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土の遺跡〜花園の騎士(中)〜

前作:『土の遺跡〜花園の騎士(前)〜』

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 コンスタンは慌ててニルの寝床に顔を出す。彼はいなかったが消えた訳ではない。庭で柔軟をしているニルを見つけコンスタンは胸を撫で下ろす。
「おや、おはようございます」
「……おはようございますニル殿」
草原の上でゆっくり柔軟をしているニルの近くにコンスタンは腰を下ろす。
「貴方の夢を見ました」
「私のですか?」
「騎士だった頃の貴方の夢です」
「ほう」
自分で夢を見せておいてニルはしれっとしている。
「……魔法使いカリーナは何故死んだのでしょう? 魔法使いは何だって出来るではありませんか。空だって飛べたのに」
「魔法使いと言えど死からは逃れられません。彼女は私、いえ、ガルドアの身代わりに死んだのです。あの橋の上で己が死ぬか、ガルドアが死ぬか、何方かだったのです。彼女は若い恋人を生かす方を選びました」
「…………」
「随分と哀しそうですね」
「思った以上にガルドア卿の人生が凄惨だったもので」
「そうでもありませんよ。何度も幸せになる機会はあったのです。でも彼は全て諦めました。死んだ恋人を置いて自分が幸せになっては行けないと思ったのでしょうね。今思えばただの馬鹿です」
「随分手厳しいですね。貴方の事なのに」
「後悔を引きずったままの己に目を背け続け、他人を救う事で満たされようとした。あるいは仕事をこなしていれば忘れられた。そして死後ようやく気付くのです。嗚呼、あの時俺が死んでいれば良かったのにと。その時には人を殺し過ぎて魔法使いの元へ往くことは叶わず、誰も裁いてくれないと嘆くのです。糞ガキの思考です」
ニルは立ち上がって柔軟を続ける。
「……恐ろしかった」
「ん?」
「嘆きの城の玉座です。椅子そのものが泣いているようでした」
「あれを恐ろしいと思ったなら大丈夫です。正常な判断力ですよ」
「ガルドア卿には違って見えたのですか?」
「彼には、あの玉座は非常に魅力的でした。彼処に座っていればずっと嘆いていられる。己がための処刑台。自分で自分を罰するのです、世界の終わりの日まで」
「それではあまりに辛い」
「それが相応しいのだと思っていたのですよ、私は。さて、軽く走って来ようかな。コンスタン殿も来ますか?」
「いえ、私は止めておきます」
「そうですか、分かりました」
走り去って行くニルの背を見ながら、コンスタンは柔軟を開始する。ニルは村の周りを走りながら総統の手先の位置を確認する。今は三人か。数は少ないがやはり常時見張られている。うっかり魔法は使えないなと思いながら二、三周していると柔軟を済ませたコンスタンが追い抜いて行く。微笑みながらそれを見送って彼は屋内へ戻って行った。
 フルールが起きて畑いじりをしているのを横目にニルはかまどに手をかざす。残っていた炭に火が点き燃え広がる。指先を動かして火と戯れているとフルールが顔を出した。
「おはようございます」
「おはようございます。……魔法で火をお点けに?」
「ええ、まあ。正確には魔法とは違うのですが……なんとも説明し難いですね。火打ち石で点ければ良かったですね、失敬」
「いいえ。あまりに鮮やかだったのでつい見惚れてしまいました」
「私にとって火は己の一部ですので。そうだ、薪を拾ってきます」
「いえいえ! 大丈夫ですどうぞお掛けになっていてください」
「そうは言っても泊めて頂いている身ですから」
「いいえ、いいえ。妖精におもてなしをするのも魔法使いの仕事の内ですから。どうぞお掛けに」
「おや、そうなのですか? それなら火の番でもしていましょう」
「ええ、それで充分です。ありがとうございます」
「どういたしまして」
本を片手にかまどで煮込まれている野菜のポタージュの加減を見ながらたまにかき混ぜていると、リアムとサミーが起き出しまだ眠そうな顔を見せる。
「嗚呼、良い匂い」
「ポタージュを作っているんだよ。ほれ、味見」
「ん、美味い」
「俺も俺も」
「はいはい」
「んん、これは美味い。フルールは料理が上手だなぁ。昨日のキッシュも美味かった」
「そうだな。彼女は良い奥方になるだろう」
「んん? 何で料理が上手いと良い嫁の扱いになるんだい?」
「ん? んー……そう言うものだからとしか言えんな」
「人の世は変だねえ」
「そうだねえ」
鍋を上げて残り火を見つめていると二人はニルにもたれ掛かる。
「重い」
「酒でも飲もうよ」
「朝から?」
「俺たちはいつだって飲むじゃないか」
「そうだけれど」
「あまり火を見つめるもんじゃないよニル」
「そうだよ。また飲まれてしまうよ」
「……もう飲まれんよ」
コンスタンは運動の後フルールの畑仕事を手伝っているようだ。二人を邪魔しないように妖精たちはアウステルを連れて村のはずれに腰を下ろし、其処で宴を始める。リアムが歌い、サミーが弦を弾く。それに合わせてニルが踊る。ニルはあまり踊りは得意ではなく、年長者に教えてもらいながらこうやって練習をしている。楽園の妖精たちにとっては歌と踊りは必須であり大事なもの。踊りに苦手意識があったニルを見兼ねてエアルスがこれも妖精の仕事、と言ったら彼は一転して張り切るようになってしまった。リアムとサミーは未だにカチカチの表情で踊っているニルを見ながら、もっと心から踊れるようになれると良いね、とこっそり話していた。
 ニルは視線を感じ踊りながら其方を見る。小さな頭がひい、ふう、みい、よ、いつ。村の子供たちだ。彼等は妖精たちに気付かれてしまった事に驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「おやおや、子供等が来ていたのか」
「踊っていたのが珍しかったのだろうか?」
「興味があったんじゃないかな? 一緒に踊って良いのに」
「誘うか?」
「もう一度見に来たら誘おうか」
「朝食が出来ましたよー」
けれどその前にフルールが顔を出す。宴は一時お預けとなった。
「おお、ポタージュ!」
「ポタージュポタージュ!」
「現金な奴等め」
 パンをスープに浸しながら食べる兄妹の横で友人たちはポタージュばっかり口に運んでいる。人参が溶けていて確かに美味しいのだが、パンも食えよとニルが突く。
「ねえニル。今日こそは街へ行かない?」
「そうしよう、そうしよう。買い物がしたいんだ付き合っておくれ」
「ん? 構わないが」

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