三好清海入道を倒した拙者は、茜あかね殿（柳生 茜やぎゅう あかね）の悲鳴がした地点まで林の中を全力で走った
　そして、ようやく水竜に護まもられながら拙者の魔剣『時雨丸しぐれまる』を両手にしっかりと抱かかえて佇たたずむ茜あかね殿を見つけた

「茜あかね殿！　無事でござるか⁉」
　化石化したように佇たたずんでいた茜あかね殿は、横に並んで立った拙者の姿を見て安心したためかガクッと膝が頽くずおれてしまった
　拙者は慌あわてて茜あかね殿の身体を倒れぬように抱き止めた
「しっかりいたすのだ、茜あかね殿！　拙者が来た故ゆえ、もう心配ござらぬぞ！」

「ああっ！龍士郎りゅうしろう様！　来て下さいましたのね！」
　そう叫ぶと茜あかね殿は、拙者の身体にしがみついて来た
　よほど恐ろしかったのであろう…　茜殿のしなやかで透すき通るような色白のほっそりとした身体は冷や汗に濡れ、細かく震ふるえていた
「龍士郎りゅうしろう様…　あ、あれを！」
　ほんの束つかの間…互いの目を見つめ合い抱きしめ合った二人だったが、拙者から身を離した茜殿が震ふるえながら指さす方を拙者も見た

　そこには、猿飛 佐助さるとび さすけが四体の真っ黒な影忍者かげにんじゃ達と一緒に、忌いまわしき化け物と向き合う姿があった…　あの四体の影忍者達は、風の噂うわさに聞いた事のある忍法『影分身の術』を佐助が使ったのに違いない
　しかし…　あの分身どもは佐助の早い動きによる残像などでは無く、それぞれ独自に存在しているのか…？

　もう一方の、佐助達が対峙たいじしている化け物…　そいつは、本当に不死者ノスフェラトゥの化身した姿なのであろうか…？
　先ほど拙者と離れる前までとは、まるで違う…
　元々、南蛮人故なんばんじんゆえにヤツの身の丈たけは拙者よりも大きく六尺余り（180数cm）ほどであった
　見るもおぞましいその化け物は変身と共にさらに巨大化したのか、先ほど拙者が倒した巨漢の三好清海入道みよしせいかいにゅうどうをも超える八尺（約240cm）余りもの身の丈たけがあった

　二本足で立つ姿は人間の様でもあるが、その全身を灰色の剛毛に覆おおわれた姿は、まるで狼か犬に似た獣けもののそれであった…　獣人とでも言うべきだろうか…？

　剛毛におおわれた顔貌がんぼうは鼻筋の通った犬のような形状で、頭部には尖とがった二つの耳がピンと立ち、数十本の針の様に細く尖った牙きばがぎっしりと生はえて耳まで裂けた大きな口は、獣の口というよりも妖怪の口そのものであった
　そいつの二つの目は蝋燭ろうそくの火の様に真っ赤に燃え盛るが如ごとくに輝き、月光の届かない林の中の闇やみを照らしていた

　味方の筈はずのノスフェラトゥを拙者は頼もしく思うどころか、どうしても生理的な嫌悪けんお感を感じずにはいられなかった…
　拙者はヤツに対しては信頼を寄せるどころか、自分の中でヤツと以前に敵対した時の気持ちと全く変わっていない事を、改めてひしひしと感じていた

　何故なにゆえなのだろうか…？　拙者がこのような思いを抱く事は初めてだ
　魔剣『斬妖丸ざんようまる』に血を吸われた妖あやかしは、本体を拙者が倒し消滅し去った後も、まったく同じ姿で『斬妖丸ざんようまる』の内部に封じられる
　そして、拙者の求めに応じて『斬妖丸ざんようまる』より出いでし際には、拙者の命じるままに働く心強い僕しもべとなる
　だが、この不死者を名乗るノスフェラトゥにはどうしても…拙者は信用を置く事が出来ぬのだ…

