですが今は音楽というものは単なる職業機会となりました。そして今音楽に変わって破壊的で、おそらく反抗的でもあり混沌や虚無的なものを担い、牽引しているのはインターネットです。


J : hmm. ( not sure about that kind of expression)

(腑に落ちない表情)

D : Oh yes it is! forget about the microsoft element. The monopolies do not have a monopoly. Maybe on programs. 

 本当ですよ!マイクロソフトなどのことは考える必要はありません。独占者達による独占はもう独占になりません。プログラムにおいてはそうかもしれませんが。。。

J : what you like about it is the fact that anyone can say anything or do anything?

 誰もが好きなことを言い、また行うことができるようになることの何が良いのですか?

D : From my stand from where I am because of the by virtue of the fact that I am a pop singer and writer. I really, I really like, embrace the idea that there’s a new demystification process going on between the artist and the audience. 

 ポップシンガー&ライターという立場もあり、私は今アーティストとオーディエンス(聴衆)の間で起きている新しい脱・神秘化/神格化の過程に興味があるのです。


I think when you look back at say this last decade. there hasn’t really been one single entity/artist/group that personified or become the brand name for the 90s. and like it was starting to fade a little in the 80s  and the 70s there were still definite artists, in the 60s there were the beatles and the hendrickson. in the 50s there was presley. 

 過去10年を振り返ってみると、誰一人として、あるいはグループや存在と言ってもいいですが、90年代を体現すると言えるようなものはありませんでした。80年代には既にその衰退の兆候は見え始めていましたが、70年代には確かにそのようなアーティストがいましたし、60年代にはビートルズやヘンドリックスがおり、50年代にはプレスリーがいました。

Now it’s subgroups and genres. it’s hiphop, it’s girl power. it’s a communal kind of things. it’s about the community it’s becoming more and more about the audience. Because the point of having somebody who led the forces has disappeared, because of the vocabulary of rock is too well known. it’s a currency that is not devoid of  meaning anymore but it’s certainly only a conveyor of information now. it’s not a conveyor of rebellion and the internet has taken on that as I say.  

 ですが今あるのは小規模な群やジャンルです。それらはヒップホップやガールパワーのように共同体的なもので、共同体こそが”運動/力”の中心になってきています。その意味はオーディエンス(聴衆)が主役になりつつあるということなのです。
 なぜならもう”運動/力”はそれを先導する存在を持つ必要が無くなったからです。それはロックという”言語”があまりにも周知され、ロックという通貨は”意味/価値”を失い、それはただ情報を伝達するだけのものになったからです。ロックはもう反抗や反旗という価値/意味の伝達者ではないのです。
そして今、インターネットがそれを引き継いだのです。


I find that terribly exciting area. So, from my standpoint being an artist I’d like to see what the new construction is between artists and audience. There is a breakdown, there’s a personified, I think, by the rave culture of the last few years, where the audience is at least as important as whoever is playing at the rave. It’s almost like the artist to accompany the audience are doing, and that feeling is very much permeating music, and permeating the internet.

 私にとってはそれが非常にエキサイティングなことなのです。私のアーティストとしての立場から、この新しいアーティストと聴衆の間の構造がどんなものなのかを見てみたいのです。
一つのケースで言えば、ここ数年のレイヴカルチャーによって体現されているものは、聴衆は少なく見積もってもそのレイヴでプレイしているアーティストと同程度の重要度を持っており、それはまるでアーティストの側が副次的存在であり、聴衆が主体的に行っていることにアーティストが同伴しているような感覚です。その感覚は今の音楽に広く浸透しており、そしてその感覚はインターネットにも浸透しています。

J : but what is it specifically about the internet? I mean anybody can say anything…uh.

 でもインターネットの何がそんなに特別なのでしょう? 誰もが好きなことを言えると言うことはわかるのですが。

D : yeah.

 そうですね。

J : and it all adds up to what? I mean it seems to me there’s no, there’s nothing cohesive about it. in the way that there was something cohesive about the youth revolution in music.

