見出し画像


しづかに歩いてつかあさい   水野潤一



今は、新しげな建物のえっと見える
この川辺りの町全部が
昔は
大けい一つの墓場でしたけえ

今は車のえっと走っとる
この道の下で
うじ虫の湧いて死んで行った
母を焼いた思い出につき刺されて
息子がひていじゅう
つくなんで おりますけえ
(一日中、かがんでいますから)

ほいじゃけえ

今、広島を歩く人々よ
どうぞ いついきしづかァに
こころして歩いて つかァさい

それにまだ病院にゃあ
えっと火傷を負うた人も
寝とってじゃし

今も急にどこかで
指のいがんだ ふうのわりい人や
黒髪で いなげな頬のひきつりを
かくしとった人が
死んで行きよるかもしれんのじゃけえ

ほいじゃけえ

広島を訪れる人々よ
この町を歩くときにァ
どうぞ いついきしづかァに
こころして
歩いて行ってつかァさいや・・・
のう・・・

 ※ひていじゅう=一日中 ※つくなんで=かがんで
 朗読劇「この子たちの夏」より

水野潤一
1931年神戸市生まれ。法政大学卒業。ジャルパック主任教官、ニュージーランド大使館観光広報部長、日本国際観光学会理事などを務めた。日本ペンクラブ会員。著書に「交響詩集 ヒロシマ」


生ましめんかな  栗原貞子



こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です、私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくて暗がりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は
血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

(『中国文化』一九四六年三月)


あの日の授業  笠木透


あの日の先生は 輝いて見えた
大きな声で教科書を 読んでくださった
ほとんど何も 分からなかったけれど
心に刻まれた あの日の授業

そこで、今度の憲法では日本の国が、決して二度と戦争をしないようにと、二つのことを決めました。
その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさい持たないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。『放棄』とは『捨ててしまう』ということです。
しかし、みなさんは、決して心細く思うことはありません。日本は正しいことを、他の国より先に行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。


あの日の先生は 熱っぽかった 
これだけは決して 忘れてはいかんぞ
あわをふいて ほえたり叫んだり
心に刻まれた その日の授業

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、決して戦争によって、相手を負かして、自分の言いぶんを通そうとしないということを決めたのです。おだやかに相談して、決まりをつけようと云うのです。
なぜならば、いくさをしかけることは、結局自分の国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で相手をおどかすようなことは、いっさいしないことに決めたのです。これを戦争の放棄というのです。
そうして、よその国となかよくして、世界中の国がよい友達になってくれるようにすれば日本の国は栄えてゆけるのです


あの日の先生は 涙ぐんでいた
教え子を戦場へ 送ってしまった
自らをせめて おられたのだろう
今ごろ分かった あの日の授業


あの日の先生は 輝いて見えた
大きな声で教科書を 読んでくださった
ほとんど何も 分からなかったけれど
心に刻まれた あの日の授業 

(作詞 笠木透)


序 峠三吉


一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によっ て命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人に捧ぐ。

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ 
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわをへいわをかえせ



呼びかけ 峠三吉


いまでもおそくはない
あなたのほんとうの力をふるい起すのはおそくはない
あの日、網膜を灼く閃光につらぬかれた心の傷手から
したたりやまぬ涙をあなたがもつなら
いまもその裂目から どくどくと戦争を呪う血膿をしたたらせる
ひろしまの体臭をあなたがもつなら
焔の追ったおも屋の下から
両手を出してもがく妹を捨て
焦げた衣服のきれはしで恥部をおおくこともなく
赤むけの両腕をむねにたらし
火をふくんだ裸足でよろよろと
照り返す瓦礫の沙漠を
なぐさめられることのない旅にさまよい出た
ほんとうのあなたが
 
その異形の腕をたかくさしのべ
おなじ多くの腕とともに
また墜ちかかろうとする
呪いの太陽を支えるのは
いまからでもおそくはない
 
戦争を厭いながらただずむ
すべての優しい人々の涙腺を
死の烙印をせおうあなたの背中で塞ぎ
おずおずとたれたその手を
あなたの赤むけの両掌で
しっかりと握りあわせるのは
さあ
いまでもおそくはない


2022年に詩集を発行いたしました。サポートいただいた方には贈呈します