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一面葡萄畑の中で

 縁の下がいっぱいになっていたので整理していたら、最近久しく見ていなかったボトルのガラス容器が見つかった。中にはやや緑がかった黄色の液体が入っている。なんだっけ、これ。梅酒は別の容器に入ってるしな。梅酒が変色しちゃったのかしら。それともずいぶん前に作ったリモンチェッロ??

 これは果たして飲めるものなのだろうか、夫とおそるおそる飲んでみる。夫はそんな忘れ去られているものは腐っているものに違いないと、かなり試飲に抵抗していたが、無理やり付き合わせる。最初はリモンチェッロだと思いこんて飲んでいるので、味がかなり変になっている、これはだめだ、と思っていたけれど、なんだかこれは完成した味のような気がする。もう一口飲んでみる。液体を舌の上に転がす。舌の上で、記憶と味を分解してみる。(味を確かめる作業ってほんと面白い)これは・・・Salviaだ。急にブワッと爽やかな風が喉を吹きつける。夫も賛同してやっと安心して飲んでくれた。

 そういえばすっかり忘れていたのだけれど、この家に引っ越してきて日が浅いころ、セイジ(Salvia)がたくさん育ったのでリキュールを作ってみたのだった。それでも記憶の味よりも、アルコールがまろやかで飲みやすいものになっている。

 これは北イタリアのトレンティーノ地方に住む叔父叔母夫婦に教えてもらったレシピだった。正式にはトレンティーノ・アルト・アディジェ州というが、イタリアの中でもオーストリアの国境に近い地域で、街のどこかしこにドイツ語と両表記の案内看板がある。わりと Citta riccaなんて言われる。特別自治州なんだけれども、とても行政がうまくいっているのか、見るからに潤っている街だ。B&Bなども州からの支援などがあり、規定がしっかりしていて、どこにいってもサービスの質が高い。食べ物はパスタやPizzaは決して食べない、ポレンタやニョッキが主食である。食卓にはオリーブオイルではなく、バターが置いてあって、チーズは牛のものがほとんどである。中部・南部は羊やヤギのチーズの方が美味しかったりするけれど、北部は牛のil latte crudo(生乳)が買える自動販売機があったりするほど、牛文化。本当に別の国かと思えるほど、イタリアの地域の多様性を改めて感じさせる街である。冬はドロミーテにスキーに来る観光客が多いみたいだが、夏などは人も少なく、少し涼しいので過ごしやすい地域だ。

 私はこの町と叔父叔母ファミリーが大好きである。彼らの住むところはもう本当に町の名前を言ってもイタリア人でも知らない人が多いぐらいの、小さな小さな町なんだけれども、私はこの小さくまとまったこじんまりとした町が、まず好みである。教会が一つ、葡萄畑が一面に広がっていて、山に登ると涼しくて、夜はLa stella cadente(流れ星)が降り注ぐ、一面輝く星空である。

 彼らはまた尊敬するぐらい、分け隔てなく人と付き合う人で、特に叔母はいつも屈託なく笑って、自分が一番楽しんでいるみたいな顔しているけれど、誰よりも気が回せて優しい。施設にいる自分の姉の世話も毎日しに通っていて、彼女は脳神経麻痺を起こしてから話していることがわかりづらいのだが、叔母にだけは彼女が話していることがわかる。(この施設もまたこの州の豊かさを誇示するような素晴らしい建物で、18世紀の貴族のお屋敷をそのまま使用している。窓からの景色は絶景で、日本の老人ホームとは比べ物にならないほど環境の良い場所である)私は彼女の少しずつ少しずつの優しさにいつの間にか包まれて、その積み重ねに救われている気がする。

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 叔父はなんでも作ってしまう人で、保有している山の上に素敵なログハウスも建ててしまったほど器用。家具ももちろん全部手作りのもの。孫のためにブランコも作ったりしている。もう80歳を超えてしまってからは運転することはやめてしまったけれども、つい3年前まではかなり急で荒れた山道をガタガタと上下に揺れながら運転してくれた。

 子供もまるで本当の祖父母かのように慕っているので、遊びに行くのがいつも楽しみだ。いつも家に遊びに行くと、叔父が作ったグラッパでおもてなししてくれる。これが本当においしい。彼らの家の周りはぶどう畑で一面覆い尽くされているが、私の家では作れる環境になかなかなさそうなので、せめてとこのLiquore alla salvia(セージのリキュール)を教えてもらった。消化をよくする食後酒で、セージの味も相まってすっきりする。

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 本当だったらこの子をあの家にしばらく預けたいほど、自然豊かで整えられた町、私が見たイタリアという限られた中ではあるが、本当に良い環境の地域だ。山の上で遊ぶ息子の姿なんか私に、本当にこの子をこの世界に生んでよかったと思わせるほどなのである。

◉レシピ(Ricetta) 

Liquore alla salvia(セージの食後酒)

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材料>>

・セイジ 30枚ぐらい

・アルコール(90度以上)500ml

・砂糖 450g


作り方>>

・アルコールにセイジを入れてかき混ぜる。2週間ほど置く

・砂糖を水で煮立てて500gのシロップを作る。セイジとアルコールに混ぜる。2週間置く

・セイジを取り除いて、出来上がり


https://note.com/giorgia_165/m/m4ad94aad127d




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