 でもそれらが一体何になるのでしょうか? つまり、私にはそれらのものが何らかのまとまりや集合と言ったものに発展するようには見えないのです。かつての音楽における若者達の革命のようなと言う意味でですが。


D : oh but absolutely!   because I think that we at the time up until at least the mid 70s really felt that we were still living under the…, oh in the guise of a single and absolute created society. where there were known truths and known lies and there was no kind of  duplicity or pluralism about the things that we believed in. That started to break down rapidly in the 70s, and the idea of  a duality in the way that we live in. There are always two three four five sides to every question. That singularity disappeared. and that ,I believe, has produced such medium as the internet which absolutely establishes & shows us that we are  living in total fragmentation.

 その通りです。なぜなら70年代の中頃くらいまでは私たちは一つの絶対的な作られた”社会”と言うものの中に生きていたからです。そこでは皆に共有された既知の真実と、既知の嘘と言うものがあり、私達が信じるものに関して欺瞞や多元性などはなかったのです。

 しかしそれは70年代に急速に崩壊し始めました。以降私たちは二重性の中に生きています。あらゆる問題には常に2、3、4、5の側面があり、かつてあった単一性と言うものは消え去りました。私はその流れがインターネットというメディアを産んだのだと考えています。そしてそのインターネットは私たちが分断された世界の中に生きていることを明確に示しているのです。

: You don’t think that, some of the claims being made for it are hugely exaggerated when the telephone was invented. 

 電話の技術が発明された当時、その新しい技術に関してなされた主張のいくつかは非常に誇張されたものだったとは思いませんか?

D : I know! the president at the time when it was first invented, he was outrageous. He said he foresaw the day in the future every town in america would have a telephone. now that how dare he claim like that absolutely bullshit. Now you see. I don’t agree. I don’t think we’ve even seen the tip of iceberg. I think the potential of what the internet is going to do to society both good & bad is unimaginable. I think we’re actually on the cusp of something exhilarating and terrifying.

 知っていますよ!例えば電話が最初に発明された当時の大統領の理解は全く酷いものでした。彼は、”私にはいずれアメリカの全ての町が電話を持つ日が来るのが見える!”と言ったのです。今になってみればそれがどれほど馬鹿げた予見だったか。そういうことなのです。私たちにはまだ氷山の一角さえ見えていないでしょう。良くも悪くもインターネットが社会に与える影響は想像を絶するものだろうと私は思います。私たちは今、恐ろしいと同時に素晴らしい何かの境界にいるのだと思います。

J : It’s just a tool though isn’t it?

 ですが、所詮ただの道具にすぎないのではないですか?


D : No it’s not. no. It’s an alien life form. (laugh) Is there life from mars? Yes it’s just landed here (laugh)

 いえ、違います。それは地球外生命体のようなものです(笑。火星からきた生命体?まさにその通り!それが今まさに地球に降り立ったのです(笑。

J : But that’s, it’s simply a different delivery system. there you’re arguing about something more profound. 

 ですが、インターネットというのは単にこれまでとは違う種類の”デリバリーシステム”です。でもあなたが論じているのはそれよりもっと深遠な何かですね。

D : Oh yeah. I’m talking about the actual context and the state of content is going to be so different to anything that we can really envisage at the moment. Where the interplay between the user and the provider will be so in simpatico. it’s going to crush our ideas of what mediums are all about. It’s happening in every form. It’s happening in visual art. Breakthrough of the early part of the century with people like Duchamp who are so prescient in what they were doing and putting down the idea, that the piece of work is not finished until the audience come to it, add there own interpretation, and what the piece of art is about is the gray space in the middle. The gray space in the middle is what the 21st century is going to be about.

 その通りです。私が話しているのは物事の実際的な文脈と、内容の状態は現時点で私たちが思い絵描いてるものから完全に変わってしまうだろうということです。ユーザーとプロバイダーの間の相互作用は非常に気質の似通ったものなっていき、それがメディアとは何なのかという私たちの考えを根底から打ち砕いてしまうだろうと思います。そしてそれはあらゆる形式で起こるでしょう。

 視覚芸術では既に起きていることです。今世紀初頭の芸術分野における革命とはデュシャンのような非常な先見性を持った人たちが考え、行ったことでした。その考えとは、作品というものはオーディエンス(観客、聴衆)がそれを受け取り、さらにそこに自分たちの解釈を加えるまでは完成しないということです。作品とは、アーティストとオーディエンスの中間のグレーゾーン(灰色の空間)そのものなのです。

