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短編小説

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140字以上の小説がまとめられています。 増えていくペースはゆっくりです。
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記事一覧

一人ぼっちの海

海が橙色に染まっていた。沈みかけの太陽を反射させた海面が眩しくて仕方ない。目を細めながら、押しては引いてを繰り返す波に素足をさらす。春と夏の中間の今、水はまだ冷たいがそれがまた心地よかった。
鼻歌を歌いながら波で遊ぶ。砂を踏みしめる音が近付いてきたが、気付かないフリをした。
足音が止まり、腕を掴まれる。残念ながら今日の遊びはここまでだ。わざとゆっくり振り返れば、顔をしかめた彼が立っていた。
「また

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閉じこめられて ~第三話~

意識がゆっくりと浮上する。覚醒しきる前に覚えた違和感の正体は解りきっていた。また何処かに閉じ込められたのだ。見慣れない部屋がそれを突き付けてくる。
此処が何処なのか、なんて考えるだけ無駄だ。私がすべきことは現状の把握だった。
上体を起こして周囲を見回す。小窓の脇には下に収納スペースが設けられたベッド、反対側の壁にはテレビと小さな本棚が五つ並べられている。ベランダへと続くガラス性の扉は閉めきられてお

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閉じこめられて ~第二話~

※ 注意 ※
この小説には人が死ぬ、流血、その他残酷な表現が多く含まれています。苦手な方は読むのをお控え下さい。
大丈夫な方はどうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さい。

「明日なんて来なければいいのに」
感情の抜け落ちた声で呟いた夕映さんに何と返事をしたのか、忘れてしまった。つい数分前のことなのに何十年も昔のやりとりに感じられたのは、置かれている状況が現実離れしているからだろう。
木製の格子がついた窓の

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赤におぼれる ~番外編~

※ こちらの小説には人が死んだり、血が流れたりする表現があります。苦手な方はご注意下さい。
又、こちらは“赤におぼれる”の番外編となっておりますが、本編を読まなくても問題はありませんが、読んでいただけるとより楽しめるかと思います。お時間がありましたら読んでいただけると嬉しいです。
それではどうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さいませ。

着信音が聞こえた。何時の間にか机から落ちていたらしいスマホが床で存在

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夏の死骸

足元に出来た自分の影の中で蝉が死んでいた。引っくり返ってピクリとも動かない蝉を見下ろす。容赦なく照り付ける太陽のせいで汗がにじむ。首筋を伝う汗が鬱陶しくて乱暴に手で拭う。
周囲では蝉が大合唱している。数刻前まではこの蝉もその仲間だっただろう。理由は解らないが、今は道の真ん中で死んでいる。そのうちカラスか猫か、何かしらの動物の手によって姿を消す。死んだ蝉が辿る運命が一つの物語のように浮かび上がる。

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世界が終わる、その前に

世界が終わる前にやり残したことはあるだろうか?
答えはイエスだ。ある。このままでは死んでも死にきれないし、世界が終わったとしても荒廃した世界を未練たらしくさ迷い続けるはめになりそうだった。
「行ってきます」と家族に叫び、家を飛び出す。何か言っていた気がするが聞かなかったことにして、走り出した。目的地までは何度も何度も足を運んだため、最早目をつぶっても行けそうだ。
本当にもうじき世界が終わるのかと疑

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涙の面影

瞬きと同時に涙が一粒、彼女の瞳から零れ落ちた。拭うこともせずに彼女は目蓋を下ろし、ゆっくりと首を左右に振った。次に目蓋を上げた時にはもう涙の面影は残っていなかった。普段通りの彼女が僕を見て笑っていた。
帰ろうか、と彼女は踵を返して歩き出した。迷いのない足取りに置いていかれまいと僕は足早に彼女を追いかける。
追い付いたところで肩越しに背後を振り返った。積み上げられた屍と地面に飛び散った血の跡が夕日に

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閉じこめられて

注意:この小説には残酷な表現や流血表現があります。苦手な方はご注意下さい。

目が覚めて、最初に目に飛び込んできたのは見慣れない茶色の天井だった。上体を起こして辺りを見渡す。床に寝ていたらしく視界が低い。正面にはタンスと勉強机らしきものがあり、左手側には扉がある。右手側には窓があり、背後にはベッドが置かれていた。そして隣には後輩の千景くんが横たわっている。身動き一つしないから生きているのか心配にな

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お節介な幽霊

「私、幽霊なの」
目の前に突然現れた見ず知らずの少女は、開口一番とんでもないことを言い放った。少女の発言をすんなりと受け止められたのは、疑う余地のない決定的な証拠があったからだ。
透けていた。少女の体は半透明で向こう側の景色が薄らと見えているのだ。これで幽霊ではなく生きた人間だと言われたらどんなトリックを使っているのか、根掘り葉掘り聞きたくなる。
無反応な僕をどう思ったのか、少女は首を傾げていた。

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告白の台詞

「ああ、もうやってらんない」
文字列が並ぶパソコンを見ているのも嫌になり、机に突っ伏す。
文芸部で定期発行している部誌の原稿を書いているのだが、行き詰まった。
今回のテーマは“告白”だ。難しいテーマではない、はずだった。途中までは怖いくらい順調に進んでいたのだ。
行き詰まったのは告白の場面だ。どんな言葉にするのか、まるで思い付かなかった。
悩みに悩んで、悩みまくって私は溜め息混じりに体を起こしてキ

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この夏はどうする?

空を見ていたら出かける間際に見た天気予報で「今日は真夏日となるでしょう」と気象予報士が言っていたのを思い出した。雲一つ見当たらない青空のど真ん中で目映いばかりの光を発している太陽は見ているだけで汗が出そうだ。
今日が真夏日だろうが何だろうが程よくクーラーのきいた教室に一日缶詰めにされている私達には関係のないことだった。
プリントにペンをはしらせる軽い音が教室に充満している。この時間、監督役の教師は

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少し昔の話をしようか

注意:話が暗いです。人は死んでませんが暗い話なので読む時はお気をつけ下さい。

少し昔の話をしようか。どれくらい昔かと言えば、片手では足りないけど両手では余るくらいだ。
あの時の私は授業中に先生の話を聞いているフリをしながら横目で窓の外を見て「こんなくそみたいな世界、早く滅びないかな」と考えているようなやさぐれた人間だった。勿論考えただけで世界が滅びるはずもなく、次第に思考はより暗い方向に落ちてい

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まわる、まわる

降り注ぐ日差しの強さに夏の到来を感じる。目を細めながら真正面に座る彼女に視線を向けた。肘をついた手に持ったグラスには水滴が無数に付着している。幾つか机に落ちて小さな水溜まりを作っていた。
「皆、私のこと優しいっていうけどさ」
注文した時以来に彼女は口を開いた。唐突な呟きに首を傾げながら次の言葉を待った。
「私別に優しくないよ?」
彼女は手持ち無沙汰にグラスをくるくるまわしていた。カランとグラスの中

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