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【短編小説】Dear N 3

前話


「別に、一人だけど」
倉間の返答は、微塵のためらいもないものだった。
会社があるビルの真向いの小さな中華屋。
同僚男二人によるむさいランチと言ったところだ。
「なんだ、いわゆる所帯持ちマウントってやつですか。ハラスメントで訴えるぞ」
「そこまで言うか」
今朝の総務の方々との話がまだ片隅に残っていたので試しに聞いてみた次第なのだが。
「大体クリスマスなんぞ半分若い連中のためのもんだろ。なんで俺みたいな中年の独身に聞くんだよ」
「いや、一応参考として」
「何をどう参考にするんだよ」
「一応だよ。一応」
自分でも表情筋で分かるくらいに空元気な顔をして取り繕っていた。
「分からなくなったんだよ。クリスマスってどう楽しむものだったっけ、っていう」
何をそんなに悩んでるんだか、と倉間はこれまたあっさりと一蹴した。
「別に楽しみたいやつが好きなように楽しめばいいだろ。難しい顔して話すことがそれかよ」
「こっちは真剣なんだけど」
「お前だったらカミさんも子供だっているんだし、むしろ簡単な方だろ」
「そんな簡単じゃないんだよ」
「簡単だよ。家族サービスしてやれ、って言ってんの」

家族サービスという言葉が、今この瞬間に限ってはひどく刺のあるものに感じた。

「はい、お待ちどうさま」
丁度店のおかみさんが、厨房から出来上がったランチを運んできてくれた。
ああどうもね、と倉間が軽く挨拶すると再び正面に向き直した。
「いいか。クリスマスがどうあるべきかで悩んでるのは、世界中探してもお前くらいだぞ。子供はプレゼントが欲しい。ケーキ屋はケーキを売って儲けたい。人肌恋しいやつはとっとと誰かとくっつきたい。それで十分なの」
「じゃあ、お前はどうなんだよ」
「明日の有馬記念で一山当てたい」
「へぇー、そりゃ素敵な夢だ」
「『聞いた俺が馬鹿だった』とか思ってたらマジで怒るぞ」
ぶつぶつと小言を言いながら、倉間は味噌ラーメンをすすった。
こちらはといえば、この店で一番コスパが良いと人気のかに玉炒飯定食に手も付けず、ぼんやり窓の景色を眺めている。
ビルの1階には、エントランスにほどほど豪勢なイルミネーションが、真っ昼間にも関わらず赤線青とリズミカルに光っていた。
「クリスマスって何なんだろうな」
「お前、今日本当にどうした?」


いつもより早い帰りの電車に乗れるというのは、この歳になってもわくわくするものだ。珍しく午後の仕事は区切りの良いタイミングが重なり、ほぼ定時で上がれることになった。
しかし、必ずしも喜ばしい限りではない。
家に帰ればプレゼントの件もある。
さしずめプラマイゼロと言ったところだろうか。
ビルを出たばかりだというのにもう憂鬱になってしまった。
頭の中で堂々巡りしながら最寄り駅である地下鉄の改札口を通ろうとしたその時だった。

「ノエルの準備はもう出来た?」

聞き覚えのある声に、はっと振り返った。
そこには今朝のサンタの格好をした子供がいた。
「君たちは」
「ノエルの準備はもう出来た?」
「忘れんぼさんにはプレゼントはあげないよ」
「君たちは一体何なんだ。あんまり大人をからかうもんじゃ……」
「「ニコラの使い」」
「え?」
「「ニコラの使いで来たんだよ」」
二人は息の揃った調子で淡々と言い放った。
大人じみた思惟はないが、かといって子供のような純粋さも感じない、
無味乾燥な四つの眼がこちらを見つめていた。
「ニコラって誰のことだ?」
その問いかけは二人にとって予想外だったのか、驚いたように一瞬顔を見合わせた。
「知ってるはずだよ」
「覚えているはずだよ」
「誰だか知らないけど。もう、いい加減にしてくれないか」
「おうちに帰ったら、靴箱の裏を探してごらん」
「大きな音をたてずに、そぉ~っとだよ」
またしても言うだけ言ったということなのか、地上へ出る階段を軽快に駆け上がっていく。
「待ってくれ!」
咄嗟に、帰宅する人たちをかき分けて彼らを追いかける自分がいた。
踊り場を直角に曲がってさらに階段を駆け上がり地上にでる。
遠くのビルの隙間から眩い夕日が差し込む交差点の角を曲がっていくのが見えた。
すかさず追いかけて、彼らが駆けていった角を曲がる。
しかし、そこに彼らの姿はもうなかった。
時が止まった自分だけを取り残すかのように、人々は往来し車が通りすぎていく。
「……何をやってるんだ、俺は」
辺りはすっかり街頭やビルの明かりが映えていた。


結局いつも通り(というか普段よりもやや後)の時間の電車に乗ることになってしまった。
というか、あの子供たちのことなど無視してさっさと帰っていればよかったのだろうが。
正直あの子らが一体何者なのかもよく分からずに追いかけまわしている自分も、傍からみれば相当な不審者に見えただろう。
いや、もう考えるのはよそうとやってきた電車に飛び乗った。

ドアが閉まり、このまま電車に揺られて
「…………」
閉まらない。

「お客様にご案内します。只今、お隣○○駅にて発生しましたポイント故障により、全線で運転を見合わせています。運転再開の見込みは……」
そんなことってある?

続く

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