　拙者と寄り添って立つ茜あかね殿の周まわりを、水竜が二人を護まもるべく、ゆっくりと空中を飛びながら旋回しているが、この水竜に拙者は全幅の信頼を置く事が出来た

　拙者達の前方でノスフェラトゥと対峙していた猿飛佐助と四体の影法師達が、それぞれ散ってノスフェラトゥを中心とした五角形の位置に身を置いた　ノスフェラトゥは、五体の忍者の位置を確認するかのように首をぐるりと巡めぐららした

「自称不死者ふししゃとやら！　この攻撃を躱かわせるか！　行くぞ、猿飛流分身術秘儀『五芒陣ごぼうじん』！」

　佐助の叫びを合図に、常人には目にも止まらぬ凄すさまじい速度でノスフェラトゥを中心にして時計回りに走り出した五体の忍者達は、ある者は八方手裏剣を又ある者は吹き矢や投げ矢などめいめいの飛び道具である武器を一斉に、中心にいるノスフェラトゥに向けて放はなった
「これぞ『五芒陣飛燕技ごぼうじんひえんぎ』っ！」
　五体の忍者から中心に向かって、回転しながら同時に次から次へと放たれる武器はノスフェラトゥには躱かわしようがなかった
　ノスフェラトゥの身体に、五体の忍者から放たれた武器が次々に突き刺さる

「次っ！　『五芒陣剣技ごぼうじんけんぎ』っ！」
　五体の忍者達はそれぞれが忍者刀を抜き放ち、ノスフェラトゥの周まわりを走りながら斬る者突く者と、皆がそれぞれ一斉に剣撃を加えた

「ズバッ！」「ドスッ！」「ブシュッ！」「グサッ！」「ズババーッ！」

　五体からの忍者刀による剣撃は全てノスフェラトゥの身体に深い刀傷を与えていく
　回転しながらの剣撃は一度だけでは無く、何度も浴びせられた
　まるで竜巻の様に襲い掛かる五体の忍者達による剣撃は、獣人化したノスフェラトゥの灰色の剛毛に包まれた全身を、なますの様に切り刻んでいった
　
　ノスフェラトゥの切り裂かれた灰色の毛や細かい肉片が飛び散っていく
　それでもノスフェラトゥは倒れる事なく立ったままでいた

　離れて見ている拙者の背筋は冷たくなってきた…　拙者の左手を右手で強く握りしめて震える茜あかね殿の感じている恐怖は、それ以上だったに違いない

「五人がかりでその程度の攻撃という訳か、猿よ？　日本ジャポンの忍者とやらも評判倒れで大したことが無いのう…」

　全身傷だらけで、灰色の剛毛に包まれた身体が血まみれとなったノスフェラトゥが、佐助を嘲あざける様な口調で笑いながら言った
　この状況で信じられぬ事だが、拙者にはヤツの強がりのようには思えなかった…

「おのれ、怪物め…　とどめを喰くらえい、『五芒陣爆裂ごぼうじんばくれつ』っ！」
　佐助と四体の影法師達は突然走り続けていた回転を止めたかと思うと、後方へ飛び退ると同時に懐ふところから取り出した何かを一斉に中心にいるノスフェラトゥめがけて投げつけた

「いかん！　水竜っ！　我らを囲かこめっ！」
　佐助の意図を即座に察した拙者は、水竜に向かって叫ぶと同時に茜あかね殿の肩を抱き、傍そばへと引き寄せた
　水竜は拙者と茜あかね殿の二人の身体を、渦と化した己おのれの中心に包み込んだ
　水竜の透明な身体を通して、外の様子を拙者達には安全に見る事が出来る

　五体の忍者がノスフェラトゥに投げつけた物体は、忍者による手製の『爆裂弾ばくれつだん』であった

「ドゴゴーンッ！」「ボッガーンッ！」「ドド－ンッ！」
　五つの爆裂弾はノスフェラトウの身体に当たるや否いなや、それぞれが凄すさまじい爆発による音と光を発しながら炸裂さくれつした

