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059.『海外で建築を仕事にする 世界はチャンスで満たされている』前田茂樹 編著

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“ ―― 海外で働くということには、様々な葛藤があるにもかかわらず、なぜいまだに皆そちらに向かって進もうとしているのか “

世界と渡り合う17人の建築家・デザイナーのエネルギッシュなエッセイ。A.シザ、H&deM、D.アジャイ他、大建築家達との面談、初の担当プロジェクト、ワーク&ライフスタイル、リストラ、独立、帰国…、建築という武器と情熱があれば言葉の壁は関係ない。一歩踏み出すことで限りなく拡がる世界を見た実践者から若者へのエール。


●まえがき

世界中には、地域固有の気候があり、その気候に根差した文化があり、その文化を持つ人たちが暮らす都市や建築があり、その都市や建築を設計する事務所がある。そして、現在世界中の主要な設計事務所には、必ずといっていいほど日本人が、重要なポジションで働いている。また、中東やアジアで独立し、活躍する日本人建築家もいる。当時もきっと今も、海外の事務所で働いている日本人同士は、時折それぞれの事務所を訪問し、ビザの問題や働き方などを情報交換しあっている。

私は今思えば偶然が重なった結果、11年間パリのドミニク・ペローの設計事務所で、建築を仕事にした。海外で暮らすことは大変なことも多いが、建築という共通言語によって、言葉の壁を超えて仕事ができることは非常に魅力的だ。今の学生の話を聞くと、海外で働きたいという漠然とした希望は持っているが、その情報はWEBと人づてに得るくらいで、東京ではまだしも、地方ではさらに正確な情報が手に入り難い。

本書は、世界16都市で活躍する17名の建築家、デザイナーに、海外就職や独立について、各国の情報を網羅しつつ、作品紹介ではなく、リアルな体験談を執筆いただいた。ヨーロッパ各地や南米チリ、中国、ベトナム、インドなどから集まった原稿は、執筆者自身の個人的な経験、その都市のローカルな状況を描いていながら、「海外で建築を仕事にする」ことの普遍的な状況を炙り出す文章になっている。そしていずれもエッセイとして面白い。海外で働くということには、様々な葛藤があるにもかかわらず、なぜいまだに皆そちらに向かって進もうとしているのかを、執筆者自身で丁寧に描いており、それが建築家の決意として読み取れるものだからだろうか。また、17名の体験談が持つ同時代性と差異は、そのままこの時代の世界の都市における均質性と多様性を反映している。2013年の世界を、都市や建築を設計する事務所という一断面で切りとり、1冊の書籍にアーカイブすることは現代的な試みだ。

「世界はチャンスで満たされている」とは執筆者の1人である田根氏の文章の一節だ。一歩踏み出すことで限りなく広がる世界がある。海外を志す方、または国内で建築を志す方にとってもなにかのヒントとなり、建築に関わり続けることの魅力、そしてこの時代を感じていただければうれしい。

2013年7月 前田茂樹

●書籍目次

ポルト|Porto
今はここにいる、ただそれだけのこと
伊藤廉/REN ITO ARQ.

ホーチミン|Ho Chi Minh
東南アジアの新しい建築をめざして
佐貫大輔・西澤俊理/S+Na. Sanuki + Nishizawa architects

北京|Beijing
サムライ・ジャパンよりローニン・ジャパン
松原弘典/Tokyo Matsubara and Architects

パリ|Paris
建築のチャンス、世界への挑戦
田根剛/DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS

バーゼル|Basel
普通でいつづけること、普通からはずれてみること
高濱史子/+ft+/Fumiko Takahama Architects

NY,台北|NY, Taipei
建築と非建築をシームレスにつなぐ
豊田啓介/noiz architects

ロンドン|London
あいまいさを許容するこの場所に拠点を置きながら
小沢慎吾/John Pawson Limited

東京|Tokyo
東京の街がエネルギーをくれる
エマニュエル・ムホー/emmanuelle moureaux architecture + design

パリ|Paris
ドアをノックしなければ、始まらなかった
前田茂樹/GEO-GRAPHIC DESIGN LAB.

ヴァドダラー|Vadodara
建築を通して、インドの行く先を見届けたい
後藤克史

ジェノバ,シドニー|Genova,Sydney
グローバルに、もっと自由に生きる
柏木由人/FACET STUDIO

オロット,バルセロナ|Olot, Barcelona
地域の風景の先にある世界
小塙芳秀/KOBFUJI architects

マーストリヒト|Maastricht
与えられた環境がすべてではない、自分で変えられる
梅原悟/UME architects

パリ|Paris
足もとを見て、振りかえってみると
吉田信夫/Ateliers Jean Nouvel

ヘルシンキ|Helsinki
何回失敗しても、負けじゃない
吉田智史/ARTEK

サンチアゴ|Santiago
最果てのリベルタドール
原田雄次/Smiljan Radic Arquitecto

●あとがき

私と執筆者の田根氏、吉田信夫氏は、2006年にパリの近郊で行われた展覧会、Archilab Japonに別々に訪れ、パリに帰る電車で偶然一緒になり、それ以来、折に触れて会うようになった。たいてい夜から集まり翌日の昼過ぎまで、それぞれの事務所の働き方、お互いが見た展覧会や映画、旅行、コンテンポラリーダンスなどについて話し、それが建築の話に繋がり、また別の話題に移り、そしてまた建築に繋がるような話をした。ペロー事務所の同僚やペロー本人も、日常に何を見て、どう感じるかを、建築や都市の一部を設計する仕事へと常にフィードバックしていたように思う。

本書は、執筆者の日常の描写が差し込まれている。そのためか、字面を追うと穏やかな印象を受けるが、その行間には自らの人生をクリエイトしてきた、執筆者の想いが満ちている。

海外へ行けば、滞在ですらお膳立てされる保証はない。海外の設計事務所と契約を結び働く、あるいは事務所を主宰し、滞在許可証やビザを更新して生活する。あらためて本書を読みなおすと、個人が自分の人生をクリエイトすることそのものが、創作であると思う。そして、人生をクリエイトするということは、さまざまな局面において選択のリスクを負うことといえる。しかし、自分が建築家としてどのように生きたいのかを見出し、その想いがリスクへの不安や危惧を越えた時、本当の意味での自由を得るのではないだろうか。

ワーク/ライフのバランスをとりながら、日常、仕事すべてが建築に没頭できる時期を若いうちに持つことは、とても貴重な経験である。もちろん、そのような経験を積める環境は海外にだけあるものではない。だが、誰もが自ら動くことで、文化や民族を越えて、環境自体をクリエイトする自由を持っている。言語は、現地に住み、ここで建築を仕事にして生きていくのだと思えば、否応無しに覚えていく。

読者それぞれが感動と信念によって、道を切り拓いていけることを、期待し応援している。

学芸出版社の井口夏実氏、岩切江津子氏には、このような書籍に編者として関わる機会をいただけたこと、企画段階から編集方針を共有し、一貫した姿勢で編集をしていただいたことに、心よりの感謝の気持ちを捧げたいと思う。

2013年7月 前田茂樹


☟本書の詳細はこちら

『海外で建築を仕事にする 世界はチャンスで満たされている』前田茂樹 編著

体 裁 四六・272頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2555-2
発行日 2013/08/01
装 丁 藤脇慎吾

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