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殺し屋との対話

最後に誰があなたをこんな目に遭わせるのか、あなた自身心当たりがあるのか、知りたいものですな。あるならいってもらいたい。それが私の、長年の仕事の流儀なんで。

そんなことして何の意味があるかって? そうですね、いうなれば私の最後の慈悲なんでしょうな。殺すにしろ殺されるにしろ、納得づくならお互い明日の寝覚めもよかありませんか。もっとも、あなたはこの世で目覚めることはありませんけど。まァ、依頼した御仁にしても、あなたが最後に赦しを乞うたと聞けば、仏心が起こらないともかぎらない。

後処理はいかようにもと依頼主に任されてるんで、いま流行りの樹木葬でも海原散骨でも、なんでもよきに計らいますよ。ホトケになったあなたに罪はない。ご遺体に鞭打つようなマネをするのは私の流儀じゃない。できるだけのことはしますよ……って、宇宙葬? 宇宙葬って、ロケットか何かで遺灰を打ち上げるっていう? なに、打ち上げておしまいでは宇宙デブリが増えて環境に良くないから宇宙飛行士による直撒きをお願いしたい……って、ちょっと相談ですな、それは。だって、まず、その、お高いんでしょ?

よきに計らうとはいいましたけど、そこはやれる範囲でってことなんで。なんならご遺族に伝言してあとはお任せするんで、ボディは極力不審な点のないようにしてお返しする……って、なに、できるだけ不審な点の残るようにしてもらいたい、おいそれとは多額の保険金を受取人が受け取れないようにしてやりたい、と。それは、まァ、依頼主が受取人なら妨害する甲斐もあるんでしょうけど、必ずしもご家族がこの件の依頼人とはかぎらないでしょ? 依頼人は家族の誰かじゃないのかって、そこは守秘義務がございますから。だったら思わせぶりなことをいうな……って、まァ、可能性の問題としていったまでですが、まァ、まァ、そんなに激昂されてはこっちもかなわんですよ。

いくばくののちには亡き者にされる人間を前にして守秘義務もなにもないだろう、こんな無慈悲は聞いたことがない……って、たしかにその通りですね。わかりました、わかりましたよ、依頼主がご家族かそうじゃないかだけは、このさいハッキリさせておきましょう。ご安心なさい、依頼主はご家族ではありません。

保険金の受取人もご家族ではない? こいつはまんまと担がれましたな。あなたも人が悪いや。しかしね、だからといって保険金の受取人イコール依頼人とはなりませんでしょうよ。

なに、私が下手人にして依頼主だろうと、あなた、そうおっしゃる。いやはや、想像力の逞しいお方だ。だいたい私の声やら背格好やらに見覚えがあるんで? 顔を隠してるからわからない、と。おっと、その手にはのりませんぜ、いくらもうすぐホトケになる人様の御前であろうとも、素顔を見せるには及びません。しかし、あなた、適当なことをいっちゃァいけませんよ。私が下手人にして依頼主ってね、人様のこめかみにチャカ突きつけながら、心当たりを尋ねて自分の名前をいってもらいたがるなんて、ちょっとそいつァ殺し屋の風上にも置けない、とんだサイコパスですよ。私はこの道三十年、看板に恥じぬよう、一点の狂いもなく精進してきたんだ。お天道様に顔向けできないことなどなにひとつした試しがない。

いや、心当たりがあるだろうって? なんですのん、それ。はァ、SNSの。はァ、ダイレクトメール。はい、はい……ああ、ありました、ありました、「あなたの投稿の一部に不適切な表現が認められました。つきましては著しく弊社の信用を損なうものであり、賠償請求いたしたく、当該メールをもって内容証明に替えさせていただき……」って、あなた、怖いね、なんでまた、私んとこに送られてきたメールの一言一句をスラスラいえるんでしょう。……なになに、よくある詐欺の手口ですと? あなたね、誰に物いってるんです? 仮にも私は殺し屋、裏稼業従事者ですぞ。