　爆風と共に、爆裂弾に詰つめられていた釘くぎや鉛弾なまりだまなどの金属片が四方八方へと飛び散った
　もちろん、拙者と茜あかね殿の方へも飛んできたが、二人を取り囲む水竜の水の障壁によって全て遮さえぎられ、一片たりとも破片が拙者達の身体に触ふれる事は無かった

　しかし、五つの爆裂弾の直撃を身体に受けたノスフェラトゥは無事で済む筈はずが無かった

　ノスフェラトゥの立っていた場所は、爆発が収まった後も濛々もうもうと黒煙が立ち込め何も見えない有様だった…
　ただ、周囲に生えていた草木が爆風でへし折れたり千切れ飛んでいる様子を見れば、爆発の中心にいたノスフェラトゥがいかに不死とは言えど…

しかし、拙者は見た…
　爆発による危険が去った今、水竜は拙者と茜あかね殿を取り囲んでいた水の障壁を解除し、黒煙も風で吹き払われて来たその場所に立っていたモノを…
　驚くべき事に、かろうじて立ってはいたが…　それはもう、不死者ノスフェラトゥとは言えない存在だった…

　身体の左側に爆裂弾が集中したためだろうか…？
　ノスフェラトゥの左の脚は太腿ふとももから千切れ飛び、剛毛の生えた身体からは左腕が肩の付け根から失われていた…
　頭部もまた左側半分が爆発によって吹き飛び、背中にも大穴が開いていた
　これではいかに不死者を名乗っていたノスフェラトゥも、さすがに真田十勇士の一人であった猿飛佐助の忍術に敗やぶれ去ったとしか言えまい…

　不謹慎ふきんしんだが、拙者は味方が敗れた事に悲しみを感じるどころか安堵あんどを覚えていたのだ
　茜あかね殿も同じ気持ちの様で、拙者の左手をギュッと握りしめていた右手から安堵あんどと共に力が抜けていた

　拙者達の前方では、五体の忍者達がノスフェラトゥの近くに戻って来ていた
　そして、五体の内の猿飛佐助がしゃべり出した

「ふははは…　見たか、我が猿飛さるとび流忍術の恐ろしさを…
　いかに南蛮なんばんの怪物と云いえど、この様ざまでは不死者などと言ってはおれぬ様ようじゃのう…
　この日本ひのもとには、我らの様な優秀な忍びがおるのじゃ
　身の程知らずの哀あわれなヤツめが…
　そこにおる青龍せいりゅうよ、次は貴様の番だぞ！」

だが、その時！

「ブジュッ！　グジュルルルーッ！」
　耳を塞ふさぎたくなる嫌いやらしく不快な音と共に、残骸ざんがいと思えていた立ち尽くすノスフェラトゥの損壊した身体の部分から、勢いよく何かが飛び出して来た！

　ノスフェラトゥの左側に立っていた二体の影忍者に一気に巻き付いたそれは、数十匹の巨大で長いミミズが絡からみ合いながら伸びた様な触手しょくしゅだった…
　それは生き物の内臓の様にも見える、吐き気を催もよおす気味の悪い代物しろものだった

「うっ…」
　茜あかね殿が拙者にすがり付いていた手を放し、口元を右手で覆おおっていた

　佐助達の爆裂弾により破壊されていたノスフェラトゥの身体の損傷部分は、内部からの夥おびただしい量の体液と共に湧わき出て来た蠢うごめくミミズのような集合体によって傷口を完全に塞ふさがれていた…
　しかも、左肩の損傷部分を塞ふさぎつつ長く伸びたミミズの複合体のようなノスフェラトゥの触手は、二体の影忍者達に巻き付き絡からめ取ったのだった
　
「飛べっ！　離れよ！」
　佐助の号令で、佐助とともに二体の影忍者もノスフェラトゥから急ぎ飛び退すさった

