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バイアスと偏見、先入観、思い込みの違い


認知バイアスと偏見・先入観・思い込みの違い

 私は2021年に『バイアスとは何か』(ちくま新書)(藤田, 2021)という本 を出しました。それを下敷きに認知バイアスとは何かを解説した記事として、「バイアスとは何か?」という記事を公開しました。

 この記事では、バイアスについてより深く知るために、バイアスとは似ているけれど違うもの、「バイアスとは何ではないか?」について簡単に解説します。
 バイアスと、偏見・先入観・思い込みとの違い
について説明します。

 この記事でとり上げるバイアスは、人間が周囲の物事を見たり聞いたりするときに起こる、認知バイアスです。他の分野のバイアスについては、この記事では解説していません。

 もし、『バイアスとは何か』(ちくま新書)(藤田, 2021)という本全体の要約を素早く知りたいという場合、【5分で読める】『バイアスとは何か』(藤田政博著、2021年)を著者自身が要約(有料記事)をご覧下さい。


バイアスと偏見は同じか

 バイアスと偏見は同じではありません。

 バイアスとは、「バイアスとは何か」でみたとおり、認知の偏りです。

偏見とは何か

 一方、偏見とは、社会心理学的には、「予断や先入観によって、否定的、非好意的な態度や信念を抱いていること」(古畑・岡, 2002, p.218) です。

 人やものに対して、直接会ったり使ったりした経験がないのに、事実に基づかずに悪く思っているということですね。

【態度とは何か】

 偏見の定義に出てくる「態度」(attitude)とは、社会心理学用語で、「特定の対象に対する、良い—悪い、好きー嫌い、賛成ー反対といった評価的反応」(Petty & Cacioppo, 1986)のことです。

 つまり、何かの対象(ものごとなんでも)があって、それに対して良いものであるとか悪いものであるとかいうことを心の中で思っていることで、何かきっかけがあると行動として出てくるようなもの、それが態度です。

 日常語の「態度」と区別する際には「社会的態度」(social attitude)とも言
います。

【信念とは何か】

 「信念」(belief)も、心理学用語で、心の中に抱いている命題のことです。ここでいう命題とは、「何々は何々である」あるいは「べきである」といったものです(子安 ほか, 2021, p.403)

 どんなことについての命題かというと、なんらかの対象と、別の対象・価値・概念・属性の関係についての命題です(中島 ほか, 1999, p.453)

 心理学で言う信念は、日常語の「信念」のように、強い感情や思い入れがなくても構いません。

偏見の例

 偏見の例としては、否定的なステレオタイプがあります。

【ステレオタイプとは何か】

 ステレオタイプとはなんでしょうか?

 「人々が特定の属性または社会集団の成員に結びつけている特徴」のことです(子安 ほか, 2021, p.422)

 人を属性でひとくくりにして「そのくくりの人にはみんなこんな特性がある」と認知するとき、その認知した内容を「ステレオタイプ」と言います。

 ステレオタイプを最初に社会心理学の概念として使ったのは、ウォルター・リップマン(Lippmann, 2004, part 3)であるとされています(古畑・岡, 2002, p.132)


 属性でひとくくりにするといいましたが、その属性にどんなものを使うかは、なんでもかまいません。多くの人が「その属性を持っている人には同じ特徴がありそう」と思えればなんでもOKです。

 性別、出身地、肌の色等々。わたしたちが他の人をひとくくりにできると思える要素であれば何でもいいのです。

 たとえば、「男って〜〜」「女って〜〜」という発言は、性別ステレオタイプの表明です。

 そして、人を属性でひとくくりにして、それをカテゴリーとして認識し、そのカテゴリーに入る人はすべて否定的な属性がある、つまり劣っていると認知することは偏見です。

 否定的なステレオタイプとは、頭の中でひとくくりにした人が全体に劣っている特性があると認知することです。

 「男って力持ちだよね」といえば単なるステレオタイプですが、「男って感覚が鈍いよね」と言えば否定的評価が入っていますので偏見です。


周りの人をカテゴリー(枠)にあてはめる

偏見とバイアスの異同


 「認知」の「偏り」という意味ではバイアスと共通していると言えるかもしれません。

 また、偏見は、身についた後は自動的に働き、選択的知覚を起こすので、バイアスと同じような影響を認知に及ぼします。

 以上はバイアスと偏見に共通する点です。


 偏見は、幼い頃から周囲の人が言ったりしたりしていることを見聞きし、蓄積した情報に影響を受けて自分の中で形成されたものです。

 人間に元からそなわっている、認知の仕組みや法則からそのままでてくるものではありません。

 また、偏見は否定的なものに限られます。偏見が行動として現れると差別となることがあります。

 バイアスは、否定的かどうかという価値判断とは本来関係がありません。認知の仕組みの特性のことだからです。

 また、バイアスがあっても差別になるかどうかは分かりません。

 たとえば、バイアスの結果、錯視があったり、確率計算を間違っても、それだけではただちに差別にはつながりません。

 その点が、バイアスと偏見が異なる点です。

 したがって、biasを「偏見」と訳すのはミスリーディングです。「偏見」という言葉に近いのはprejudiceという言葉です。

 とはいえ、prejudiceという言葉は、pre = 予め、judice = 判断する、という意味なので、「予め判断する」となり、すると「先入観」という言葉がより近いといえます。

