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将来不安からの回避願望

6月30日の日経新聞で、「不確実な「見通し」が高める不安」というタイトルの記事が掲載されました。前回、長期的な賃上げ宣言が、従業員の将来不安を和らげる効果があるのではないかと考えました。今回も、同様のテーマで考えてみたいと思います。

同記事の一部を抜粋してみます。

企業も家計も、将来の収益や所得がどうなるかを見込んで現在の行動を決める。マクロ経済の見通しと確度はその前提になる。仮に今後10年間の経済成長率の予測値が年率1%でも、確実にそれが実現するのか、大きな予測誤差がありうるのかで、企業や家計の行動は違ってくる。

国民はどのような長期経済見通しを持っているのだろうか。2016年末に5年後までの経済成長率の予想を尋ねた調査では、平均値はほぼゼロ成長で、政府やエコノミストに比べ悲観的だった。国民はそれを前提に生活設計を考えてきたわけだ。

不確実性は、それが収まるまで待つという「様子見」行動を通じて経済活動を抑制する。特に長期的な先行きの不確実性は、企業の研究開発、新規事業進出、正社員採用といった投資行動のほか、家計の消費・貯蓄や教育投資、労働者の就職・引退など重要な意思決定を左右する。

現在注目されている少子化も、「将来不安」が結婚や出産を躊躇(ちゅうちょ)させる一因だと指摘されており、不確実性が関係している。社会保障、税財政などの制度設計に当たっては、長期経済予測の不確実性を考慮に入れることが望ましい。

今後どういう政策が採られるのかわからないという「政策の不確実性」も、経済活動に負の影響を持つ。例えば、社会保障制度の将来が不透明だと、国民は万一に備えて貯蓄を積み増す。また、仮に良い政策であっても、決まるまでに時間がかかって中ぶらりんの状態が続くと、政策効果が減殺される。有効性の高い政策ほど、その不確実性の影響も大きくなる。

最近の少子化対策も財源が決まっていないなど、政策の不確実性を伴っている。内閣府の「社会意識に関する世論調査」によれば、「国の財政」が国民の心配事の1位ないし2位を続けている。子どもが手を離れるまでの間に、財政的制約で仕組みが変わってしまう懸念があれば、今、子どもを持つという判断をしにくくなる。

企業や個人の前向きの行動を促すには、期待成長率を引き上げる必要があるといわれる。そのためには、政策策定プロセスが人々の不確実性を高めないことも大事だ。

先日、ある企業で採用責任者を務めている経営幹部の方とお話する機会がありました。その中で次のようなことを聞きました。

「例えば5年後、10年後、うちの会社でどうなっていたいか?」と採用面接で学生に聞いてみる。すると、「将来のキャリアに備えて自分の市場価値を高めていたいから、10年後には御社にいないかもしれない。10年後御社にいることを前提とした問いかけには、少し戸惑っています。」という回答が来る。勤続の意思が最初からない点が、自分たちの新卒時代とはまったく違う。

どのような職業観を持つかは人それぞれで、上記に是非はありません。そのうえで、根底に見えるのは「将来不安から回避したいという願望」です。

この点は、同幹部の方が新卒時代だった頃と変わっていないと考えます。当時は、同じ企業で勤続することのほうが転職や独立などよりも生涯にわたる自身の市場価値を維持しやすく、将来不安から回避する方策だったわけです。今は方策が変わっただけで、不安からの回避願望は同じなのだと思います。

同記事で指摘のある少子化についても同様のことが言えそうです。少子化が始まる前までの昭和時代の日本と、令和の日本とでは、経済の拡張、それに伴う国の財政、自らの賃金の長期的な展望について、描けている度合いの高さが違うと言えます。

そして、このことは日本に限ったことではありません。日本以外の先進国でもほぼ同様に少子化が進んでいて、背景には以前と比べての低成長に伴う将来不安(文化圏によってどれだけ不安に感じるかの程度差はあれ)があると想定されます。

それでも、米国など人口が増えている先進国があります。それは、人口増が多くの移民に支えられているからです。移民にとっては、米国のほうが元いたところよりも自分にとって将来不安が少ないから米国に移り住むわけです。移民が比較的多くの子どもを持とうとするのは、感じている不安(主観としての)が、元からいた人より少ないためかもしれないと説明できます。

あるいは、高福祉国家や少子化対策が効果を上げ、出生率が回復している一部の先進国があります。それらの国では、学費が無料、高齢者となってからの生活が年金等で保障されているなどから、皆が何十%もの高い税金であっても気持ちよく払っているという話を聞くこともあります。このことも、将来不安が軽減しているためと説明できるのではないでしょうか。

何にどの程度将来不安を感じるのかは人それぞれです。そのうえで、その時代環境に置かれた多くの人に共通する要素を把握した上で、将来不安の払拭につながる的確な方針を打ち出すということは、経営・マネジメントを考える上で大切な視点だと思います。

<まとめ>
方針決定にあたっては、将来不安を和らげるという視点をもつ。

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