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【行動】見える景色を変えるにはアウトプットが必要だ

成長において、変化は取り入れた情報を外に表現してはじめて促される。現状を変えたいなら表現の数をこなすべし、という話

現在、人生で何度目かの脱皮を試みている。

成長=脱皮と表現するとやや厨二病のようだが、ようは現状に満足していないモヤモヤから脱するために試行錯誤に熱が入っているのだ。



「何かを変えたい」などの願望をかなえるなら、その気持ちを行動に移さないことには変化は望めない。

そんな当たり前のことを最近あらためて感じている。



最近ではアウトプットということばで表現されることが多いが、インプットばかりしていても物事は前に進まない。取り込んだ情報や知恵を行動という出力をもって発信していかないことには変化は起こらない。

例えるのなら打率を上げたいバッターが、フォームの改善のために情報を取り入れ練習に励む。理想的なフォームに近づいたところで、自己満足していても意味はない。



バッターなら打席に立ち、勝負を挑むことで磨かれていくように、一般職であっても成果の出る場で試さないことには何も起こらないのだ。

勉強好きな人が陥りがちであるが、とにかく情報を詰め込んで自分を納得させ、そこでお腹一杯と肝心な行動には移さない。何のために勉強したのか疑問であるが、そういう人は勉強が目的化しており、そのプロセスにいる渦中が好きなのだ。



そこで満足して充実感を得ているのなら問題はないが、それを「こんなに頑張っているのに成果が出ない」と嘆くのはお門違いと思うのだ。

先ほどのバッターでいうなら単なる練習好きで、真価が問われる本番は結果を知るのが怖いのでベンチのままでいいです、と言っているようなもの。



妄想力とプロセスを語るチカラはつくかもしれないが、実際の成果がなければ説得力のカケラもない。

スタンドでヤジを飛ばし、監督気取りで野球を語っているファンとして外野で楽しむならいいが、自身が選手となり成長の階段を上っていきたいのなら打席に立つことに執着しよう。



今日の投稿は自分を鼓舞するために書いた感が否めないが、最近はアタマではわかっているつもりでも執着心が足りなかったようだ。

必要なインプットは重要だが、そろそろ打席に立つことを意識して次のフェーズに移行しよう。

成果にはインプットとアウトプットのバランスが大事。感覚的にはアウトプット多めがなおよし






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