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西都リイチ掌編小説集「トワイライト紙片」

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お題に沿った1,000文字以内の小説を公開しています。 スキマ時間のお供にいかがでしょうか。
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小説集「トワイライト紙片」 表紙

小説集「トワイライト紙片」一覧マガジン この作品集について この作品集は、2018年ごろから小説執筆サイト「即興小説トレーニング」で、少しずつ趣味で書き溜めていたものです。(※サイト「即興小説トレーニング」は運営終了しています。お世話になりました) 匿名等でひっそり投稿していたもので、ほとんど読まれず、今回がほぼネット初公開のようなものです。今回、自己紹介を兼ねて、改めて公開することにしました。 「お題に沿った小説」というスタイルは、即興小説トレーニングの『制限時間を

超短編小説「つらいこと」

お題:つらい女の子 つらいこと 悲しげに目を伏せた彼女の、その長いまつげにはつい見惚れた。 私は彼女に何と声を掛けたらいいやらわからずに、アイスティーをストローでぐるぐるとかきまぜる。 行きつけの洋食屋で、心理療法士である僕は、診察対象である若い女性の相談に乗っている。いつもは薄暗いカウンセリング室で話を聞くのだが、たまには気分転換がてら場所を変えて、今こうして話をしているところだ。 「ですから、味覚がおかしいんです」 「ああ、それはつらいですね」 私は彼女を安心させ

超短編小説「人気の店」

お題:黄金のうどん 人気の店 黄金色のおあげが透き通っただしへとかぶさり。そして完成する至高のうどん。 ‥‥ではない。比喩表現ではないのだ。実際に、輝いている。 (なんだこれは?) ……地元に最近できたうどん屋のチェーン店「麺屋こがね」。俺の地元は大層田舎なので、こういったブームは遅れてやってくる。一年前に流行った「黄金色のうどん」とやらを提供する店舗が、ついに地元にやってきた。 流行など気にする性質でない俺ではあるが、たまたま昼時に時間が空いたので足を向けることに

超短編小説「和平のとき」

お題:男同士の王   必須要素:眼球 和平のとき 「生まれてきたのは、元気な男のお子様でございます」 侍女は恭しく私にそう告げた。 「アイシャ、よくやったぞ。ゆっくり眠るといい」 出産直後でぐったりしている妻をねぎらいながら、生まれたての我が子を見やる。 顔はくしゃくしゃで、泣き叫ぶその小さい生き物は、なんだか不思議な存在に思えた。 …しかし、また男なのか。高名なまじない師の幾人もが、口をそろえて「娘」が生まれると言っていたのに。 ―――隣国と、我が国との対立は数十

超短編小説「少女と犬」

お題:あいつと犬 少女と犬 あいつは犬。ただの犬。 そう言い聞かせて6年が経過した。 「ねえねえ、今日はどこいくの?おれもついてっていい?」 へらへら軽薄そうな笑みを浮かべながら、あたしの後ろをついてくる、くせ毛の少年。 夏期講習で午前から夜までがっつり忙しいのだ。塾は遊びじゃない、いい加減にして。 あたしがそういって断ると、彼はつまらなそうに鼻を鳴らすと、その場でしゃがみこんだ。 やめろ、こんな道路の真ん中で。まったく迷惑な。 「ねえー、いつ帰ってくるの?今日も遅い

超短編小説「遅効性ポイズン」

お題:気持ちいい故郷 遅効性ポイズン ずいぶん遠くまで来たものだ。 Aはそう心中でつぶやいた。風が幾分冷たく、身震いしながら見渡したその風景は半年前にこの目に焼き付けた景色そのもの。 もともと片田舎のこともあり、観光客もほとんど来ない。近代化とは無縁なこの村は、そうも簡単に変わってしまうことなどそういえばなかったなと彼は思う。 ざくざくと舗装もされていない飾り気ない道を踏みしめAはついに自分の住んでいた家へたどりつく。 思えば半年とはいえ、ずいぶん長い間留守にしていた

超短編小説「敏腕社長のよすが」

お題:自分の中の夫 敏腕社長のよすが どうしようか、ねえあなた。 この服、ちょっと派手かなあ。でもあなたは、赤が好みだよね。 ね、と問いかけ、いつだって決断を下してきた。 「T社との吸収合併の話には、やはり乗るべきかしら」 「部下のMは、最近派閥を大きくしてきたし、何か不穏な感じがしない?」 …やっぱりそうよね、あなたに相談して良かったわ。 ううん、相談だけじゃなくてよ。あなたがそばにいてくれるだけで、私安心するの。 稀代の女社長、U。 大学卒業とともに就職し