 その中間の灰色の空間、”the grey space in the middle” それこそが21世紀なのです。






・・・あとがき



...結果としてインターネット


 このインタビューの中でのボウイの言及には面白いものがたくさんあります。一つ例を挙げると、インタビュアーのジェレミー・パックスマンが代表するような’99当時の一般の人々にとって、インターネットというものは全く新しいものであり、それが新しい歴史の起点として社会にどのような影響を与えるのか、あるいは与えないのかということに関して”闇雲に漠たる不安と疑いと期待を持っている”、という意味でその将来性が想像できないものであったのに対し、ボウイにとっては’99時点を中心に考えれば、インターネットの誕生は変化の始まりであるだけでなく”結果”でもあったということです。

 ボウイは70年代中頃までは、社会のあらゆる人々にとっての共通前提となる大きな一つの物語があり、そこでは皆に共有の既知の真実、嘘、正義、悪、善などがあったと言います。その広く共有される共通前提としての物語があったからこそ、一つの社会という作られた時間と場所が成立し、そしてそのような社会においてのみ、その時代と社会を象徴し体現する”皆にとっての”、カリスマやアーティストが成立したと言います。

 ですが70年代以降、社会は急速にその断片化を進め、それに伴って社会の皆が持つ共通前提としての一つの物語が失われて行き、その結果として70年代以降は、かつてのように時代を体現するようなカリスマ的個人やグループという存在は成立しづらくなったと述べ、そしてそのような社会と時代の全体的な体現者の不在こそが社会の断片化を示しているとしています。

 ボウイはその70年代中頃から始まった社会の断片化の大きな流れの結果としてのインターネットの誕生という捉え方をしています。


 これは現在一般に語られるインターネット的なものの”原因と結果”に関する理解とは大きく異なるものかも知れません。

 一般的にはインターネットこそが社会の断片化の原因、少なくともそれを加速し押し進める要因であり、タコツボ化や、フィルターバブル現象などがその例に挙げられます。ですがボウイの視点では社会の断片化は70年代中頃からはじまり、それが’99時点では既に社会は”完全なる断片化”にまで進んでおり、それが顕在化した現象としてのインターネットと位置づけています。

 確かにインターネット空間で見られる様々な衝突や中傷、対立を見ると人々の断片化はまるでインターネットによって引き起こされたように見えます。ですがボウイの解釈では、それは既に断片化していた社会の本当の姿がインターネットを通して見えるだけなのだというものです。

 ではなぜインターネットの誕生を待つまで多くの人々がその社会の断片化に盲目的だったかと言えば、ボウイは人々は”語られる物語”からその社会の共通前提を与えられ、その社会の現在と過去がどのようなものであるかの理解を獲得し、皆がその物語を共有することによって”作られた社会”という時空間が成立する構造の為と言います。
 それは皆が同じ物語を表面的にでも共有さえすれば成立するために、それが本当にその社会の実情を反映していなくても皆の共通前提として、 表面的にはその社会という集団は機能するからです。


・・・ポスト・トゥルース



 ボウイの捉え方で見れば、昨今見聞きするポスト・トゥルースという言葉の意味も少し変わって来ます。

 彼の視点では、そもそも”ポスト・トゥルース”という言葉が前提とするような”トゥルースの時代”などなかった事になります。

 かつては皆が信じる大きな一つの”嘘の体系”があっただけで、それが単一的な共通前提であったために、その社会内においては真実として機能しました。
 ですが現在の断片化が進行した社会においては、それぞれの集団がそれぞれに多様な”嘘の体系”を信じている。それが他の集団のものであれば”嘘”に見え、自分の集団のものであれば”真実”と見える。ですがおそらく客観的に見れば(本当の意味での客観は誰も持ち得ませんが)全て嘘になります。しかしそれらはどれも空間と時間を限定すればその範囲においては真実として機能します。

