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「宮崎モデル」を考える

8月23日の日経新聞で、「海外IT人材活用「宮崎モデル」の力 隠れた大国から獲得」というタイトルの記事が掲載されました。どの業界も人手不足・人材不足と言われていますが、IT業界はその筆頭業界のひとつです。経済産業省の試算では、2030年には日本国内で約45万人のIT人材が不足するとしています。

地方都市でこの課題への解決に成果を上げている例として、IT人材をバングラデシュから呼び込む宮崎大学や宮崎市などの取り組みを紹介しています。同記事の一部を抜粋してみます。

バングラデシュは知られざるIT人材大国だ。英オックスフォード大学インターネット研究所の報告書によると、オンライン労働のアウトソーシング先ではインドに次いで世界2位となる。政府がIT化に取り組んでおり、携帯電話の世帯保有率は97%に上る。高等教育は英語で授業が行われるため、大卒者は問題なく英語を話せる。だが隣国インドと違って国内にIT企業や開発拠点が少なく、IT人材の就職先は限られる。

宮崎モデルの母体は国際協力機構(JICA)が2017年にバングラデシュで立ち上げた技術協力プロジェクト。ITや日本語の研修を通じて日本企業への就職を支援する内容で、宮崎の産官学がこれと連携したのが始まりだ。JICAプロジェクトでは17〜20年に265人が研修を受け、186人が日本企業に入った。IT企業は首都圏一極集中が進み、特に外国人はその9割が首都圏で働いているにもかかわらず、就職者の3割にあたる54人が宮崎の企業を選んだ。

JICA事業の終了後は宮崎大がバングラデシュのノースサウス大学と協定を結び、宮崎の産官学でIT人材の受け入れの枠組みを継続している。年2回、20〜40人の学生らを選抜し、ノースサウス大で基礎的な日本語を5カ月間学んでもらう。そのうち宮崎市内のIT企業への就職が決まった修了生が宮崎大でさらにIT業務に必要な日本語やビジネスマナーなどについて3カ月間の研修を受ける。宮崎市は企業の採用費用の一部を助成し、人材の紹介や就職支援は地元企業のB&M(宮崎市)が担う。

昨年7月から宮崎市でIT技術者として働くホサイン・エムディ・サッザドさんは宮崎モデルについて「大学生の間ではかなり有名で、日本企業に関心がある人は多い」と話す。グローバル企業が人材獲得競争を繰り広げるインドとは異なり、バングラデシュはまだ競合が少ないブルーオーシャン。技術者を採用する外国企業はインドや中国など一握りだ。

関係者の話を総合すると、バングラデシュ技術者が活躍している企業の共通項は自前で日本語教育を続けていること。開発チームでは英語でコミュニケーションが取れるとしても、委託元の企業からの発注書や仕様書、商談はほぼ日本語だからだ。言葉遣いやビジネスマナーを含めて教育を継続しないと、技術者がこなせる業務の範囲が広がらないという事情がある。

能力に見合った処遇とキャリアパスも重要な要素だ。人事制度が十分に整っていない企業でも、例えば帰国後に起業を考えている技術者を支援する姿勢を示すところでは定着率が高い。「バングラデシュ技術者は新たな技術にふれられるかどうかに給与水準と同じぐらいの価値を見いだす」(宮崎大の矢野氏)ため、技術者としてどう処遇するかもポイントになる。反対に人材活用に失敗する企業は業務に比べて能力が高すぎる技術者を雇ったところが多く、他社に引き抜かれる可能性も高いという。

特に重視するのが多様性への対応だ。バングラデシュは人口の約90%がイスラム教徒であるため、オフィスには祈祷(きとう)スペースを設置する。家主とのトラブルを避けるために住居はコウェルが契約して借り上げ社宅として提供。社内行事などを通じて他の社員との交流を欠かさない。石島孝典人財開発部長は「活用するという姿勢ではなく、バックグラウンドが違う同僚として扱う発想が要る」と話す。

バングラデシュ技術者が宮崎市に定着している背景には地方都市ならではの距離の近さがあるのだろう。宮崎市企業立地推進課の松木正幸課長は「バングラデシュ技術者の歓迎セレモニーを開催したり、高校生との交流会に招待したりと定着支援に力を入れている。宮崎市のIT企業は規模が大きくないこともあり、採用後に技術者を放置することもない」と語る。そもそも地域を挙げてのバングラデシュ人材の受け入れが進んだのも、大学と市と地元企業が自由に議論できる距離感の近さが大きい。

