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極秘スイーツ審査会 シロクマ文芸部

卒業のシーズン、菓子職人たちは多忙を極める。
ここは、とあるホテルの会場。
毎年、権威ある賞の審査会が極秘裏におこなわれるのだ。
―チリンチリン
「55番。6本です」
ジャッジの挙手を数え、係の者が通る声で発表した。

審査員は17名。偏らないよう外部の識者3名を加え、計20名で審査する。
この予選で10名以上の票を得られなければ、本選には進めない。
初出品で初入選、同時に特選をかすめとる離れ業を成し遂げた人物は、業界でその名をとどろかすことになる。

自身の代名詞となったスイーツを出品するパティシエが多いせいで、品を変えると波紋が広がる。
「青木くん、毎年マカロンなのに…」
「彼女さんとケンカ中らしいっす」
「わかりやすっ」
若き天才・青木は、同業者である恋人の好物をひたすら極め、気がついたら2年連続特選2回、自動的に準会員として認められる出世最短コースをひた走っていた。

***

今年、満票を獲得したのは、荻原おぎわら杏璃あんりの手がけたボトルスイーツ。
上部を飾りたてる従来のケーキとちがい、断面の美で魅せるパフェのような華やかさ。
崩れることもないので手土産にも最適だと、圧倒的人気を誇っている。

「おめでとうございます、あんりさん。味・見ため・話題性と三拍子そろってますね」
「それより、青木くんのあれなに?」
「なにってパブロバですけど。見てのとおり」

サクほろ食感に焼きあげたメレンゲに、たっぷりの生クリーム。
ロシアのバレリーナ、アンナ・パブロバのために考案されたと言われている。
衣装のチュチュのような真っ白なスイーツは、作りかたもシンプル。
通常は酸味の効いたベリー類でデコレーションする。

***

「浮気なんかしてませんよ、っていう潔白表明の一品っす」
杏璃は、かたくなにクールな表情を崩さない。
「飲めないのにバー行ったよね?あやしすぎるんですけど」
青木はうっすらと笑う。
「だって仕事で行ったって言えば、バレるじゃん」

生クリームの下に仕込んであるのは、桃とあんず/杏のコンポート。
ほんのりと淡いピンクのクリームを、杏璃は舌で味わう。
「グレナデンシロップ?」
「御名答」
カクテルの色づけや風味づけに使われる、ザクロの赤いシロップ。
それを使いたくて、青木は研究していたのだ。

「タイトルは、アプリコット・ジュエル。あんりさん、今年のホワイトデーは、これでいかがでしょう」
ほめられる気満々の、柴わんこ。
彼の行く末が心配になる杏璃であった。

(おわり)

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