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【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session37】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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※前回の話はこちら

2016年(平成28年)04月01日(Fri)エイプリルフール

 四月に入り新しい年度が始まった。社会人や学生たちも、新たな気持ちと面持ちで通勤や通学のため電車に乗り込み、学は新入社員や新一年生と言った初々しい社会人や学生を新宿にある自分のカウンセリングルームに向かう途中で観たのだ。

 そう言えば学も大学に合格し、そしてJ大学哲学科に入学した頃のことを思い起こしていたのであった。学はその当時、自分の希望していたJ大学心理学科とM大学心理学科に落ち、大学に進学するかとても悩んでいた。と言うのも、学が高校時代に大学に行く目的が心理学を勉強する為だったからだ。しかしその道は閉ざされ、J大学哲学科に入学することになったのだが、自分が本当に進みたかった道と違っていたので、進学するべきかその当時すごく悩んだからだった。
 また学は自分の母親の両親、つまりおじいちゃん、おばあちゃんに育てられていたので、おじいちゃん、おばあちゃんに学費等の負担を掛けたく無いと言う思いが強かったからでもあった。しかしおじいちゃん、おばあちゃんがこう言ってくれたお陰で大学に進学することを決めたのである。

おじいちゃん:「せっかく大学に合格したのだから、学費のことは心配するな頑張れ!」
おばあちゃん:「マナブ、人生に失敗は無い。自分の人生は自分で切り拓くものだ。自分を信じて頑張りなさい」

 学はおじいちゃん、おばあちゃんの後押しがあったからこそ、ここまで頑張って来られたのだと今思うとすごく感謝している。そのおじいちゃんは今、おじいちゃんの故郷の広島市に住んでおり、もう長いこと連絡を取っていない。そして、おばあちゃんはもうこの世には生きておらず、おじいちゃんの居る広島市のお墓で眠っているのだ。
 だからこの四月の桜の花が開花する新しい年度が訪れると、学の中の気持ちは少し切ない気持ちにさせられるのであった。それは桜の花が一気に芽吹き開花し、そして満開すると共に淡いピンク色の花びらが木の枝いっぱいに染め上げ、一週間程でその淡いピンクの花びらが桜吹雪となって散り、淡い甘い香りが一瞬で消えてしまう、そんな儚さと切なさを学には感じさせられてしまうからだ。

 学にとってこの四月最初の新年度が訪れると、おじいちゃん、おばあちゃんのことを思い起こさせられるそんな季節である。そして今でもその当時の記憶が学の頭の中に染み付いているのだった。
 そんなことを考えながら学は、自分のカウンセリングルームに何時もより少し早く向かったのであった。そう今日は朝10時から、今日子とのカウンセリングが入っていたからだ。学は何時ものようにカウンセリングルームでアクアリウムを眺めながら、クライエントである今日子が来るのを待っていると、約束の時間ちょうどに今日子は学のカウンセリングルームに訪れたのだった。

今日子:「おはよう御座います今日子です。宜しくお願いします」
倉田学:「おはよう御座います今日子さん。宜しくお願いします。その後 何か変わったことはあるでしょうか?」
今日子:「いいえ、特には」
倉田学:「ではまず、今日子さんの『主訴』を確認しておきたいのですが、神戸市の市内に行ければ良かったのですよねぇ?」
今日子:「はい」
倉田学:「そして神戸市の東灘区と長田区に行けるようになる必要があるのですよねぇ?」
今日子:「ええぇ、まあぁ」
倉田学:「わかりました。では早速カウンセリングに入りたいと思います。今日子さんは阪神・淡路大震災の記憶が蘇り、パニック発作を起こしたと言いましたよねぇ?」
今日子:「そうです。それが何か?」
倉田学:「僕は思うんです。今日子さんは阪神・淡路大震災の出来事に『とらわれ』があり、それが今日子さんを苦しめているんではないかと」
今日子:「でも阪神・淡路大震災で、わたしは家族を失ったんです」
倉田学:「今日子さんを苦しめているのは阪神・淡路大震災では無いと思いますよ」
今日子:「そんなはずがない。だって現に『パニック発作』が起きたのだから」
倉田学:「その『パニック発作』を起こしたのは今日子さん。あなた自身の『こころの在り方』の問題だと僕は思います」
今日子:「だからこうしてカウンセリングを受けてるんでしょ」
倉田学:「僕が今日子さんの『こころ』を変えることは出来ません。今日子さんの『こころ』を変えられるのは今日子さん自身ですよ」
今日子:「あなた本当に凄腕の心理カウンセラーなの?」
倉田学:「僕は自分のことを『凄腕の心理カウンセラー』ですなんて一度も言ったこと無いですよ」