あなたのような一介の善良市民には思いも寄らない話でしょうがね、メイドの土産に教えて差し上げましょう。悪には悪のナワバリってもんがあるんです。あっちの悪と、こっちの悪は、いわば水と油だ。お互いハジキを撃ち合えば、どうしてか、弾も避け合うってな塩梅だ。だからね、これはもう、あなたらには到底想像も及ばぬ理屈でね、殺し屋に特殊詐欺の魔の手は届かないし、逆もまたしかり。……なになに、SNSになにを書き込んだんだって? いや、そりゃ、いいませんよ。だって、第一級のプライバシーだもの、あなた。なに、メイドはそういう土産をこそ喜ぶですと? しょうがないですなァ、それじゃ、ここだけの話にしていただきたいが、総理大臣の国会演説を加工して、下ネタを連呼する動画にしてアップしたの、アレね、誰あろう、私なんです。

……いやいや、現役総理の動画加工なんて、そんな畏れ多いこと、私がするもんですか。私が加工したのは、寺内正毅。なに、知らない? あなた、テラウチマサタケを知らない? ベンチャーズの人……って、それ、寺内タケシ! シベリア出兵に米騒動、本邦初の政党内閣誕生を準備した、激動ニッポンの立役者じゃないですか。この方の画像をAI使って演説動画に仕立て上げ、思う存分下ネタを連呼していただく……って、まァ、酔った勢いとはいえ、最低なことをしたものです。SNSっていうのは、アレ、資本がアメリカさんでしょう。しかるべく落とし前をつけなけりゃァ、私の住まいを中心に半径百メートルをドローンで火の海にしてやるって脅してきなさる。独り身の私はどうでも、隣近所には小さいお子さんもあれば、お年寄りもいらっしゃるんです。そんなふうに脅されて平気でいられるはずがありませんでしょう。




……それで、いくら払ったんだと訊くと、一本、というから、まさか十万? と目を剥くと、いやいやまさか、百万ですよ、と得々として答えたものだから、ああ、コイツはあのときのアタマのおかしな奴だと合点がいった。いよいよコイツは、依頼人にして下手人、俺が特殊詐欺団の棟梁とわかって近づいて、意趣返ししようという魂胆がハッキリ見えた。SNSでイキった投稿を繰り返す輩とか、開店休業中のアカウントとか見つけては、意味深なDM送りつけて、カモになりそうな奴を脅して金をせしめる。そんなケチな仕事に手を染めるうち、百万もの金を一括で振り込んだバカがいて、ご丁寧に詫びのメールまで送ってきた。「当方、御社のイメージを損なう意図などさらさらなく、而して云々……」と、ずいぶん古めかしい言い回しをする野郎で、コイツ、相当きてんな、と仲間内で爆笑したのを思い出した。アンタ、とぼけてんだろ? とカマをかけるも、キョトンとして応じず、それはそうと、人の恨みを買うようなことをした覚えはあるのかないのかと、またまた訊いてくるから、窃盗団の長に尋ねるようなことじゃないわな、チャッチャラおかしくって、アンタこそ、殺しを稼業にしていて、恨まれることはないのか、なんなら化けて出られることはないのかといってやった。

ない、と即答だった。いわく、殺し屋とは、徹頭徹尾マテリアリストでなくては務まらないんだと。マテリアリストは数字に支配される、たとえば、就寝起床の時刻は毎日五分とズレることはなく、体重、血圧、心拍数は常に理想値を保つため、食生活も徹底的に管理される。気温、気圧、湿度といった環境数値も、仕事を完璧にこなすには考慮すべき必須条件で、予報を大きく外れる場合は、仕事の遂行を順延する、もしくは中止することもやぶさかではない。自分の仕事とは、さまざまな解法のあるなかで、もっとも簡潔にしてエレガントなそれでもって最適解を得る数式のようなものだ……等々。ご高説ごもっともとちょっとは感心して聞いていると、そのうち、「……それから仕事に向かう中途で黒猫に横切られても、頭上でカラスに鳴かれても不吉だから、その場合はいっさいを白紙に戻す」ときたもんで、そいつは矛盾してないかいとツッこみを入れると、ゲン担ぎというのは、ちゃんと統計学に基づいているんだと頑なにゆずらない。