 ポスト・トゥルース的問題とされることの本質は、それが嘘か真実かではなく、かつては社会全体で真実として機能する一つの大きな物語としての嘘があったが、それが失われたことにある事になります。
 それはコミュニケーションの前提となるものであり、かつてはそれを基盤として対立や反抗も含めたあらゆるコミュニケーションが行われ、それは皆にとって共有の世界の背景でした。そして誰もが、論争の対立相手も含め、お互いの言動が何を意味しどんな文脈にあるかを理解しえました。
 その”真実”として機能する大いなる”嘘/物語”の失われた世界では、自分の属する群や集団の外の人々とは、対立や反抗さえまともに成立せず、互いが互いの幻影を相手に非難を繰り返し、人々はすれ違い続ける事になります。

 世界にもし一つの嘘しかなければ誰もそれに気付けないし構わないが、多様な嘘があればそれぞれが互いの嘘に気がつく事になり、誰もが自分たち以外はなんて愚かだと思い、なぜあんな明らかな嘘を信じ愚かな言動をするのかと感じるようになる事になります。

 そして人々は自分の信じるものの正しさを主張し、他者の間違いを批判するために理性や合理性を手段として用いても、そもそも自分が何を信じるかは理性的、合理的に選択はしません。それはただ偶発的に与えられた自身の空間性、時間性、差異性によります。

 ボウイはこのインタビューで、この断片化した社会では全ての問いに2,3,4,5以上の側面があると言っています。これこそまさにポスト・トゥルースと言われるものだろうと思います。あらゆる事実には複数の側面と捉え方があり、それゆえにあらゆる言説は嘘であり、しかし限定的には真実でありうる。それを決めるのは事実のどの側面をどの文脈で切り取るかに過ぎず、そしてその選択は自分が属する固有の断片群(それの持つ時間的、空間的、差異的限定性)の視座次第となります。


・・・嘘と真の風土的限界



 この考えで言えば、ポスト・トゥルース的問題とみなされているモノに解決があるとすれば、いずれの時代にも存在しなかった”真実”という幻を追いかけることではなく、真実として機能する嘘をどの程度の空間性と時間性と差異性においてならば調達、確保、維持することができるかを見つけることにあるのかもしれません。

 その方法はもしかすると断片化した世界の実際を丁寧に把握し、ネット空間にもその断片化を適用し、その上でそれぞれの断片を緩やかに段階的、階層的に繋ぐという、コミュニケーションの段階や階層をネット空間に構築することにあるのかもしれません。

 インターネットが社会に及ぼした影響を例えるなら、それは大勢の人々が一緒に暮らしていた大きな屋敷の扉と窓をいきなり取り払ったようなもので、ひそひそ話が筒抜けになり、トイレの匂いが食卓まで届き、誰かの暖房が誰かの冷房と相殺し、ものがなくなった時には誰もを疑いの目で見ることになり、知られたくないことを知られ、知りたくないことを知ってしまう、そんな状況なのかもしれません。

 その問題の解決は各部屋の扉を打ち付けるような隔離隔絶ではなく、断片化した社会の各群の固有性を尊重した上で緩やかなつながりを持たせる事にあり、そして何よりも人々があらゆる”真実/嘘=価値”は空間的、時間的、差異的な限定性を持ち、それが真実として機能する空間的、時間的&差異的条件は限られ、それと同じくあらゆる”嘘”もそれが嘘として機能する時間、空間、差異的な条件が限られるものであることを体得することのように思えます。


 一見誰にとっても明らかな真実や正義と見えるものにも絶対性などなく、客観的視座から見れば自分達が共感し得ず、愚かで稚拙に見えるどこかの誰かの価値の正当性も、実のところ自分たちのそれと同程度である事を受け入れ、その上であらゆる価値はその正当性をそれの属する固有の空間性と、時間性と差異性の中においてのみ有することを知ることが、ポスト・トゥルース時代に必要な態度なのかもしれません。特定の価値表明を伴う言動をそれがなされた文脈(空間的、時間的、差異的)から切り取りって拡散する”リツイート的”な行為はその意味を再考する必要があるかも知れません。


 とは言えかつてあった真実として機能する”大いなる嘘”の都合の良さや心地よさに慣れている人々には、”全体的真実”というものが存在するという考え方が自然なため、真実と嘘はそれをどの側面から観察するかの違いにしか過ぎないということを知ることはできても、身体的に納得し腑に落ちる感覚として体得することは難しいかもしれません。知ること、理解すること、腑に落ちること、実践すること、これらの段階には言葉や思考では超えられない大きな隔たりがあるのだろうと思います。

