見出し画像

転勤する人にだけ転勤手当を払う

7月25日の日経新聞で「みずほの役割給、グループ横断で」というタイトルの記事が掲載されました。みずほフィナンシャルグループ(FG)が来年度から人事制度を抜本的に見直すことを取り上げたものです。グループの4万5000人を対象に職務内容を明確にして成果できちんと評価する共通の給与体系を導入するとしています。

同記事の一部を抜粋してみます。

24年度から導入する「役割給」は職務内容と成果で評価するジョブ型雇用の発想を取り入れた制度。厳密なジョブ型が職務内容を定義して必要な人材を当てはめるのに対し、一人ひとりに期待する役割を定める点で人材寄りの制度にした。ロール型とも呼ばれ、他産業より年功的な色合いが濃かった3メガバンクで導入するのは初めて。

年齢や潜在的な能力ではなく、実際の職務内容を「時価評価」するのが役割給の最大の特徴だ。従来は年齢など考慮する要素が多く、わかりにくいとの声があった。専門性の高い職務をこなしている若手社員にとっては給与と仕事内容が釣り合わないといった不満となり、離職の一因だった。

役割給は仕事の内容や難易度を示すポジションに、社員の能力に応じて与えられる役割を加味して決める。異動や担当替えで大きな役割を担うようになれば、所属や年齢に関係なく給与が上がる仕組みにする。異動がなくても年1回、能力に応じた役割を見直すことで給与が上がるようにし、モチベーションの維持・向上につなげる。

これまで商業銀行は大量に新卒を採用し、多くの部署を時間をかけて経験させたゼネラリストを育てるために年功的な人事制度をとってきた。だが、中途人材が増え続けるなかで「専門性ある人材を柔軟に受け入れるために年功要素を薄めるのは避けて通れない」(みずほFG幹部)との判断がある。

グループの銀行、信託銀行、証券の待遇差を解消するのも今回の人事制度改革の柱になる。例えば、証券会社は市場環境が悪化すると業績が落ち込んで賞与が下がりやすい。銀行から証券に出向すると、同じ仕事内容でも証券の業績次第で待遇に差が生じていた。役割給の導入によりこの格差が解消するため、銀・信・証をまたいだ人事配置を柔軟にする。

手当にも時価評価の考え方を導入する。いまは全国転勤のある社員は基本給に月2万~8万円程度の手当が含まれるが、実際に転勤した場合のみの支給に変える。共働き世帯の増加で配偶者のキャリアの中断か単身赴任を迫られるとして転勤したがらない若手社員が増えている。実際に転勤した場合に手当を上乗せすることで、転勤者が抱える不公平感を和らげる。

退職金も給与に上乗せする形で前払いを認め、自己都合退職時に減額する仕組みを24年度分から撤廃する。現在は勤続20年の社員が自己都合で退職すると、退職金が約3割減るケースもあった。終身雇用や年功序列を前提としない人事制度に切り替えることで柔軟な働き方を認め、多様な人材を確保する。

「役割給」という設計は、特段の新しい手法ではなく、以前から各社で導入例のあるやり方です。ざっくりとした説明の仕方として、諸外国では採用されることが多い「職務給」(上記記事では「ジョブ型」として表現)をそのまま当てはめようとするとうまくいかないことが多い日本企業で、自社の雇用慣行や風土に合いやすいようにアレンジを加えたやり方だとも言えます。私自身もこれまで、職能給ベースの人事制度から役割給ベースの人事制度への改修に取り組むことが多くありました。

何らかの評価軸を設定して、職務給=職務における対価の値札を明確にするとなると、銀・信・証で従業員が取り組んでいる仕事の種類が異なるため、異なる値札の設定となるはずです。それぞれの職務給に応じた仕事に専念し続ける限りは運営の支障はありませんが、銀・信・証をまたいだ人事配置をしようとすると職務給が変わることになるため、異動の柔軟性はどうしても低くなります。

銀・信・証それぞれの組織内においても、直接部門と間接部門間の人事異動といった、日本企業に多く見られる職種をまたいだ配置転換がやりづらくなります。「どれぐらいの役割レベルなのか」を職種間共通で見ることができる基準にすることで、成果や貢献の大きさを評価しつつも人材配置に柔軟性を持たせることを考えたということだと想像します。

転勤した場合に手当を上乗せするやり方は興味深いと思います。私も以前、このような制度を企業様に提案したことがあります。

全国転勤型、エリア内転勤型、転勤なしのエリア限定型など選択肢を設定して、それによって処遇を分けている企業も多くあります。そのうえで、ありがちな事象として下記が挙げられます。

・自社では拠点数は限られていて、拠点をまたいだ転勤の発生例は少ない。全国転勤型を選んでいても、実際に転勤する人は限られている。

・全国転勤型を選んでいる社員であっても、「近々出産予定がある」「親が病気して今は動けない」などの話が出てくると、転勤を伴う辞令は出しづらい。一方で、本当に転勤できないほどの理由なのか分からないことがある。

・上記のようなことから、転勤に当たる人からは「自分だけ負担が大きい」という不満が出たり、エリア限定型の人からは「全国転勤型でも全然動かない人がいて、自分たちと同じ割には給料を高くもらっている」という不満が出たりして、公平感に欠ける。

シンプルに、実際に転勤した人に対してのみ負担に応じた報酬を上乗せすることにすれば、公平感が担保しやすくなると思います。そうすれば、自ら転勤を志望して申し出る人も増えるかもしれません。

そのような制度に変えようとすると、「これまでさんざん転勤してきた人への保障はどうしてくれるんだ」という意見も出そうですが、必要に応じて個別対応を考えることになるのではないかと思います。

その企業にとって譲れない、企業理念やビジョンへの共鳴、事業展開への理解、求めている貢献に応えるパフォーマンスなどがクリアできたうえで、多様な人材を受け入れ可能にすることは、望ましい方向性だと言えます。

自己都合退職によって退職金が大幅に減ってしまうような制度だと、自社に合わなくて自社を出たい人材がそのままとどまりたくなってしまう効果にもつながり、労使双方にとって合理性も疑わしくなります。多くの人が終身雇用を望んだ以前の社会環境には合っていたかもしれない制度ですが、今では合わなくなっている会社も多いのではないかと思います。

自社にとっての合理性や公平性は、多様な人材を受け入れ可能にするうえでのポイントになります。

<まとめ>
自社にとっての合理性、公平性のある制度は何かを考える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?