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卒業式のWind Orchestra

桜の木。

紅白の幕。

晴れやかな空。

証書を入れる筒できゅぽっと音を立てて笑う声が聞こえる。

卒業式すぎる光景に、莉奈は目を細めた。

全て終わる。

高校3年間は嘘みたいに長くて毎日必死だった。

お経のような古典も黒魔術のような数Ⅱもやり終えた。

だが、莉奈にとって何よりもキツかったのは部活だった。

吹奏楽部。

名門のこの高校を知らない者はいない。
練習が厳しく、部員のほとんどが幼少期より練習を重ねてきている。

そんななか、莉奈は異例の初心者だった。

新入生歓迎会の吹奏楽部の演奏に心を掴まれ向かった仮入部。

「楽器は?」

と聞かれ

「やったことないです」

と答えると顔をしかめられたが、
演奏の力で夢心地だった莉奈は入部を決めてしまったのだ。

楽器のできない莉奈を周りは雑用のように扱い、
楽器を決めることすらなかった。

3年間。

結果、莉奈はずっと雑用だった。

備品を磨いたり、水分やタオルを配ったり。

1人1人の演奏を聴いて癖をメモしたり。

毎日汗だくで、筋肉痛だった。

みんなからパシリのような扱われながら、

こんなつもりじゃなかった、
私も一緒にあの音を奏でたい、

と歯痒くなった。

部活をやめたいと思うことも正直あった。

しかし、毎日練習の最後に行う全体演奏を聴くと、莉奈はつい「明日も聴きたい」と思ってしまうのだ。

備品の運搬で筋肉のついた腕。

一晩中、楽譜の準備をして悪くなった日。

毎日、真剣に聴くことでどんどん良くなった耳。

お守りを作りボロボロになった指を見つめ莉奈は、苦笑した。

桜の下に立つ莉奈は1人ぼっちだ。

家族よりも長い時間を過ごした部員とは3年たってもあまり話せなかった。

遠くから誰かの涙声が聞こえ、莉奈は羨ましくなった、泣き合える友人くらい作ればよかった。

「みんなに捧げた3年間だったなぁ」

そう思い、1人校庭に背を向け歩き出した時、

「サッ」と服が擦れる音が聞こえた。

この音を、莉奈は知っている。
これは、部員が楽器を構える時に鳴る音だ。

思わず振り返ると、そこには楽器を構えた吹奏楽部の面々がいた。

部長の指揮棒がリズムを刻むと、校庭に気持ちのいい演奏が響きわたる。

みんなが奏でるこの曲は…。

「栄光の架け橋……」

それは、莉奈が新入生歓迎会で心を奪われた曲だった。

演奏を終え、部長が一歩出る。

「莉奈さん。 私たちは自分に必死だった。置いていかれたくなくて周りが見えなかった。
楽器も渡せないまま3年が過ぎてしまって…

大会が終わって冷静になった時、あなたにどれだけひどいことをしたのかようやく気がついた。

なんて謝ればいいか……だから、この演奏を捧げます」

他の部員も申し訳なさそうに見つめるなか、莉奈は鼻で笑った。

「………何を、言ってるんですか?」

俯いていた部長が苦しそうな表情を莉奈に向ける。

「私も楽器を演奏したかった。でも雑用ばかりの
3年間を過ごした。
朝一番、部室に来てみんなの備品を用意したり、
顧問に言われたことを一晩かけてまとめてコピー
して配ったり。

先輩が卒業して後輩が入ってきて、それでも役割は変わらない。

ずっと、雑用ばかり!!

それで、も。 みんなの演奏が聴ける、吹奏楽部が大好きだった。特等席でみんなの演奏を聴いて、
みんなを支えることが自分のやりたいことだと思った。

だから、今の私は、私が、選んだものだっ!」

フォルテ。

強く言い切った莉奈に、部員の面々は涙を流しながら深々とお辞儀をした。

まるで、莉奈が指揮者になったようだった。


「ありがとう」

誰かが呟くと、また1人また1人と「ありがとう」が増え、1つのハーモニーのように膨らんだ。

それは、莉奈が聴いてきた演奏のように心を打つものだった。

「こちらこそ」

そう笑った莉奈の頬を春疾風が撫でてゆく。

桜の木。

紅白の幕。

晴れやかな空に莉奈の笑みが広がった。

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