 ボウイはこのような社会の変化を否定的でも肯定的でもなく、ただその変化を冷静に見据えた上でエキサイティングなものとして語っています。



・・・線的な、点的な



 ボウイがなぜこのようなインターネット的社会への先見性を持っていたのかは不思議です。もしかすると彼はその時代や社会への理解を、彼が言うような”共通前提としての物語”に依らず、その創作活動への必要も相まって自らの身体と精神で経験して理解したからなのかもしれません。

 実際の経験を通した社会の胎動とその流れの方向性を理解していたボウイには、インターネットの誕生は前触れもなく突然に生じた”点”としてではなく、70年代から続いてきた方向性を持った線の上に理解することができたために、その延長線上に将来を予見することができたのかもしれません。

 実際を見ず、メディアや他者の言説を通してだけ社会を前提する当時の人々にとってはインターネットの誕生は青天の霹靂であり、それは点的な現象に過ぎず、その理解は流れと方向性を持たないために、ただ漠とした全方位的な可能性の海を前に、不安と疑いを持って立ち尽くすしかなかったのかも知れません。
 線的な方向性を持った理解には、現象は結果であり原因であるというような文脈の中にそれを捉えることができるのかもしれません。
 しかしそのボウイにもネットが社会にもたらす変化は想像を絶するものであるだろうと言わしめました。

 ただしその意味は漠然としたものではなく具体的で、ネットはアーティストとオーディエンスなどのプロバイダーとユーザーの関係性の根本構造の変化をもたらし、故にそれはメディアというものをその本質から変え、受容されるものと供給されるものの意味も内容も変えてしまう。
 それは社会の表面的な仕様の修正などではなく全く完全に別のゲームになるという理解です。それ故にインターネットのもたらす社会の変化は、現時点からの想像を絶するものであるというものです。

 どこまでを理解し見据えた上で未来は何が起こるかわからないといっているかの度合いにはボウイとインタビュアーのパックスマンには確かな差があり、その差こそがボウイが見据えることのできたインターネット的社会の氷山の一角だったのかもしれません。




・・・モノポリー




D : Oh yes it is! forget about the microsoft element. The monopolies do not have a monopoly. Maybe on programs. 
本当ですよ!マイクロソフトなどのことは考える必要はありません。企業による独占はもう独占になりません。プログラムにおいてはそうかもしれませんが。。。


 ‘99年当時の状況を考えるとおそらくこの発言は、米司法省と米国の19州およびワシントンD.C.が、’98年5月にMicrosoftが市場における独占的立場を悪用して競合他社の競争力を削ぎ、消費者の利益を犯したとして提訴した、”マイクロソフト訴訟"のことを念頭においた発言だろうと思います。
 ここでボウイはインターネットの浸透した社会においてはもはや独占者/企業による独占というものは成立せず、そんなものは考える必要はないと述べ、続けて”Maybe on programmes.” プログラム(複数形)においてはそうかもしれませんがと言っています。
 この”Maybe on programmes/プログラムにおいてはそうかもしれない”という言葉の意味は不確かです。

 この文章を単純に読めば、このボウイの予見は外れたようにとれます。
 ‘20現在GAFA(M)と言われるグローバル企業による富の集中が問題視され、プラットフォームを活かしたビジネスによりそこから得られるビッグデータを用い優位に市場でビシネスを広げ続けるこれらの企業の振る舞いは独占的と言って良いだろうと思います。

 ですがこの”プログラムにおいては”という言葉の意味を、”wordやphotoshopのような個別単体のソフトウェアやアプリケーションにおいては、それがそのジャンルの市場を独占することはあるかもしれない。”という意味に捉えると、それは単なる独占であってモノポリーであり、”独占者/企業による独占というものは成立しない”という主張に続いて、それを条件的に打ち消す文脈でなされた言葉としては少し不自然に思えます。

 発言の流れから言えば、”独占者による独占はもう成立しないが、もしかしたらプログラムにおいてはありうるかもしれない。”という意味であり独占者による独占と、プログラムにおける独占を別のモノとして言及しているように見えます。

