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【ショートショート】第五のビール

「亀吉おじさんを覚えておるか」
 と聞かれた。祖父の弟、田中にとっては大叔父に当たる。
「アル中で亡くなった人ね」
「やっぱりそう思っておったか」
「違うの」
「酒好きなのは確かだった。わしらの時代には酒は特級、一級、二級と分かれておってなあ」
「なにが違うの」
「特級は優良な酒、一級は佳良な酒、二級は特級および一級に該当しないもの、じゃ」
 田中は目を見開いた。
「じゃあ、お酒かどうかもわからないじゃない」
「そうなんじゃ。亀吉は酒は好きじゃが、金はなかったので、いつも二級酒を飲んでおった。おれも飲まされたが、正直いってなにがなんだかわからなかった」
「どんなものだったの」
「臭いし、イガイガする。七色の泡が出たり出なかったりしたな。あれをたくさん飲めば死ぬ。ただし、アルコール中毒かどうかはよくわからん」
「恐ろしい酒もあったもんだね。いや、酒かどうかもよくわからないのか」
「平成四年に特級、一級、二級という区分はなくなった。じゃあ、二級酒はどこへ行ったんじゃ」
「もうさすがにそんなひどいものは売ってないんじゃないの」
「甘いな。さっきミニスーパーに行ったら、第五のビールというのを売っておった。一缶三九円じゃ」
「安いね」
「いやな予感がする」
 じいちゃんはプルトップをあけ、ふたつのコップに中身を注いだ。
「わ。七色の泡だ」
 田中はそっと匂いを嗅ぐ。
「臭い」
 じいちゃんはぐいっと飲んだ。
「やっぱりじゃ。イガイガする」
「捨てよう」
 ふたりは七色のビールを地面に流した。
「こんなもの買う人いるのかなあ」
「それがなあ、おそろしいことに、これはこれで中毒性があるらしいのじゃ」
 田中は念のため、家の冷蔵庫を調べた。第五のビールがずらりと並んでいた。
「誰っ」
 と叫ぶと、母が振り向いた。
「どうしたの」
 母の舌が七色に光っていた。

(了)

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