バイアスは先入観と同じか

 バイアスは先入観と同じではありません。

 先入観とは、心理学辞典に項目が立てられているような心理学用語ではないのですが、固定された物事に対する見方のことです。

 「先入」というだけあって、対象に直接かかわる前に入ってきた知識や情報によって作られるものです。

 先入観はしばしば、意識的なものです。

 また、先入観は、偏見と同じく、周囲の人が言ったりしたりしていること、自分の経験、自分が見聞きした様々なものごとの情報をもとにできています。(心理学的意味での学習)

 そのため、人によってどのような先入観があるか異なります。

 先入観があると、物事のあるがままのようすを認知する邪魔になります。

 そのため、バイアスと同じように、物事の認知が偏るでしょう。

 しかし、先入観は心理学的意味での学習によって獲得されるもので、人間が元から持っている認知の法則に由来するわけではありません。

 先入観もprejudiceも、字面からはポジティブ・ネガティブ双方に使えそうですが、実際に使われるときはネガティブなものに使われることが多いようです。

バイアスと思い込みは同じか


 バイアスと思い込みは同じではありません。

 バイアスは、人間の認知の仕組みに埋め込まれた、認知の偏りです。

 一方、思い込みは、これも先入観と同じく、心理学辞典に項目がたてられているような心理学用語ではないのですが、「思い」+「込み」で、強く深く思っていて変更しづらいことを指しています。

 思い込みには証拠がなかったり、本当かどうか検証されていなかったりします。そのため事実とはズレていたり間違っていたりするけれど、持っている本人は本当だと思う考え、それが思い込みです。

 思い込みは事実と違うという意味で偏っているかもしれませんが、認知の仕方が偏っているわけではありません。

 バイアスは認知の仕方の問題です。

 一方、思い込みは心に抱く(心理学的な意味での)信念の話です。信念の内容が事実と違っているかどうか、世間の価値基準からみて「偏っている」と評価されるかどうかがよく問題にされます。

 そして、思い込みは少なくとも一度は意識にのぼったものです。そして、その考えを受け入れて、受け入れた後は忘れていることが多いものです。


思考の囚われ

 その点が、意識にのぼらせること自体が困難なバイアスとは異なります。

 思い込みは、一度持ってしまった後は普段忘れていて、それでも普段の「ものの見方」に影響することがあります。
 その点が、バイアスに似ています。

 しかし、意識しようと思えば意識可能な考えであり命題である点で、認知の仕組みや特性上発生する認知の偏りであるバイアスとは異なります。

終わりに

 私は2021年に『バイアスとは何か』(ちくま新書)(藤田, 2021)という本を出しました。

 この本は、大学の講義で15年近くにわたって、バイアスとは何かについて説明した経験を踏まえて、バイアスとは何かを説明したものです。

 バイアスを網羅的に全て紹介したものではありませんが、バイアスとは何かに興味を持って初めて知る人にとって、バイアスとは何かの骨組みが分かるように書きました。

 また、新書を読み通すのは時間がかかる、よりはやく一通り知りたいという方向けに、1つのバイアスについて見開き2ページで説明する本を監修しました。『サクッとわかるビジネス教養 認知バイアス』(新星出版社、2023年)です。

 文章もイラストもよく考えられたものですので、ぜひご覧下さい。

引用文献

古畑和孝・岡 隆 (編). (2002). 社会心理学小辞典〔増補版〕. 有斐閣.

子安増生・丹野義彦・箱田裕司 (編) (2021). 有斐閣 現代心理学辞典. 有斐閣.

Lippmann, W. (2004). Public Opinion. https://www.gutenberg.org/ebooks/6456 (原著1922年刊)

中島義明・子安増生・繁桝算男・箱田裕司・安藤清志・坂野雄二・立花政夫 (編). (1999). 心理学辞典. 有斐閣.

Petty, R. E., & Cacioppo, J. T. (1986). The elaboration likelihood model of persuasion. Advances in Experimental Social Psychology, 19, 123–205. https://doi.org/10.1016/S0065-2601(08)60214-2


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