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とある海岸沿いの商店街ををふらっと歩いてみた。 
なんだか妙に神経が昂る日だった。
剥がれかけたシャッターの張り紙

「永らくお世話になりましたが12月31日をもって閉店することにいたしました」

海岸までいくと 肩まで黒髪の女性が独りで歩いている
陽を浴びて黒髪が緑にひかる
松林に ふっと女性が消えた 
女性の消えたあたりに行くと 店の看板があった

《ようこそ天国への階段へ
 天国へ続く階段を買おうとする際はご注意下さい。
 間違えて金貨を差し出すと別の意味に取られます。》

そこは古びた店であった。重い取っ手のついた木の扉をあけると 
古い見たこともない詩集や作家の本がまるで死体のように造作もなく積み上げられ 生まれることのない胎児が昨日しかない日記をよんでいるように そこにあった。

先ほどの女性が目の前に現れた 
いや正確に言うと現れたのだが 顔はなかった

「お探しの詩集はございましたか」と聞かれので 
「キースへリングの幻の詩集はありますか」と尋ねてみた「キースならこちらに」そこには「地下鉄 そこにある胞子と本当の愛」という詩集があった「お客様 ただしこの本はここでしか読むことができません。申し訳ありません」

非売品なのか。 
詩集のページをめくろうとするとページから文字が浮き上がり宙に舞った

やっぱりここは扉なんですね。
すべてのものは所有の概念を離れて存在しているんですね
女性は顔のない顔で笑った。いや笑うという行為を僕に連想させた。

どうやら ぼくはいまこの世界のきわのエネルギーの収納場所にいるようだ。
どんな知識も 美しい詩集も 
人生そのものもやがて誰からも振り向かれなくなるだろう

店を出て砂浜に戻ると 松林はいつの間にか消え すでに夕闇の中だった


注:キースへリングは実際は詩集を出していません。31歳でAIDSで亡くなりました。

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