倉田学:「それに僕の興味があるのは阪神・淡路大震災の辛い経験をしてまで神戸市内に行く、あなたのその意図(理由)がどれ程のものかです」
今日子:「あなた本当に、わたしをカウンセリングするつもりあるの?」
倉田学:「もちろん。僕は思うんです。阪神・淡路大震災の辛い経験と引き換えに、自分の名声や個人的欲望でカウンセリングを受けてもきっと良くはならないのではないかと」
今日子:「じゃーどうするのよ。わたしは東灘区にも長田区にも行けないじゃない」
倉田学:「ここで質問です。東灘区と長田区のどちらに行ける方が、あなたには重要ですか?」

 突然の学の質問に、今日子は少し考え答えたのだ。

今日子:「どっちと言われれば長田区です」
倉田学:「分かりました。そっちの方であれば良くなる可能性が大きいです」
今日子:「そうですか」

 学が今日子に対して執拗以上に確認したのは、今日子の神戸市に行きたい理由が「探偵の仕事」で行けるようになりたいのか、「昔、家族と住んでいた場所」に行けるようになる必要があるかでは、今日子のカウンセリングに向き合う「こころの在り方」がまるで違うと学には感じられたからだ。
 そしてそこをしっかり整理しておかないと、今日子にカウンセリングを行ったとしても、おそらく彼女が目指すカウンセリングの目的やゴールが曖昧だったり弱ければ、いくらカウンセリングを行ったとしても効果が薄いのでないかと学には感じられたからであった。こうしてようやく学と今日子のカウンセリングが始まったのだ。
 そして学は今日子とのカウンセリングを行う上で、今日子が学に対しこころを開いてくれないと、今後カウンセリングを進めるのがとても難しいであろうと想像出来たからであった。
 そこで学は今日子に提案したのだ。それはアートセラピーでも使う『マンダラ塗り絵』であった。学はB5サイズの画用紙に幾何学模様の四角い図や丸い図が印刷された用紙の数枚を、今日子の目の前に差し出しこう言ったのである。

倉田学:「今日子さん。塗り絵ってやったことありますか?」
今日子:「ええぇ、ありますけど」
倉田学:「それはいつ頃ですか?」
今日子:「確か、幼稚園の頃とか小学校低学年の時に」
倉田学:「じゃあ、その頃を思い出して、この幾何学模様に塗り絵をしてみませんか?」
今日子:「何で、こんなことするんですか?」
倉田学:「これもカウンセリングのひとつだと思って」
今日子:「こんなことして、何か意味あるんですか?」
倉田学:「物凄く大切なことです。物は試しです。やってみましょう」
今日子:「・・・・・・」

 こうして学は今日子に『マンダラ塗り絵』を促したのであった。今日子はしぶしぶ、学の差し出した7種類の幾何学模様のマンダラの絵が描かれた画用紙から1枚を選んだのだ。
 今日子が選んだその1枚のマンダラの絵は、四角い枠で縁どられており、そしてその枠の中の幾何学模様は、流線型の模様で象られた物であった。そして学もその中から1枚選び、今日子と一緒に30分かけて『マンダラ塗り絵』を二人は行ったのである。色を塗る画材として学が用意したのは、「クレヨン」「色ペン」「色鉛筆」などであった。そして学は今日子にこう言った。

倉田学:「今から30分かけて、選んだ幾何学模様に塗り絵をして貰います。画材は好きな物を使ってください。ミックスして使っても構いません。そしてこれに上手い下手はありません。楽しく塗るのが目的です」
今日子:「はあぁー、そうですか。わたし絵のセンス無いし」
倉田学:「今言ったように上手い下手は関係ありません。楽しく塗りましょう。僕も一緒にやりますから」
今日子:「これで本当にカウンセリングになるんですか?」
倉田学:「楽しく塗れればすごくカウンセリングに役立ちます。だから楽しく塗ることをこころがけてください」
今日子:「わかりました」

