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パン職人の修造124 江川と修造シリーズ 満点星揺れて


「次の試合相手の親子は息がピッタリ手強そうだな」
修造が向かいのコーナーで試合開始の合図を待っている親子を観察した。
修造親子と同じ年頃だ。
勝ち上がって来るだけあって動きも正確で所作が決まってる。

「お父さん、私、足が震えそう。緊張してきちゃった」

流石に決勝戦ともなるとピリッとする。

修造はしゃがんで緑の目線で話した。


「緑、自分を信じて、今まで練習してきた一番の動きを思い出せば良いよ。それを心の中に留めておいて身体をいつもの様に動かせば大丈夫。一緒に楽しもう。お父さんは緑と空手ができて嬉しいよ」

「うん、お父さん」

二人はうふふと笑い合った。

「そうだ、勝つおまじないを教えてあげよう。名前を呼ばれたら背筋を伸ばして片手をまっすぐ上げて大きな声で返事するんだ。そうするとその勢いで綺麗な動きができるからね」

すると自分達の名前が呼ばれた。

二人は同時に手を高く上げて大きな声で「はい」と言って審判の前に立った。

父親として、テンポが狂わない様緑をリードして、同じ動きでヌンチャク演武を終えた。



15時頃

全ての試合が終わり、大会の成績発表が行われた。

小さい子供達から順に優勝、準優勝などのカップや盾が配られる。

緑と修造も親子ヌンチャクの試合で優勝して大きなカップとメダルを貰った。


応援団から盛大な拍手が送られた。

「大地、オトータンは個人型でも優勝したのよ。凄いね〜」

律子は一階から手を振る二人に手を振りかえした。

大地が眠ってしまったので、田所家四人は車で先に帰る事になった。

「みんな今日は応援ありがとう」

「修造さんカッコよかったっす」

「気をつけて帰って下さい」

修造を見送り四人は帰り道を歩き出したが、風花が気を使って言った「ねぇ龍樹、私達だけで買い物に行かない?」

「え?何を買うの?」

「それは後で考えるからぁ、じゃあ由梨ちゃん達、またお店でね」

風花は由梨達に手を振って、杉本を引っ張って駅に向かった。

由梨は何度も気を遣ってくれる風花に心の中で感謝の手を合わせ、二人を見送ってから藤岡と歩き出した。

二人ともしばらく話さずに黙って歩いていたが、由梨が「あの、私勝手に立花さんに会いに行ってすみませんでした」と切り出した。

「うん、その後こちらからリーブロに連絡して会って来たよ。話してる間に自分の気持ちを確かめられたかな」

「え」

それは立花への気持ちを確認したのか。

それともどっちの意味なのか。

「あの、以前」

「うん」

「自分が辛かった事や今の自分の気持ちもちゃんと言えるよ」って藤岡さんは私に言ってくれました。もし辛かったらそう言って欲しい。気持ちをちゃんと言ってください。どんな言葉でも良い。真実が知りたいです」

「俺の実家の庭には満天星躑躅(どうだんつつじ)があるんだ」

「どうだんつつじ?」

突然花の話をし始めた藤岡の表情をじっと見ていた。

「そう、初夏に白い花が沢山咲き誇って揺れているが、秋になると葉が燃え盛る様に真っ赤になる」



由梨は満点星躑躅の様だ。たおやかに揺れていると思えば情熱的な一面もある。

「この木が好きでね、『私の思いを受けて』と言う花言葉もある。秋になると真っ赤になるから満点星紅葉(どうだんもみじ)とも呼ばれている」

そう言ったあと、由梨を見て微笑んだ。

「由梨ありがとう。心配かけたけど、もう終わった事だったんだ。探し求めていた人に会うのが怖かった。そして立花さんに結果的に嫌な思いをさせてしまった」





だけどその後、心の中にできていた固い砂の塊が時間が経つにつれて段々パラパラと解れて無くなっていった。

あれ以降

俺の中で

何かが変わった

新しい俺に

小麦と水が出会って自己融解を起こす。

由梨と俺の心が溶け合って

「由梨、俺は行きたいパン屋さんがあるんだ。久しぶりに動画を撮りに行くよ。内容も少しリニューアルしようと思ってる。前よりパンの事を詳しく説明したりしょうかな」

「はい」

「リーベンアンドブロートと少し雰囲気が似ててね。テラスがあってそこから湖が見えるんだ。確かそこにもあったんだよ満天星躑躅が。見せてあげたいけど今は丁度葉が青々してるだけだな」藤岡は笑って言った。

「私も行きます」

「遠いよ少し」

「大丈夫です」

「わかった。じゃあ朝から行こうか」

「はい」


ーーーー



早朝

一車両だけの電車は長閑な風景の中を走っていく。車内には二人と、後は何人かの乗客だけだった。



時々二人で何か話して

また沈黙になるけれど

心が通い合っている気がする。

駅から動画を撮って歩きながら

道標や景色を撮る。

湖が見えて来た。

その向こうに平屋建てで壁の白い小さなパン屋がある。テラスが湖に面していて、幾つかテーブルが設けられている。

「素敵」

「雰囲気良いよね湖のほとりのパン屋」

いつもの様に表から外観を撮った後、許可を取ってから買ったパンをテラスで藤岡が撮影して、由梨はパンの角度や暗い時はライトを当てたり光彩を考えたりした。

撮影が終わった後、テラスから綺麗な水面が見える。キラキラと輝く水面をベンチに座って2人で見ていた。

「見飽きないですね、湖に空や向こうの景色が映ってる」

「由梨」

「はい」

「あれが満点星躑躅なんだ」指差した先を見た。

由梨は近くに寄って見てみた。

以前藤岡の言った通り、この季節には青々と葉が茂っている。

これがそうだと言われないと分からない。

「この葉が秋になると真っ赤になるんだよ。そして初夏には小さな可愛い花が沢山咲くんだ」

由梨が葉の先が少し赤くなっていている、もうすぐ秋なんだわと近寄った時、足元の段差で体が傾いた。

「危ない」

藤岡は由梨の手を取って体勢を整え手を繋いだまま歩き出した。

由梨は驚いたが、藤岡に手を引かれて、そのまま二人で歩く。

湖面は静かで徐々に日が落ちてくる。

二人は暫くそれを見ながら、波打ち際に移動した。

「俺には本当に大切なものができたんだ。いつかオートリーズについて説明したね」

「はい。水と小麦が出会って初めてグルテンができる話」

「小麦粉に水を加えると、グルテニンとグリアジンが絡み合ってグルテンができる」

「当たり前の事の様だけど、お互いが必要な素敵な出来事です」

藤岡は急に笑い出した。

その笑顔は最近の苦虫を噛み潰したような表情とは違い、すっきりとしている。

「ごめん、何の話をしてるんだ俺は。俺には由梨が必要だって言いたかったんだよ」

「え」


「俺は由梨が好きなんだ」


藤岡は由梨の肩に手を置いて顔を覗き込んだ。その瞳の中には迷いが消えている様に見える。

私はいつの間にか静かに愛されていたんだわ。

由梨は微笑んでまた二人で歩き出した。



愛したいとか愛されたいとか古いですか?



二人で一緒にいるのなら

お互いに守ったり守られたりしたい



一緒に歩きたい



大切な人と一緒に






満点星揺れて おわり





パン屋日和に続きます。


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