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水の遺跡

願わくば、貴方と。

……………………水の遺跡

 ふう、ふう。荒い息づかいが聞こえる。盗んだ装飾品でジャラジャラと音を立てながら彼は走る。
「いたぞぉ!」
後ろには憲兵が迫っている。彼らを撒くように森の深くへと踏み入る。足に絡まる小枝のせいで転び、盗んだ装飾品が散らばる。拾っている暇などなく彼はすぐ立ち上がり再び走る。
「走れ走れ! 捕まっちまう!」
そう独り言ち、追われながらも男は楽しそうだった。鳶色の髪、同じ色の無精髭。女性を口説くには困らない程度に整った顔立ち。背は高く四肢はすらりと長い。よれた服の上にぼろぼろの上着を羽織ったその壮年の男は名をレムと言った。生業は、盗賊。
 森を抜け開けた場所に出る。目に入ったのは遺跡の入り口らしきものだった。
「しめた!」
遺跡は入り組んでいることが多く、憲兵を撒くには丁度良い。石の階段を転がるように降り、駆け抜ける。やがて長い通路の終わりが見えてくる。光差す向こう、吹き抜ける大きな風に顔を上げるとそこには──苔むした石に彩られた高い高い塔が姿を現した。その壮大な景色に彼は心を奪われていたが、追っ手を思い出し振り返る。憲兵は既にいなかった。
「ふぅ、撒いたか……」
レムは呼吸を整え、近くにあった水場で顔を洗う。虫も湧いていない綺麗な水だと分かると、彼は頭を突っ込んでがぶがぶと水を飲んだ。
「ぶはぁ。久々にまともな水だ!」
両手で水を拭う、次に視線を感じ顔を上げた。いつの間にか水場の柱の上で彼を見下ろす者がいる。緩やかにうねる美しい白銀の髪。白い肌。年頃は7つか8つと言ったところだろうか? 少年とも少女ともつかぬ美しい顔をした子供。レムはその者から目がそらせず、射止められたように動けなくなった。
「今度は盗人か」
子供らしからぬ口調でそう言うと、その者は音も立てず水場に降り侵入者の額に手をかざす。一瞬目が眩んだかと思うと、彼の意識は途切れた。

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