 二人はこうして、それぞれの幾何学模様の『マンダラ塗り絵』に色を付けて行ったのであった。学は今日子が塗り始めてから、ゆっくりとしたペースで塗り始めたのだ。それは学が最初に塗り始めてしまったら、今日子が色を付けるのに先入観を与える恐れがあると学は思ったからである。そしてこの先入観は言わば、今日子が画材や色を選び塗ることに対して、無意識的な誘導を学は行う恐れがあったからだ。
 学は今日子に先入観を与えないよう細心の注意を払いながら、クライエントである今日子と『マンダラ塗り絵』をしてラポール(信頼関係)を築いていったのであった。この辺が並みいる東京界隈の心理カウンセラーから、学が一目置かれる存在である所以でもあるのだ。

 クライエントから放たれる「動作」「仕草」「呼吸」と全てにおいて学は同調させて行き、そしてミスリードすること無く、クライエントが常に自然体で居られる時間・空間を作り出すことで、クライエントと近づきすぎず、また遠すぎずと言った絶妙な間隔と時空を学には生み出すことが出来るのだった。
 そして30分と言う時間があっと言う間に終り、二人はお互いが塗った『マンダラ塗り絵』を見せ合ったのだ。この『マンダラ塗り絵』などのアートセラピーは、使用する目的として二局面がある。それはクライエントの描いた絵や色の意味から精神分析としてのこころを分析する判断材料として行う場合と、セラピーつまり心理療法としてクライエントの癒しを目的として行う場合の両局面があるからだ。

 学の今回の目的は、クライエントとのラポール(信頼関係)を築くのが第一目的で、二番目がセラピーとしての癒しとして行うのが目的であった。心理カウンセラーがアートセラピーを行う場合、行う前にそのやる目的を明確にしておくことがとても重要であると学は何時も思っていた。学は臨床心理士では無かったし、また学自身も精神分析家では無く、どちらかと言うと心理療法家のセラピストとして、クライエントと対峙することに趣を置いて居たからでもあった。
 学にとってカウンセリングは、医師のようにエビデンスと言ったクライエントの問題や原因の根拠や証拠を探るのでは無く、如何にクライエントの抱えている問題や悩みを今後の生活や生きる上で解決して行ったら良いかと言う、解決志向型(ソリューション・フォーカスト・アプローチ)でクライエントと向き合うと言った彼なりの「哲学」があったのだ。
 そして学が心理カウンセラーとしてクライエントと対峙した時、精神科医では出来ないこのようなアプローチの仕方があるので、学はこの部分で心理カウンセリングの重要性や必要性を世の中に認識して貰いたいと思って居たのであった。また、ひとのこころを科学しても、脳科学などで人間の感情を全て解明できるとは、学にはとても思えなかったからだ。そんなことを思いながら学は今日子が塗った『マンダラ塗り絵』を観たのであった。そして学は今日子にこう言ったのだ。

倉田学:「今日子さん。この塗り絵が今日の今日子さんのこころを表しているんですよ」
今日子:「塗り絵がわたしのこころを?」
倉田学:「そうです。まず、あなたの選んだ『マンダラ塗り絵』の幾何学模様です。あなたは7種類ある中から1枚選びましたよねぇ」
今日子:「ええぇ、そうですが。それが何か」
倉田学:「今日の今日子さんは、四角い枠の『マンダラ塗り絵』の気分なんですよ」
今日子:「それが何か」
倉田学:「今日の目的は分析することでは無いので、ただそう言う気分と言うことにしておきましょう」
今日子:「そう言われると、聴きたくなるのですが」
倉田学:「では一言だけ。今日子さんって几帳面なのかなぁ、なんてね」
今日子:「どちらかと言えば、そうかも知れないけど」
倉田学:「あくまでも傾向の問題だから。それに塗り方も丁寧だし」
今日子:「わたし、こう言うのしっかり塗らないと気が済まないんです」
倉田学:「だから画材を色鉛筆で、丁寧に塗ったんですね」
今日子:「枠や線からはみ出して塗りたくないのよ」
倉田学:「それに今日子さんって、黄色が好きなんですか?」
今日子:「特にそう言う訳では無いけど、そう言う気分だったのよ」
倉田学:「そうですか。色にもいろいろ意味があったりするんだけど。今日の目的は楽しく塗ることだったので、それは置いておきましょう。楽しく塗れましたか?」
今日子:「途中から夢中で塗ってました」
倉田学:「夢中になれたってことは、楽しくないと出来ないことですよ。今日子さんは30分を楽しんだんだと思いますよ」
今日子:「そうでしょうか?」
倉田学:「そうですよ。嫌いなことをこんな丁寧に、そして真剣に出来ませんから」
今日子:「そうですか」