私は九州には出張の機会も時々あり、宮崎県の話を聞くこともありますが、宮崎モデルがこのような成果を上げているというのを改めて知り、とても興味深く目を通した次第です。

同記事内容が示唆するポイントを挙げてみます。

・需要と供給がマッチングしている

同記事からは、バングラデシュ人のIT人材力の高さがうかがえます。それでいて、有力な就職先が国内には少ない。IT人材の需要<供給という状態のようです。一方の日本は、需要>供給という状態です。

当事者のIT人材にとって、需要>供給のエリアで供給者となることは、当然魅力的に映ります。相手国のエリアが需要>供給の状態であれば、日本の魅力は相対的に下がります。人材に限らず商品・サービスも含め、需要と供給の関係がビジネスモデルのベースになるということを改めて感じます。

・企業も教育投資を積極的に行う

日本語等の教育が大学で行われているとはいえ、それだけで企業内の活動に十分な日本語力等が身につくわけではありません。日本人の新入社員以上に費用のかかる教育も必要になるかもしれません。しかし、国を超えて有力な人材を引きつけるには、教育費用を投資と捉えて実行することの大切さが改めて分かります。

・囲い込もうとせず適正な処遇をする

人材を的確に評価して処遇する人事評価制度が必要です。「外国人だから」といって特殊な評価体系や賃金体系で処遇するのではなく、「バックグラウンドが違う同僚」として日本人にも適用されている評価体系や賃金体系で処遇することです。

例えば、高い技能や英語力等を評価して高い処遇をするのであれば、同じ条件を満たす日本人も同様に処遇するのが妥当です。ましてや、一昔前に多く見られた、外国人労働者だからという理由だけで安い賃金で雇用しようとするのは論外です。

加えて、同記事には帰国後に起業を考えている技術者を支援する姿勢も大切とあります。国を超えてわざわざ雇った人材に対しては、日本人以上に「出て行ってもらっては困る」と考えたくなるものです。しかし、就業先は労働者の意志で選ぶものという基本に立って、人材の成長を支援する姿勢が結果的に最大限長く働いてもらえることにつながるのではないかと思います。

・多様性と共生する

イスラム教徒は1日に5回礼拝する習慣があります(細かくは宗派によっても違うようですが)。就業時間はこのことも配慮する必要があるでしょう。こうしたことも含めた多様性の理解と共生が不可欠であることが、同記事からもわかります。

・産官学連携も成功事例となり得る

政府の予算も活用した産官学の取り組みは、うまくいかない事例を聞くこともあります。そのうえで、同記事を参照すると、産官学連携も大いに可能性があることを感じます。

ただし、闇雲に予算をつければよいというわけではないのだと思います。上記で挙げたように、産官学が共通の明確な目的をもって協業すること、その取り組みによって恩恵を受ける対象者(この場合はバングラデシュ技術者)のことを本当に考えて施策を実施することが、必須条件ではないかと考えます。

・地方の凝集力を活かす

経済規模が大きく人口も多い都道府県を大企業(大組織)に例えると、地方の県は中小企業(小組織)と例えることができるかもしれません。しかし、小さい組織は構成メンバーが一体となった時の強い凝集力とスピード感を出せることが、大組織にはなかなか持てない強みです。同事例に関する宮崎県の関係者全体による取り組みは、その強みを感じさせるものがあります。

同記事をさらに参照すると、宮崎モデルの次のような活用事例があります。企業活動のヒントになる事例だと思います。

オフショア開発を手がけるコウェル(東京・品川)は19年に宮崎市に開発拠点を設立し、バングラデシュ技術者の定期採用を始めた。「青森県や福井県などを候補地として、(地方に大都市の仕事をまわす)ニアショアの拠点開設を検討するなかで宮崎モデルを知り、宮崎市への拠点開設を決めた」(吉田謙取締役)

コウェルは日本企業に委託されたシステム開発などをベトナム拠点で手がけるオフショア開発を展開しており、将来はバングラデシュに拠点を開設して米欧の英語圏に事業を拡大する構想を描く。宮崎モデルで採用した技術者は独自の教育プログラムを通じて約3年で日本企業と円滑にコミュニケーションができるエンジニアに育て、いずれは英語力を生かせる海外事業の幹部に養成する。それはバングラデシュ技術者の目指すキャリアパスにも重なる。

<まとめ>
パートナー人材に対して、相手目線で有効な投資を行う。

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