プログラムにおける独占と、独占者による独占は、そのプログラムを一企業や個人が所有していると考える限りはイコールなはずです。そこに違いをつけるとすれば、個人あるいは一企業の所有しないプログラム、アノニマス的な公共の特定の誰かに所有されることの無いプログラムを想定していたのでしょうか?
もしかしたらそうかもしれません。


 ですが彼が”プログラム”という言葉で何を意図したのかはその発言を追う限りではやはり不明瞭です。個別のソフトウェアかも知れませんし、あるいはもっと大きなスケールでネット空間全体のことなのかも知れません。
 仮にこの”プログラム”という言葉の意味を広義にとるとこの発言はどのような意味に解釈できるのでしょうか。



・・・所有と集中




 ‘20現在、世界の富は一部に集中し続けていると言われます。ですがそれを誰が本当の意味で所有しているかは明確ではありません。なぜなら現代社会においては富裕層に属することの意味は100年前と全く異なるからです。

 かつては豊かな者がその後10年、20年、さらにその子供や孫の世代に渡っても豊かであり続けることは概ね優位に期待でき、何世代にも渡る名家が多くありました。それはその富が血筋的な人間関係や文化、天然資源、土地とそこでの農作物の生産など、フィジカルで素朴な故に容易には揺ぎづらいものに支えられ、そしてその富を保証する社会の構造もその変化は緩やかなものだったからと考えられます。

 ですが現代の富は”信用/クレジット”によって成り立っており、それはある意味情報よりも脆く危ういもので、突然のニュースの一報や一つのツイートなどによって容易に傾くものであり、またそのような資産のほとんどは仮想的なもので、全員が同時に現金化しようとすれば価値の暴落を起こして価格が下がる為、あるように見える価値と実際に存在する価値には大きな差が有ります。

 またその富を担保する社会の構造もその変化の速度を増し、世界で最も裕福なものであっても、5年後には職と立場を失い落ちぶれた生活をしている可能性が昔とは比較にならないほど高いと言えます。
 その意味では富裕層に属する人々も決して安泰ではなく、彼らは一瞬で得た富は一瞬で消え去ることを知っており、出来る限り自分たちの富を増やし続けることで現状維持を望み、いつ全てを失うか戦々恐々とした中に生きているのだろうと思います。

 フリーランスはクライアントに怯え、社員は上司に怯え、管理職は経営者に怯え、経営者は株主に怯え、株主は市場に怯える。では市場とは誰でしょうか。

 かつては証券会社のトレーダー達が様々な情報を分析し市場を予測して株や債権を売買し、そこに政府の法規制や銀行の金融政策、為替などが関わり、そしてそれへの期待の総体が市場を作っていたのかも知れません。
 しかし現在金融商品の取引は急速にAIによる高速取引に置き換わりつつあり、HFTと言われる高頻度取引は1000分の一秒と言った短い時間で行う自動取引で、もはや人間のトレーダーには不可能なものであり、その実際の競争はITエンジニア達によるAIのより優れたアルゴリズム設計の競争になりつつあると言われます。 

 大手証券会社のゴールドマン・サックスが2000年には600人いたトレーダーを2017年には2人とし、日々の取引は200人のITエンジニアが運用するロボットトレーダーが行なっているという話もあります。

”所有”という言葉の意味はそれを支配、制御し自由に使用、収益、処分する権利です。

 集中する世界の富を本当の意味で所有するのは誰か。もしかするとそれは個人でも集団でもなく”プログラム”になりつつあると言えるのかもしれません。”プログラム”にとってはそんなものは現状何の価値もないものかもしれませんが、と言っていずれかの個人や集団が独占/所有しているとは言えないように思えます。
 富裕層の人々は何兆ドルという経済的価値を一時的に預けられているだけでそのほとんどを好き勝手に使えるわけでもなく、いつそれらを突然失ってもおかしくはありません。現代の富裕層は実のところ金庫の門番程度の権限を自らの所有しているように見える”経済的価値”に対して持っているだけなのかもしれません。
 もしかするともう誰一人として市場を意識的に抑制し、所有するものはいないと言えるのかも知れません。




