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おかけしますか?

外回りのサラリーマン。
 
(中途半端な時間だな。
 でもちょっと小腹も空いてる。
 軽く食べていくか…。
 おっ!ちょっと古びた、
 いい感じの店あるじゃん。ここにしよう)
 
カランカラン♪
 
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
「はい」
 
「ではお好きな席にどうぞ」
 
(じゃあここかな。
 店内も外観と同じでいい雰囲気。
 昔観た映画みたいでエモいな。
 珈琲煙草が似合うって感じで…。
 さて、洋食屋っぽいけど何がある?
 やっぱりパスタがメインか…。
 昨日のデートでパスタだったし、
 今日はパスだな…。
 あとはフライはきついし…
 おっ、カレーあるじゃん。
 カレーでいいかな…ん?
 クリームシチュー?珍しくない?
 メニューにシチューってあるんだ。
 ちょうどいい。これにしよ)
 
「すいません!」
「はい。少々お待ちください。
 ……はい、おうかがいします」
 
「このクリームシチューお願いします。
 あとライスも」
「こちらライス付きになっております」
 
「ああ、そうなんだ。じゃあこれで」
「かしこまりました。
 クリームシチューおひとつで、
 よろしいですね」
「はい」
「少々お待ちください」
 
(人生初だな。
 外でクリームシチュー食べんの。
 家で食うものだとばかり思ってた。
 あとで会社の人に自慢しよ♪)
 
「お待たせしました。
 クリームシチューです」
「はやっ。あ、どうも」
 
「お熱いのでお気をつけ下さい」
「はい」
 
「お客様」
「はい?」
 
シチューをご飯におかけしますか?」
「はあ?」
 
「ですからシチューをおかけしましょうか?
 とお伺いしています」
「何それ?ご飯にシチューかけないよ!
 いや、普通かけないよね?!
 何その食い方?カレーじゃあるまいし!
 このままで食います●●●●っ!」
「そうですか。かしこまりました。
 では、伝票はこちらに。失礼します」
 
店員は別のテーブルへ。
 
(何なの?!ご飯にシチューって。
 たまにネットで見るけど、
 どこの地域の食い方だよ。
 信じらんねえ。
 まあいい。とにかく食おう。
 ああ、美味うまそう。
 これをかけるなんて暴挙ぼうきょだろ…。
 よし、いただきま~す)
 
隣の席。
 
「お待たせしました。
 クリームシチューです」
「あ、どうも」
 
「お熱いのでお気をつけ下さい」
「はい」
 
「お客様。
 シチューをご飯におかけしますか?」
 
(プツ!あいつまた聞いてるよ。
 馬鹿じゃね)
 
「はい。お願いします」
 
(おい!嘘だろ?!)
 
「では失礼して」
 
ご飯にゆっくりとシチューを流し込む店員。
その様子を写真に収める女性。
 
(なんだよ。映え狙いか。
 しょうもな!
 そんなことの為にせっかくのシチューを、
 ご飯にかけるなんてまともじゃねえ)
 
「お客様。チーズをおかけしますか?
 
(はっ?!チーズ?!
 チーズってなに?!)
 
手にしたラクレットチーズを、
シチューの上に流し込む店員。
その様子を写真に収める女性。
 
トロリとしたチーズが器に広がるさまを、
うっとり眺めている女性。
 
(おいっ!なにあれっ!
 俺の時、説明しなかったぞ!
 なんだよ!ん?!
 さらに何かけてんの?
 パセリ?香辛料?
 なにそのオシャレなふりかけ方!
 店内のどこかに書いてあったか?!
 ん?!ん?!ないぞ!
 メニューにも……ないぞ!
 あったまきた!
 ひと言、文句言ってやる!!)
 
「では、伝票はこちらに。
 ごゆっくりお召し上がり下さい。
 失礼します」
 
くるりと背を向ける店員。
 
その背中にはゼッケンのようなものが。
 
【ご飯をシチューにかけたお客様には、
 ラクレットチーズをサービスします】
 
と書いてある。
 
(き~ったねえ!あんなのあり?!
 気づくわけないじゃん!
 詐欺サギだよ!詐欺!
 ああ、悔しい!
 ああ、でも食べたい…
 ああ、どうしよ…
 さっきあんなこと言ったしなあ…
 謝りたくないし~
 でもめっちゃ美味そう~
 おい!止めろ!!
 そんな幸せそうな顔で食うな!
 満足そうな顔しやがってえ~。
 ああ~もうダメだ!)
 
「すいません!」
「はい。お伺いします」
 
「んっ、ん、んっんっ。
 この……これを……
 ご飯にかけたら、
 あ~んな感じにしてくれる…の?」
「すいませんお客様」
 
「ん?」
「もう一度お願いできますか?」
 
「だから~これを~ご飯にかけたら~、
 隣の席のあ~んな風にしてくれるの?」
「お客様。これやあれではわからないので、
 きちんと固有名詞で言って頂けますか?」
 
(絶対わかってる!
 ぜぇ~ったい!根に持ってる。
 間違いない。
 ああ~面倒くさいことに~もう~)
 
「だから…」
「はい」
 
「このホワイトソースを、
 ご飯にかけたら~」
「……」
 
「あのチーズを、
 かけてくれるのかな~って」
「うちではホワイトソースは、
 ご飯におかけしておりませんが」
 
(ガ~ッデム!
 こいつ絶対、
 俺にシチューって言わせる気だ。
 言いたくないなぁ…。
 ここまで来ても言いたくねえ…。
 でもな~チ~ズがな~)
 
「ふぅ~。だから…」
「はい」
 
「この海砂利水魚かいじゃりすいぎょという、
 コンビ芸人の現在の名前のものを、
 ご飯にかけてもらえないかな?」
「そのような方は存じ上げませんが」
 
「……」
「……」
 
「ず、ずぶ、ずびばせんでしだぁぁ~!
 ……ずず……すっ…すんっ…。
 ま、まごとにもうしわけございません。
 ご飯にシチューをかけることに
 偏見を持ち、それを馬鹿にした上、
 さらには見下した態度まで取り、
 手の平返しのあげくお願いもできず、
 申し訳ありませんでした。
 あとお店の雰囲気にのまれて
 入り口で前髪ファサッとやって、
 気取ってしまって、すいませんでした。
 だから、ど~うか、このご飯に、
 クリームシチューをかけて、
 その上にあのチーズを、
 た~っぷりかけて頂けないでしょうか?
 この通りです。ほんとすいません」
「ご飯に…
 くりぃむしちゅーを…
 おかけするのですね?」
 
「はぃ…。あと…もういっこ」
「はい?」
 
「もうひとつお願いしてもいいですか?」
「はい」
 
「ご飯とクリームシチュー
 ……温め直して下さい」
「はい、かしこまりました」
 
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。 

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