 こうして学と今日子は会話を交わしたのであった。学の取った行動は、今日子とラポール(信頼関係)を築く為の行動であり、今日子の無意識の中にある警戒心を『マンダラ塗り絵』を通して解きほぐして行ったのだ。学自身はそれ程難しいことを行ったつもりでは無かったのだが、カウンセリングを行う上で学が一番大切だと思っていたのは、ラポール(信頼関係)がどれだけクライエントと築けるかにより全てが決まると学は常日頃から思っていたからだった。
 そしてそれは今日子の場合も例外ではなく、彼女の警戒心をどれだけ解き、またラポール(信頼関係)を築けるかに今後のカウンセリングをする上でとても重要だと学は思っていたからである。そう言う意味では今日の今日子とのカウンセリングで、彼女の中にある警戒心を解くことができ、学は今後のカウンセリングを今日子とするのに、とても大切な日でもあったのだ。そして彼女とのカウンセリングは、終わりを告げたのであった。
 学は彼女をカウンセリングルームの玄関で見送り、その後ろ姿を観た時、彼女がカウンセリングルームに来た時には見せなかった女性らしい彼女本来の細やかな仕草を目にすることが出来たのだ。そして今日子は、少し軽やかにカウンセリングルームを後にしたのだった。学は今日、午後15時から彩とのカウンセリングも入っていた。そして約束の時間の15時少し前に、彩は学の『カウンセリングルーム フィリア』に訪れたのだ。

木下彩:「こんにちは倉田さん。上野動物園でパンダの赤ちゃんが今日生まれたって知ってますか?」
倉田学:「えぇ、そうなの。初耳だなぁ」
木下彩:「倉田さん、知らなかったんですか?」
倉田学:「そんなニュース、お昼のテレビでやってなかったけど」
木下彩:「倉田さん、今日は何の日かわかりますか?」
倉田学:「もしかしてエイプリルフール」
木下彩:「ピンポーン。せいかーい」
倉田学:「なーんだ。と言うことは嘘ですか?」
木下彩:「そうでーす。倉田さん、心理カウンセラーなのに、こころ読めないんですね」
倉田学:「僕が木下さんのこころ読めたら、木下さん困るでしょ!」
木下彩:「残念ながら、わたしのこころ読んでも何も出ませんよ」
倉田学:「僕はこころ読む必要ないから。それに、他のひとのこころ読めてしまったら、僕は何時も自分の噂されているんじゃないかと気がきじゃ無いから」
木下彩:「えぇー、他のひとが何考えてるか知りたくないですか?」
倉田学:「僕はそんなことで、神経すり減らしたく無いから」
木下彩:「倉田さん、つまんなーい」
倉田学:「僕は、そんな面白いことする必要ないから」

 こんなやり取りをしながら、学と彩のカウンセリングが始まったのであった。そして何時ものように学は彩に催眠療法を行い、彩からひとみに人格を入れ替え、そして木下彩と綾瀬ひとみと言う、ふたりの人格を統合して行くのだった。学には彩と言う人格がひとみと統合することにより、次第に彩本来の「明朗でおしとやか」と言う印象は影を潜め、もうひとりの人格であるひとみの「計算高くかつ大胆」と言った姿が現れて来ているように感じられた。
 このことに対して学は、こころの中で何かもどかしいようなこころ苦しいような気持ちが自然と湧き出たのだった。それは心理カウンセラーとしてではなく、学自身の個人的感情がそのにはあった。このことに対し学も薄々は感づいていたのだが、今まで学が経験したことの無い感情だったので、自分でもこの感情の原因を突き止める術が無く、この気持ちが何を表しているのか理解できなかったのだ。こうして学と彩のカウンセリングは終わろうとしていた。学は彩のもうひとりの人格のひとみに催眠療法を行い、木下彩に戻して行ったのだ。そして学は彩にこう言った。