「バキバキッ！　メキメキメキッ！　グシューッ！」
　生き物を握りつぶす様な音と共にノスフェラトゥの触手は、絡め取り締しめ付けていた二体の影忍者を握り潰つぶしてしまった
　それまで佐助と同じ姿だった二体の影忍者は、ノスフェラトゥの触手に胴体を握り潰つぶされた瞬間に姿を消失してしまった
　どうやら、二体の分身は元の佐助の影に戻ったらしかった…
　だが、五体の影忍者の内の二体を失ったのは、佐助側にしては大きな痛手となったであろう

「おのれ、南蛮なんばんの化け物め！　よくも我が影分身を二体も…
　切り刻んでくれるわ！　くらえっ、三身一体さんみいったい忍法『刃独楽やいばごま』！」
　そう叫んだ佐助は二体の影分身と背中をくっつけ合い、それぞれが外側の三方を向く形となったかと思うと、三体の忍者が右足に履はいた忍び草鞋わらじの爪先つまさきに仕込まれていた槍やりの穂先ほさきの様に鋭く尖とがった刃物の先端を同時に飛び出させた
　その爪先から伸びた三本の穂先が見事に一つに組み合わさったかと思うと、三体の忍者はその組み合わせた穂先を一本の軸とし、それぞれの前方に向けて水平に忍者刀の切っ先きっさきを突き出した格好かっこうで、凄すさまじい勢いの回転を始めた

「独楽こま…？　そうか、これが佐助の言った三身一体さんみいったいの『刃独楽やいばごま』か？」
　拙者は、前方で繰り広げられる凄まじくも異様な光景を見つめながらつぶやいた…

　見る間に『刃独楽やいばごま』が凄まじい回転を続けながら、ノスフェラトゥだった化け物へと猛然と迫っていく

「ズバッ！　メキメキメキッ！　バキッ！」
　不死の化け物が、巨体でありながら以外にも身の軽い動きで身を躱かわすと、『刃独楽やいばごま』は傍そばに立っていた大木の幹みきを切り裂いた
　枝であろうが幹であろうが、進行方向にある障害物を容赦なく切り裂きながら不死の化け物に迫る佐助の『刃独楽やいばごま』…
　その勢いは、何物を以もってしても止める事は出来ない様で、さすがの不死の化け物も『刃独楽やいばごま』には迂闊うかつに近づく訳にはいかない様子だった

　ノスフェラトゥであった不死の化け物の身体は、先程までは左太腿から先が爆裂弾ばくれつだんの爆発で吹き飛ばされていたが、今では右脚と同じ元の形に再生していた…　違いと言えば、左脚と共に千切れ飛んだ伴天連ばてれんの股引ももひきを穿はいているか否いなかというだけだった

　しかし、二体の影分身どもを握り潰つぶした左腕は、相変わらず剥むき出しの筋肉の塊そのもののミミズの様な外観をした触手の形状をしたままだった
　これは、武器として使うために違いあるまい…
　目にも止まらぬほどの素早い動きで二体の影忍者を捕まえて握り潰した事を見ても、あの色といい形状といい、まるで巨大な一匹のミミズの様に化した筋肉の塊ともいえる触手は侮あなどれない恐るべき武器であると言えよう

　しかし、その触手でも『刃独楽やいばごま』にちょっとでも触れようものなら、細切こまぎれの肉と化すに違いなかった
　それが証拠に、不死の化け物は『刃独楽やいばごま』が近づけば身を離し遠ざかれば近付きと、一進一退を繰り返す他に打つ手が無い様に見える

