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短編小説 「シェー」(1930文字)

下山達也 享年39歳のお通夜は、街はずれの家族葬会館で行われた。
老人介護施設で働いていた達也は3日前に亡くなった。
母親が、朝、なかなか起きてこないので二階の達也の部屋に行ったところ、
布団の中で亡くなっていたそうだ。警察、医師の死因特定が行われ急性心筋炎の診断がなされた。突然の不幸に誰もが驚き言葉も出なかった。
家族葬会館二階の十畳ほどの和室に菊とユリの祭壇が設けられ棺の前に微笑みを浮かべた達也の遺影が飾られ、焼香が繰り返され線香の煙はタバコ好きだった達也の紫煙のように見え、しだいに葬儀の現実感が増した。
下山家は母一人子一人で喪主を務める元教員の母親は、口角を上げたキリっとした表情を崩さず丁寧に挨拶し、気の張ったその姿が痛々しかった。
達也が七歳の時父は急逝している。達也の不登校、長い引きこもり生活等苦労を重ねやつと介護施設に就職し安定した生活を手に入れ始めた矢先の不幸だったそうだ。
しかし達也は老人介護施設の同僚達には、そのような過去を全く見せず、明るくて、おもしろい冗談を言う競馬好きの男としか見えていなかったようだ。
母親にも本人は老人介護施設で冗談を言う事で新しい人生の居場所を見つけ、やり直せたと言っていたそうだ。
「どうぞ、供養ですから一口召し上がっていって下さい」
母親が弔問客に言うのだがほとんどの弔問客は遠慮して去っていった。
祭壇と反対側にテーブルがあり、飲み物、大皿の寿司、オードブルがあった。「どうぞ、供養ですから一口召し上がっていって下さい」再度の声かけに、達也と同じ部門で働く恐らく二十代の四人グループの男女が応じた。
それぞれが、ビールやジュースを手に話し出した。
「四日前仕事一緒だったんだ、元気だったけどなあー」
「私も一緒だった、信じられない」
「さっき、引きこもりだったて言ってたね、信じられない」
「三十九歳て、知ってた」
「もっと若いと思ってた」
「冗談ばっかり、と競馬の話で、歳、結構いってたんだ」
「俺は歳だって知ってたよ、何たってサイレンススズカの話しをてたし」
「何それ」
「伝説の負け知らずの逃げ馬、天皇賞で逃げて骨折して安楽死になった」
「6戦無敗の悲劇の逃げ馬」
「それって、逃げ切れなかったて事、私には、わかんない」
「私ね最後の日の帰りね、下駄箱に上履きをきちんと揃えて帰って行たのを見たの、珍しいと思った」
「いつも、急いで放り込んで帰るよな、変だった」
「タバコも吸ってたな」
「ヘビースモーカーだ。」
「それより、三日前のコロナワクチン接種の副作用怪しいんじゃね」
「でも、俺たち全員同じ日に打っているんだよ」
「私は熱出たけど」
「俺は何ともない」
「因果関係は証明できないね」
「運を使い果たしたんじゃないの競馬で大勝ちしたらしいよ」
「ブブブー、その話ね、大勝ちした夢を見たていう話だよ」
「人を笑わせるの好きだったね」
「本当だ。おもしろい人、いい人だった」
「入所のお年寄りより、早く死ぬなんて、信じられない」
「人の運命って、わからないね、死んじゃうんだから」
「明日は火葬だから、最後のお別れして帰ろうか」
四人は立ち上がり、一人はお母様にお別れにお顔を見たい旨を話に向かい、他の三人は棺の元へ向かった。お母様は下を向いて話を聞いて、しばらく躊躇していたが、すでに三人が棺の傍に座っているのを見て、重い腰を上げて、棺の傍で四人に細い声で語り掛けた。
「あの日、達也、達也と声を掛けても、起きてこないので二階の部屋に行って、襖を開けると、ベットの布団がごちゃごちやに落ちていて、達也がふざけた格好で、冷たくなっていたのです、ごめんなさい。こんな格好で」
と話すと、あふれる涙を堪えつつ
「達也、職場の皆さんが来てくれたよ」
と言うと棺の窓ではなく、蓋をずらして逢わせてくれました。
白菊、黄菊の花につつまれて、達也さんは右手を頭の上に左手を曲げ胸に右足を折って、左足一本で立って、赤塚不二夫のシェーのポーズをしていました。顔は笑っている様に見えました。
急性心筋炎の心臓を襲う苦悶の果ての姿なのか。
人生を嘲笑う姿、ポーズなのか。
達也さんらしい最後の姿にも見えました。
四人はその姿に、絶句して、思わず顔を両手で覆うもの、目を伏せて両手を合わせ成仏を祈るもの、涙を流しがっくり両膝から落ちるもの。
悪と知りつつも込み上げてくる非情な可笑しさを封印し、それぞれが理不尽な現実に愕然としたのです。
達也の姿は不条理への挑戦だったかもしれません。
お母様のお気持ちにふれた四人は深々と頭を垂れて、
「ありがとうございました。」
と、やっと発声すると、以後一言も無く足取り重く家族葬会館を後にし、理不尽な世界の夜道にそれぞれが消えて行きしました。
             合掌。








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