倉田学:「あなたの名前を教えてください」
木下彩:「わたしは綾瀬ひとみです」
倉田学:「えぇ、本当に君は綾瀬ひとみさんですか?」
木下彩:「もしかしてバレちゃいました」
倉田学:「変な冗談は止めてください」
木下彩:「だって今日、エイプリルフールだから」
倉田学:「やっていい冗談と駄目な冗談があるのわかりませんか」
木下彩:「すいません」

 学は彩に対してこの時、声を荒げて怒ったのだ。普段怒ることの無い学であるが、この時は珍しく感情を露わにしたのだった。そしてこう言った。

倉田学:「僕はそう言う冗談は好きじゃない。これだったら木下さんのこころ読める方がいい」
木下彩:「ごめんなさい」

 彩はそう言って学に謝ったのだ。その表情は硬い表情で、また少しうつ向き申し訳なさそうな表情を浮かべていた。それを観た学は、自分が彩に感情的になってしまったことに対して、プロの心理カウンセラーとして自分の感情をマネージメント出来なかったことに、やり切れない思いを覚えたのだ。そして彩に諭すよう、こう言ったのだった。

倉田学:「僕も感情的に言ってすいません。でも今、木下さんがやったことは絶対にしてはいけないことです。ひとを幸せにする冗談はいいけど、ひとに迷惑を掛けたり不安に陥れたりする冗談は、周りのひと達を不幸にするだけです。そう言う冗談は僕は好きではありません」
木下彩:「ごめんなさい倉田さん。ついつい調子に乗りすぎちゃって」
倉田学:「わかって貰えればいいです。僕も『叱る』ではなく『怒って』しまって。叱るは相手のことを思って言うことで、怒るは個人的感情の欲求だから」
木下彩:「倉田さん、普段は怒ること無いんですか?」
倉田学:「僕はなるべく怒ると言う感情を自分の中でマネージメントするよう何時もこころがけています。怒って問題解決すればいいかも知れませんが、そう言う自分の姿を想像すると、そんな自分が嫌なんです」
木下彩:「では、そう言う場合はどうするんですか?」
倉田学:「僕は常に論理的と言うか、感情論に流されないように客観的な視点で物事を判断するようにしています」
木下彩:「心理カウンセラーなのに感情を扱わ無いんですか?」
倉田学:「心理カウンセラーだからこそ感情論に流されないよう注意しているんです」
木下彩:「倉田さん、変なのぉー」
倉田学:「僕はクライエントさんの感情論に流されるような心理カウンセラーは、失格だと思ってますから」
木下彩:「それってちょっと冷たいんじゃないですか?」
倉田学:「クライエントさんの感情論に流されて、クライエントさんの言いなりになっている心理カウンセラーが、本当にクライエントさんの為になっているとは僕には思えません。ラポール(信頼関係)がちゃんと築けていれば、クライエントさんの至らない点も言ってあげるのが本当の親切だと僕は思うんです」
木下彩:「そう言えば倉田さんのカウンセリングを受ける前まで、他の心理カウンセラーさんたち妙に優しかったんですよ」
倉田学:「僕は妙に優しい心理カウンセラーって、本当に良いカウンセラーって言えるのか疑問に思うんです。クライエントさんに対して当たり障りの無いことを言って、それが果たして本当にクライエントさんの為になっているのか僕にはわかりません」
木下彩:「そう言う心理カウンセラーって多いんでしょうか?」
倉田学:「僕もこの業界に身を置いてるけど、他の心理カウンセラーがどんなスタンスでカウンセリングしているのか僕にもわかりません」
木下彩:「そうですかぁー」

 こんなやり取りを学は彩として、この日の彩とのカウンセリングは終わったのであった。そして彩は学のカウンセリングルームを後にしたのである。学が彩と話した「良い心理カウンセラー」と言うのは、カウンセラーもクライエントも同じ立ち位置でお互い腹を割って話せる間柄を作れるカウンセラーだと学は思っていたのだ。それは良い部分や悪い部分も含めて言い合えるラポール(信頼関係)を築ける心理カウンセラーであり、また学もそうありたいと謙虚な姿勢で居続けようと、普段からこころがけていたのである。



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