繊細な心にそっと寄り添い、包み込んでくれる 『檸檬』梶井基次郎
梶井基次郎の「檸檬」を初めて出会ったのは、体調を崩した日のことだった。数日間、微熱が続いていた私は、気が参ってしまい、孤独感に襲われていた。気晴らしに本を読みたいと思ったが、本を読む気力はなかった。
布団で横になっていても退屈だったので、朗読を聴きあさっていた。そのうちの一つが、梶井基次郎の「檸檬」だった。人の声によって紡がれていく文学の世界に、私は惹き込まれた。
この作品に漂う孤独感や哀愁が、私は好きだった。繊細に揺れ動く感情を、ひとつひとつ、丁寧に掬ってくれているようで、居心地が良かった。
感情を言葉にする。行き場のない自分の感情に居場所を作る。それによって、こんなにもほっとするのだと知った。
朗読を聞いていると、心底安心した。語り手の声によって、一つの世界が紡がれていく。孤独や焦燥で混沌とした感情が、大きなエネルギーのようなもので包み込まれているような感覚を覚えた。
私は嫌なことがあると、書店や文房具屋に入り浸ることがある。いろんなものを眺めているうちに、気づいたら1〜2時間経っていたり、結局買っちゃったりする。でもその時間が楽しくて、心を癒してくれるのだ。
なんとなく疲れたなと感じたとき、一旦立ち止まって、心を満たしてくれるものを用意しておくと、生きやすいのではないかと感じる。それは本だったり、一杯のココアだったり、甘いものだったり、本だったり、形はさまざまだ。私にはもう少し、心を満たしてくれるものに触れて、ひと休みする時間が必要なのかもしれない。
本を読んでいるうちに、気の合う友達と話しているような気持ちになった。私は改めて、本を通じて対話をできるという、読書の楽しみ方を思い出した。
心が乱れた時も、本は心を癒してくれる。私は心に響く物語と出会うたび、自分の居場所が、一つ増えたような気がする。どんなに心が遠くへ旅をしても、本を開けば、いつだって、言葉の世界が広がっている。本という居場所へ、また帰ってくることができる。
現実でいろんな感情を経験することで、言葉の世界が彩られていく。そう思うと、再び歩き出すための勇気をもらえる。