アンタは先に「仏心」だの「慈悲」だのとのたまっていたが、必ずしも唯物論者じゃないのではないかとさらに吹っかけると、自分はたしかに信仰は持たない、なぜなら信仰心とは、揺るぎない事実がそこにあるから信じるというよりも、そこに何かがあってくれればよいという期待値そのものだからだ。つまり、期待値の多寡によって信仰の強度が決まるという一点において、宗教とはそもそも普遍的たり得ない。その点、おあかし様の教えは一つしかないし、信じるもなにも、人間の行動原理の第一をなすものとして誰もが納得する教えだから、自分はこれを金科玉条とするが、これを信仰というなら、毎日太陽が東から昇って西に沈むことを認めることもまた、信仰ということになってしまう。

……突然おあかし様なんていい出したもんだから、なるほど、コイツは狂ってるんだと察したね。カルトのヤバい奴。「無敵の人」をよりによって事務所内に招き入れてしまったのかと後悔しても後の祭り。ただ、これまで俺がコイツとの会話を途切らせなかったのは、なにもこんなサイコ野郎とおしゃべりしたかったわけじゃない、当然時間稼ぎさ、事務所は俺の根城だ、至るところに緊急事態を仲間に知らせるボタンが隠されてある。俺は後ろ手を縛られて床に転がされている塩梅だが、デスクの下に逃げ込んでから、上体を起こした拍子におでこをデスクの下枠にしたたか打ちつけるフリをして、緊急ボタンをとうから押してあったのだ。

もうくるか、もうくるか……と数えるうち、とうとう事務所の外が騒がしくなった。血気盛んな若いモンらが扉を蹴破って、怒鳴り散らしながら、なかへなだれ込んでくる。「生け捕にしろ!」自称殺し屋のサイコパス野郎なんぞ、コイツの並べた御託にふさわしく、どろどろといつ終わるとも知れない拷問の末にあの世に送ってやるのが筋だろうと俺なんか思うんだが、若いモンらは息の根を止めることしか考えちゃいねェ。撃つな、撃つな、と必死に叫ぶのも虚しく、奴らは懐からハジキを取り出すとサイコ野郎に向けていっせいにぶっ放した。距離といっちゃァ、二メートルと離れていない。二発目、三発目……と立て続けに銃声が鳴った。ところが男はさっと身を翻すと、事務所の奥へ駆け込んで、窓ガラスを開けるとさ、一瞬こちらを向いてニヤリと笑ってから、向こうへダイブしやがった。いやいや、事務所は二十六階にあって、ベランダもなにもありゃしないんだぜ。

敵を取り損ねて項垂れる若いモンらに喝入れしながら、俺はひとこと、テメェの撃った弾の弾道が見えねェようじゃ、ハジキを扱う資格はねェ、とだけいった。俺には見えたんだよ、殺し屋を狙って放たれた銃弾のことごとくが、すんでのところで弾道を曲げてあらぬところへめり込むところがさ、あたかもスローモーションのように。いや、そんなことは初めてだった。なるほど、これがアイツのいった、「悪はお互いハジキを撃ち合えば、どうしてか、弾も避け合う」ってやつだったのかもわからない。まァ、そんなことがあってからさ、俺もなんだか悪稼業に身が入らなくなったという次第でね。

というわけで、ご覧の通り、いまじゃこんなド田舎で、菜園なんか拓いて自給自足の生活を営んでるってわけ。鶏ってのはいいね、卵をよく産むし、老いたら潰して貴重なタンパク源になってくれる。この、身の丈の生活ってのがね、ひょっとしたら幸せの極意かもわからない。ああ、稼いだ金はほとんど被害者の元に返ったんじゃないかな。あの殺し屋野郎のところにも、百万が戻ったんだろうな。そう思うと、なんだか懐かしいやね。

そうさね、ある意味俺は、あんときちゃーんと、殺し屋に殺されたわけなんだよ。

それでアンタ、こんな愚にもつかない話を聞きにきて、いまさらどうしようってのかね。罪を問おうったって、もう時効だよ。なに、ちがう、おあかし様? なんだい、おあかし様がどうしたんでェ。ああ、その教え、宇宙の根本原理というやつか、そいつを知りたいと。なんだ、そんなことならお安いご用よ。わざわざこんな山奥まで来て聞き出すようなことじゃないよ。アンタ自身が身をもって知るに至ることだ。ただ、年老いると、わかっていても、もう難しくなるときが来るんだなァ。それじゃ、メモしときなさいよ。




《人に優しくするのが、いちばん易しくない》




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