　ノスフェラトゥの一度爆裂弾で破壊された顔はというと…　いつの間に修復されたのか、元の南蛮人なんばんじん特有である彫りの深い整った顔立ちをした人間の頭部の形状に戻っていた
　あのニヤニヤと薄笑いを浮かべた、人を小馬鹿にしたようないやらしい表情も健在であった
　人間の顔をしてはいるが、巨漢の身体は灰色の剛毛に覆おおわれた獣人のそれであり、左腕は伸縮自在のミミズの如ごとき腕を持った不死身の化け物…それが今のノスフェラトゥの姿であった…

「化け物め…　ヤツがあそこまで恐ろしい怪物と知っていたならば、拙者は『斬妖丸ざんようまる』から解き放ちはしなかったものを…」
拙者は歯ぎしりしながら悔くやんだ…
しかし、今となっては後の祭りであった
　いざという時は、最後の手段を使う以外にあるまい…
　今度こそヤツを滅し去るために、この夜空に特大級の太陽を打ち上げる…

だが…
　今は、この猿飛佐助と不死者ノスフェラトゥの戦いの決着を最後まで見守ろう…
　『天翔日輪剣てんしょうにちりんけん』を使うのは、その後だ…
（※）

「バキバキバキッ！」
　ノスフェラトゥに身を躱かわされた『刃独楽やいばごま』が、傍そばにそびえ立っていた直径三寸（約90cm）ほどの杉の巨木を切り倒した

「危ない！　茜あかね殿っ！」

　切り倒された杉の巨木が拙者達の方へ倒れて来た
　拙者は茜あかね殿に覆いかぶさったが、巨木はいつまで経っても倒れて来なかった…
　拙者と茜あかね殿が頭上を見上げると、水竜が切り倒された大木を受け止めていた

「よく受け止めてくれたな、水竜…　礼を申すぞ」
「キシャーッ！」
　拙者の礼を聞いた水竜は嬉しそうに一声鳴くと、受け止めていた杉の大木を安全な方へ軽々と放り投げた
「ズシーンッ！」
　地響きを立てながら、地面から土煙が上がった…

　拙者は茜あかね殿と共に立ち上がりながら、佐助とノスフェラトゥの闘いに再び目をやった
　佐助の『刃独楽やいばごま』はノスフェラトゥを中心とした林の周辺の木や雑草を、およそ二十間四方（約36m×36m）に渡って切り払っていた
　これでは、ノスフェラトゥには身を隠すべき遮蔽しゃへい物が何もないと言えるだろう
　身を隠すためには、切り払われた場所以遠の木立こだちまで逃げるしか無い…　その間に佐助の『刃独楽やいばごま』は襲い掛かるつもりだろう

　拙者は水竜に護られながら、安全のために茜あかね殿を連れて伐採された木々から抜け、無事な木立の中から戦闘の様子を窺うかがった

　『刃独楽やいばごま』は依然としてノスフェラトゥの周りを高速回転を続けながら、近づいたり遠ざかったりの移動を繰り返していた
　佐助は隙すきあらば一気にノスフェラトゥに襲い掛かるつもりであろう…　四、五間ほどの距離を保ってノスフェラトゥの周囲を回り続けている

　ノスフェラトゥはと云うと、先ほどまでは素早い動きで逃げたり隠れたりを繰り返していたが、観念したものか移動を止めてしまった…
　そして腕組みをしたまま、目を瞑つむってしまったようだった

「むううう…ん」
　ノスフェラトゥは、唸り声を上げながら身体に力を込め始めた
　唸り声と共に、見る間にノスフェラトゥの身体中を覆おおっていた灰色の剛毛が、まるで栗のイガか海にいるウニの棘とげの様に逆立ってきた
　話に聞いた事のある、やはり海に住むという『ハリセンボン』という魚の様に、身体中の体毛がノスフェラトゥの身体の表面から垂直に立ち上がった…
　立ち上がった体毛で、まるで身体全体が膨ふくれ上がったかのようにも見える