・・・選択と責任




 2008年におきたリーマン・ショックの後、その公聴会でリーマンのCEOだったリチャード・ファルドは、”法規制も市場の監視もない状況ではあのように振舞うしかなく、そこにあるリスクを知りながらも自分に何が言えたのか”と述べており、その当時自分たちの置かれていた状況と持っていた情報では、自分たちの下した決断は慎重かつ適切であったとしています。

 彼の言葉を信じるならば、同じような状況に置かれれば合理的選択をする者であれば誰もが彼と同じ選択をせざる得なく、その選択は今でも正しかった事になります。

 それは法の抜け穴のような規制の隙間が存在し、倫理道徳的には問題だが合法な選択肢がある時、市場はそれを選択せざるを得ないということです。遠くの誰かの見知らぬ犠牲を伴ったとしても、利益を追及せざるを得ない個人と集団の顧客を抱えるトレーダーには、その選択を取らないことは市場の競争に負けることを意味する為です。

 リチャード・ファルドのように一見巨大な選択の権限と責任を持つ立場にも実際は多様な選択肢などなく、利益に敏感で損失に怯えた大量の顧客を抱え、選ばざるを得ない選択肢を選んだに過ぎないのかもしれません。
 そのような選択を本当に選択と言えるのか、そこに本当に責任の所在を認めていいのかは明らかな事ではないだろうと思います。



 上記の例は”凡庸な悪”とジャーナリストのハンナ・アーレントが評したナチスのユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送に関わったアドルフ・アイヒマンを思い起こさせます。
 youtubeで公開されているその裁判の様子を見ても、清潔なスーツを着て落ち着いて尋問に答えるその様子は、確かにアーレントの評するように生真面目な小役人であり、自分はただ命令に従っただけという、本人は思想や主義を一切持たず与えられた役目に自らの存在価値を見いだした、職務に忠実な人物という印象を受けます。アーレントはそのような大悪党でも野心家でもない社会に多く存在する無思想の小人物が、そのような歴史的悲劇に加担し決定的な役割を果たしたことこそを問題としました。

 彼もまた、その証言を信じるならば、彼にも選択肢はなかったと言えるのかもしれません。ここで彼の責任の有無と程度を問題にする必要はなく、問題は大きな時世の流れの中でその決定的な役割を与えられた時、ファルドにしてもアイヒマンにしてもすでにその時には妥当な選択肢は残されておらず、それを行わなければ、自分や家族の職、立場、財産、名声、そして命さえも失うというような状況にあったのかも知れません。ではそのような立場に自分を置いてしまうような選択をいつしたのかと考えてもわからず、その時々に自分に与えられていた情報と状況においては合理的な、もっと言えば誠実でさえある選択をした結果がその状況であったのかもしれません。

 しかしもちろん彼らの責任を追及し罰することに意味がないわけではなく、政治も社会も大きな悲劇の後では人々の感情の行き場と社会的解決を必要とし、それによってまた新たな社会の共通前提となる物語をその社会が一つの社会としてまとまり、そしてはじまるために悲劇の共有を必要とし、その社会的必要のために問題の責任と決着をつけることには一定の必要性があります。

 しかしそのことと実際に起きた問題の構造を理解し、似たようなケースを繰り返さないための手段を検討することは別の問題だろうと思います。社会的責任と感情的決着の必要と、問題の理解は共に重要ですが、それらは異なる二つの問題と捉えなければならないように思います。

 あらゆる責任は選択に付随するため、社会の集団的振る舞いが一つの方向性を持って連鎖的、加速度的に回り出した時、その度合いが一定の水準を超えるともう個人や集団の人間の誰にも本質的な責任を問えないような状況が起こるものであるという可能性を考える必要があるように感じます。



・・・美人投票



 組織の規模が大きくなると人々は、自分が何を望むかでは無く、自分以外のその他の人々が何を望むかということを考えて行動しだすようになると言われ、よく使われる例ではケインズの美人投票というものがあります。

”経済学者のケインズは、玄人筋の行う投資は「100枚の写真の中から最も美人だと思う人に投票してもらい、最も投票が多かった人に投票した人達に賞品を与える新聞投票」に見立てることができるとし、この場合「投票者は自分自身が美人と思う人へ投票するのではなく、平均的に美人と思われる人へ投票するようになる」とした。 …wikipedia”