超短編小説「呪われてますよ」

お題:地獄公認会計士   必須要素:ペットボトル 呪われてますよ 公認会計士になりたかった。しかしなれなかった。 ‥なぜか。なんのことはない、勉強についていけなかったからである。 俺は下町で一介のサラリーマンとして働く毎日のなか、ふと昔の夢を思い出すことがある。それは帰路に就くまでの間のチャリ移動の時であったり、昼飯を食べようと茶のペットボトルをひねるときであったりする。儚い夢だった。が、自分のスペックの問題なんだから、あきらめるほかなかった。 俺が公認会計士になりたか

超短編小説「燻らせては捨てる」

お題:煙草と使命 燻らせては捨てる さて困った。いったいどちらに向かえばいいのやら、全く見当もつかないでいる。 Aは指示通り、大都市のスクランブル交差点がよく見渡せる、セントラルホテルの屋上喫茶店に待機していた。 かれこれ3時間。場所についたはいいものの…… 「…ボスはいったい僕にさせようというのだろう」 ―――仕事内容がわからない、このたまらない不安。 いいからいいからと背中を押され、流されるまま来てしまったが、自分はどういった行動を求められているというのか。

超短編小説「仲立ち天使」

お題:来年の喪失 仲立ち天使 時がたつのはなんとも早いものだ。何も成しえないまま、年末になってしまった。 年明けには高らかに目標を掲げるのに、折り返しの月になってもダラダラしている自分に気づき、そうして今、気が付けば11月が終わろうとしている。クリスマスの曲なんか流れちゃう街並み。俺は怠惰な自分と現実を受け止められないまま、ぼうっと当てもなく外をうろついている。 「さみぃ……」 ほうっと息を吐けば空気が白く濁る。何の気なしに口に出た自分の独り言にまた気分が落ち込む。ああ

超短編小説「身を引くファムファタール」

お題:恋の宿命 身を引くファムファタール 『ファム・ファタール』……。それは主に、男の人生を大きく狂わせる運命の女を指す言葉。 女の善悪に限らず、男の性分に限らずとも、人の人生を大きく変えてしまうその存在。それはどこか、滅びの美しさを思わせる。美しいものには棘があり、激しい恋には、破壊が伴う。そういうものだ。 だとすれば、「相手を狂わせないように愛する」とはどうすればいいだろうか。愛する者に関わるほど、破滅へと導いてしまうとすれば、どうすればいい。 私はとうの昔に悟っ

超短編小説「心配性」

お題:未熟な病院 心配性 心配性です。あなたの病名は。 医者がそっけなく私に言い渡し、カルテにさらさらとなにごとかを書き込む。その仕草を患者である私は呆然と見つめていた。 「そんな…先生、何度もいうように、私は本当に困っているのです。 さまざまな医者に追い返され、たよれる病院はここしかないのです。心配性だなんて、そんな嫌味をおっしゃらないでください。有名な心療内科医であるあなたなら、きっと親身に答えてくださるだろうと、私は…!」 感情がこみ上げて、なかばぞんざいに肩

超短編小説「箱庭」

お題 ささやかな朝の箱庭にて 箱庭 透明なドームに覆われた、このステーション。 私たちはここで生まれてここで死ぬ。私たちはここを死ぬまで出られない。同じ意味だ。 ドームの外は空気がないのだと、老師から教わった。だから人間は生きられなくて、私たちのずっと前の先祖がこの空間を作ったんだって。 「それにしても、今日はいい天気」 起床してから散歩に出かけて、ドームの中の庭をなにげなく散歩する。外には出られないけど、透明の天井から日差しが降り注ぐ。今日は『晴れ』だ。 昨日は曇っ

超短編小説「悪人の行く末」

お題:生きている悪人 悪人の行く末 今日も今日とて、俺は肩で風を切って、古びた裏通りを足早に進む。 途中、奇声とともに俺に刃物を向けてやってくる男どもを軽くいなしながら、俺は小さな雑貨屋で白い花を3本買い求めた。 「このあたりの奴らにも随分恨みを買っちまったからなあ」 先ほどのひと悶着でこしらえたコートの穴を引っ張りながら、俺はため息をつく。そろそろ根城を変えなくてはならないだろうか。……今更命を惜しいとも、あまり思えないが。 裏通りを走り抜けて、こじんまりとした