「thousand needlesサウザンド・ニードルス（千本針）！」

　ノスフェラトゥが南蛮なんばんの言葉を叫ぶのと同時に、ヤツの膨ふくらんでいた身体が一気に弾はじけた！
　それと同時に針の様に突き立っていたノスフェラトゥの体毛が、強力な体内圧によって四方八方へと一斉に弾丸の様な速度で飛び散った

「キシャーッ！」
　水竜が即座にノスフェラトゥと拙者達の間に滝の様な水の障壁を作った
　ノスフェラトゥが身体から発射した体毛針たいもうばりを全て水竜が受け止めた…

　ノスフェラトゥから放たれた体毛針の大半が、佐助の『刃独楽やいばごま』に向けて襲いかかった
　『刃独楽やいばごま』は忍者刀の回転部分の軌道においては、悉ことごとく体毛針を撃ち落とし撥はね返した
　しかし、それ以外の高さにおける頭部や身体から足にかけては、払い切れなかった大量の体毛針が突き刺さる
　それと同時に、地面に対して垂直に立って回転していた『刃独楽やいばごま』の軸がグラっと傾き始めた
そして、見る間に回転が弱まっていく…

　やがて『刃独楽やいばごま』の回転が完全に止まり、腕から胸それに肩にかけての高さの範囲を除く身体中にノスフェラトゥの体毛針の突き刺さった猿飛佐助と二体の影分身が、フラフラとよろめきながら地面に倒れた
　いや…　佐助だけは忍者刀を地面に杖つえの様に突き刺し、かろうじて何とか倒れずに持ちこたえた
　他の二体の影忍者どもは、地面に倒れると同時に消失した…

「ぐおおお…　抜ぬかった…　き、貴様…そんな技わざを…」
　全身を震わせながら呻うめき声を上げる佐助には、身体といい頭部といい数百本の体毛針が突き刺さっていた

「我が妖技ようぎ『thousand needlesサウザンド・ニードルス』…　
　ふふふ…　もっとも、これは我が母国語ではなく英語だがな
　私は数百年もの間、世界中を渡り歩いてきたものでな…
様々な国の言葉を話す事が出来る
　貴様らの国の言葉で言うと『千本針』というところかな…？」
　そうしゃべるノスフェラトウの膨ふくれ上がった様に見えていた身体は、体毛針を発射する前の状態に戻っていた
　驚くべき事に、ヤツの身体の傷は全て再生修復されていた

「念のために言っておくが、私の体毛針には猛毒が含まれておる…
　その毒を体内に注入された者は人間はもちろんの事、貴様の様な妖あやかしであろうと生き永ながらえる事は出来ぬ…
ふふふふ…　ふははははは…
　佐助とか申したな　貴様はそれだけの体毛針を喰らったのだ
残念だが、あと数刻も持ちはせぬ　あきらめよ…
　しかし、貴様も猿の割にはよく戦ったと申しておこう
　貴様は、なかなかの手練てだれの忍者であった…
　貴様が弱かった訳ではない、相手が悪すぎたのだ」

　ノスフェラトゥが言い放つと同時に力尽きたのか、佐助は拙者達が見守る前で地面に倒れ伏した

その時だった…

「ううぅ…　い、痛い…」

　拙者の背後にいた茜あかね殿が呻うめき声を上げた

「はっ？　茜あかね殿…？」
急いで振り返った拙者は見た…
　茜あかね殿のほっそりとした左足の、着物と足袋たびの間に覗のぞく雪の様に白い柔肌やわはだにノスフェラトゥの二本の体毛針が突き刺さっていたのを…

「茜あかね殿ーっ！」

な、何という事だ…
水竜の水の障壁に覆おおい切れなかったのか…　

「ふ、不覚…」
　拙者は砕けそうなほど強く歯を食いしばった
拙者のせいだ…
茜あかね殿を護まもり切れなかった…

【次回に続く…】

（※）天翔日輪剣てんしょうにちりんけん…　幻田恋人著：妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「伴天連の吸血鬼…」　参照