 このような現象では最終的に選ばれた決定が、実際は誰一人そう望まなかったものが選ばれる可能性があり得ます。

 それに加え、人は目の前にいる相手には否応なしに共感してしまうが、会ったこともないどこかの誰かには極端に憎み残酷に、または崇拝して愛することができ、肯定的にも否定的にも”純化”することができるようになります。

 例えば自分の目の前に一つボタンがあり、それを押すと自分が会った事もない世界のどこかの死刑囚が一人死ぬという場合と、そのボタンを押すと目の前にいる一人の死刑囚が処刑される場合では、明らかにその精神的な負担は異なります。
 また一度もあった事もない映画スターやアイドルを崇拝して愛することは可能ですが、その人物と日々仕事や生活を共にしながらその人を変わらず崇拝することは困難です。
 それは遠くにいる誰かというのはその見えない部分を好意的に補完し理想を純化した人間像を作る事も、否定的に補完して悪魔的に純化した人間像を想定する事も都合よくできますが、目の前にいて時と場所を共有し対話のできる人間は良くも悪くもノイズを持ち、いずれの方向にも純化することは難しいからです。



 この二つのことを考えると、社会や集団がその規模を一定以上に拡大させ、かつそれがまとまりを持った連鎖的活動をするようになると、その集団はそこに属する誰も望まず、かつ残酷な振る舞いを選択する可能性があると考えざるを得ません。

 ネット空間でのコミュニケーションに関して良く言われる、”見たいものしか見ない”という事も、会ったことも話した事もない遠くの誰かと繋がり合うネット空間の特性であり、それは”意識して見たもの以外見れない”、”検索したもの以外見つからない”、”知っているものしか知れない”という確認作業的なコミュニケーションというネットの意識的な空間の特徴と言え、ネット空間で起こる過剰化はこの”遠くの誰かは純化できる”という事に起因するのだろうと思います。

 株式市場におけるAIの振る舞いも人間のそれと同じように、他のAIや人間のトレーダー、各国政府機関がどう市場を期待するかという美人投票的なものと言え、そのAIの集団的振る舞いがそのAIを用いる人間たちの誰も望まない方向に進み、それを人間が気付いた時にはもう手遅れで、誰も責任も選択も持ち得ない状況が起こる可能性は十分にあると思えます。

 このような例を考えるとネットやAIの誕生を待つまでもなく、これまでも社会は一人一人は誰も意図せず、誰もその明確な選択をしなかったという意味で責任を誰にも求めることのできないような振る舞いを、社会全体の組織的な仕組みの中で行ってきたのだろうと思います。

 そこでボウイの言葉を改めて考えると、彼は決して”There won’t be monopolies/ 独占者がいなくなる”とは言っておらず、”The monopolies do not have a monopoly” と言っており、その意訳としては”独占者/企業とみなされるものの存在はあるだろうが、しかしそれらは本当の意味での独占を行うことはない。”とできるかもしれません。そしてその言葉に付け加える形で言われた”Maybe on programmes” が、”では本当の独占は何によってなされるか”という言外の問いにかかってされたものであるならば、その答えとしての”プログラムによって”と解釈することもできるかもしれません。
 ですが、もしそうなら” Maybe by programmes” などと言ってそうなので、やはりどうもしっくりきません。




・・・最後に



 このインタビューを何度も見るうちに、ある時これはデビッド・ボウイのインタビューでは無く、ボウイの中のデビッド・ジョーンズのインタビューなのだと気がつきました。これは様々なペルソナを移り変わるボウイの”中の人”が自分の言葉で話している珍しいインタビューだと思います。
 MTVやその他の音楽関係のインタビューを見ると、やはりそこではその時々の”ボウイ”として、人々の期待する存在を演じて話しているように見えます。彼の作ったキャラクター達と本人の関係に関してインタビュアーのパックスマンは明確に尋ねており、その返答を見ても多分そうなのだろうと察します。

 このテキストを書いていて、今年(’20)イギリスのテレビではディープフェイクで作られたエリザベス女王のクリスマスメッセージが放映されるというニュースを見ました。もしボウイが生きていたらなんと言っただろうかなと少し気になりました。



2020.12.24th 

2021/11/21st

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