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017 窓辺で本を-なくなりそうな世界のことば-


あなたは、好きな言葉を持っていますか?
私はたくさん持っています。

本を読んでいる時や人と話をしている時、テレビを見ている時、歌を聴いている時、道を歩いていても。そこかしこに言葉はあふれているので、さまざまな場面で琴線に触れる言葉と出会います。
私の場合、好きな言葉と出会った時はいつもびっくりしてしまいます。
「えっ」
と。そしてもう一度その言葉をかみしめて、しっかりと頭の中にメモします。
そういった大切な言葉たちが、ふとした瞬間に助けてくれることも多くて、言葉のちからを感じます。

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『なくなりそうな世界の言葉』(吉岡 乾著)では、使用している人が減少している言葉(著者の方の言葉を借りると「小さな」ことば)に着目して、その言語らしい単語を選んで集めた本です。一つの単語につき見開き二ページで絵と文章で解説してあります。文章自体は多くなく、だからこそ、その言葉を使う人々やその国の文化・歴史を想像して思いを馳せることができます。
あざやかな色づかいが目をひく西 淑さんの挿絵も素晴らしくて、いつまでも見ていられる一冊です。

私がこの本の中で、最も印象的だったのは
“Hiraeth”(ヒライス)
という言葉です。この言葉の意味は、「もう帰れない場所に帰りたいと思う気持ち」。
ウェールズ語だそうです。

この言葉を見たとき、じんわりと切ない気持ちになりました。
この言葉を使っている人たちは、帰りたいと思う場所を失ったのでしょうか。
それとも、過去や記憶など、過ぎてしまった時間に対して使っていたのでしょうか。
言語自体は「なくなりそう」かもしれないけれど、私は覚えておこう、と思った言葉でした。

ほかにも“Mangpha”(マンパー/良い夢を)や “Vevarasana”(ヴェヴァラサナ/遠く離れていてもわかりあえる)、“Ts’wox”(ツウォホ/寝る前におやつを食べる)など、さまざまな国の素敵な言葉が紹介されています。

興味のある方はぜひ、言葉の世界クルージングに行ってみてください。
きっと心に残る出会いがあると思います。

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つい、昨年異動された先輩を思い出しました。
その方は大学生のころから方言の研究をされていて、今でもたまに沖縄へ行って現地調査されているそうです。
先輩がまだ私と同じ支社にいたころ、方言についてのお話をしてくださり、大変興味深く伺っていたのですが、最後にこうおっしゃいました。

「でもね、こういうことを調べていたら、たまに「そんなこと、なんの役に立つの?」って言われるんだよね。「なくなる言葉を調べてどうなるの」って」

私は世にもかなしい気持ちになりました。
かなしいだけでなく、若干のくやしさもありました。
でも、その時にはうまく言葉にできず「私はそんな風には思いませんよ。誰かにとって意味があれば、役立つことになるのではないでしょうか」としか言えませんでした。

役立つって、なんでしょうね。
私は、研究は人生を豊かにするものだと思っています。
たしかに、言語の研究は便利な「モノ」を生み出す訳ではないかもしれません。
でも、私は『なくなりそうな世界のことば』を読んだ後、視野の広がりを感じました。
遠くの(あるいは意外と近くの)国でこういう言葉を使って、こんな風に考えている人たちがいる、ということを知るのは、大きな発見です。そして、行ったことのない場所を想像して、会ったことのない人たちのことを考えていると、どんどん心が彩られていくような気持ちになりました。これまで考えたことのないことを考えられるようになるのは、確実に私の人生を豊かにしてくれることです。
それは、役立っていることになるのではないでしょうか。

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その先輩は、大切な人と一緒になるため会社にお願いして、九州の支社に異動されました。
彼の出身地は名古屋です。

簡単に帰れる距離ではありません。
二度と帰れないわけではないと思いますが、ときどき「帰りたい」気持ちになることもあるかもしれませんね。

次お会いするときに、また方言のお話を聞きたいと思います。
なぜなら、先輩はそのお話をしているときが一番いきいきとしていて、そんな彼と話している時が私にとっても豊かな時間だからです。

今回も、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


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