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ドバイ国際アートフェア「ART DUBAI 2024」レポート後編:グローバルサウスの芸術

前編ではデジタルアートのセクションについて取り上げたけれど、フェアのメイン「コンテンポラリー」のセクションも、日本や欧米ではみられない作品やアーティストばかりでなかなか面白かった。

以下、備忘録も兼ねて記録(とっても個人的な趣味趣向に基づく記録です)。


ダナ・アワルタニ(Dana Awartani)

ムンバイのChemould Prescott Roadギャラリーで展示されていたダナ・アワルタニの作品。彼女はパレスチナ系のサウジアラビア人。

LET ME MEND YOUR BROKEN BONES, 2023

ピーンとフレームに貼られたインドのケーララ州で手作りされているシルクの布。それをインドやアラブ地域で薬効があるとされるスパイスや薬で染めてある。
よく見えないと思うけど、布の作品の横に書いてあるのは過去にパレスチナに存在した建物や施設の名前。それらは2023年にイスラム原理主義者たちによって破壊されてしまったもので、いつ誰によって、どのようなやり方でそれが発生したのかのかという詳細も箇条書きで記されている。
アーティストは布に、その物理的な被害や損傷と対応する形や大きさの穴や裂け目をつくり、糸で丁寧にこれらの穴を修復している。

陳腐な感想だけど、これは本当に美しかったし感動的だった。
日本でも千人針なんてのがあるけど、糸の祈念性、あるいは治癒性みたいなものってなんなんだろうか。

彼女はヴェネツィア・ビエンナーレ2024のセントラルパビリオンでの展示も決定している。

シリン・アリアバディ(Shirin Aliabadi)


ドバイのコンテンポラリーギャラリー、The Third Lineで見たのはイラン出身のアーティスト、シリン・アリアバディ。ビジュアル的にシンディ・シャーマンを彷彿とさせる、こちらのポートレートに目が吸い寄せられた。

Miss Hybrid 5, 2008

この「Miss Hybrid」は、ヒジャブをかぶっている女性たちのポートレートシリーズ。
なのだがヒジャブの間から見えるのは、ブロンドにブリーチされた髪の毛に、整形の痕跡と思われる鼻の絆創膏。
そしてある写真では、女性はさらにイヤホンをしたり、挑発的な顔でアイスキャンディをキャンディを舐めたりしている。
抑圧されたイラン人女性というイメージとは裏腹に、美容整形やファッション、「西欧基準」の美しさを追求することを楽しむグローバル資本主義社会のイスラム女性たちの姿が表現されている。

もう一つ有名なシリーズに「Girls in Cars」(2005 年)もある。
イランの女性たちが夜に車に乗ってパーティーに向かう様子が撮られているのだが、着飾ったりメイクしたりしているそのさまは、私たちの思い浮かべるステレオタイプなイスラム圏の女性像をひっくり返すものになっている。

残念ながら彼女は2018年に45歳という若さでガンで亡くなっているそうで、今頃になって彼女のことを知ったことが悔やまれる気持ち。

ちなみにこちらのギャラリーにはUAE、アブダビ出身の写真家、ファラ・アル・カシミ(Farah Al Qasimi)も所属している。

ヴァサンタ・ヨガナンタン(Vasantha Yogananthan)


インド、ムンバイのギャラリー、jhaveri contemporaryに展示されていた、フランス人フォトグラファーの作品。
被写体がインドだったので、てっきりインド人写真家かと思っていたらフランス人だった。しかも日本でも個展なんかもしてるらしい(全然知らなかった〜)。

Longing For Love, 2018

この写真がすごく好きで。
インドの叙事詩『ラーマーヤナ』の道筋を辿りながら、インドを旅して現地の人々と生活を共にしながら撮影された写真だそう。
しかもこのシリーズ、ラーマーヤナの各章を一冊ごとに写真集化させた作品集も出ているそうなので絶対欲しい(と思ったら軒並み売り切れだった)。

他に気になったいろいろ・・・

ウクライナ、キエフ出身のアーティストMaria Sulymenko
オマーン、マスカット出身のRadhika Khimjiの作品
同じくオマーン、マスカット出身のRadhika Khimjiの作品


そしてその「コンテンポラリー」セクションの奥にあったのが「BAWWABA」というコーナー。BAWWABAはアラビア語で「ゲートウェイ」を意味する言葉らしい。
このセクションではグローバルサウスのアーティストとアートドバイのために制作された作品に焦点が当てられている。

この特設セクションのキュレーターはエミリアーノ・バルデス。
グアテマラ出身でコロンビアのメデジン近代美術館のキュレーターを務めている。

モザンピーク出身の陶芸家、レイナタ・サディンバ(Reinata Sadimba) の日本の土偶を連想させるような愛らしい作品や…

蒔絵のような絵を描く、インド人の画家、マンジョット・カウル(Manjot Kaur)など。自然と女性たちの脱植民地化/家父長制をテーマにストーリーテリングで神話のような世界観を創りだしていて、これもすごく面白かった。

けど中でも目を惹かれたのが彼の作品↓。

デバシシュ・ポール(Debasish Paul)

インドのコルカタのギャラリーEMAMI ARTから出展されていた、西ベンガル州出身のデバシシュ・ポールの作品。
異性愛が規範とされるインド社会で、アート制作を通じてクィア・アイデンティティの問題を探求している1994年生まれの若手アーティスト。

ドローイングからパフォーマンスとビデオ作品、写真まで幅広いメディアの作品を見ることができたんだけど、
私が気になったのはパフォーマンスとその写真。
ジェンダーレスで彫刻的な造形をした衣装をまとい、パリの街や郊外を彷徨う姿が収められた「My Body Becomes You」シリーズ。

My Body Becomes You, 2023

パリの街並みとエキゾチックな衣装の対比とこのタイトルに惹かれた。
「私の身体があなたになる(My Body Becomes You)」。
私であり、あなた。あなたであり、私。
なんだかこれって仏教の「自他一如」、自己と他己は一つのものという概念を連想させませんか?
客観的に見れば彼の姿は明らかに異質なものとしてこの場所に出没しているにも関わらず、このタイトルが掲げられることで、彼の姿が何かまるで神聖なもののように見えてくる。
表裏一体の第三世界と第一世界を仲介する聖なる妖精みたいな…なんて飛躍しすぎかな。

全体的に見てて思ったのは、グローバルサウスの作品は西洋のそれよりもずっと、日本人にも馴染み深く理解しやすいものなんじゃないかなあということ。
これから日本でももっとこれらの地域の作品が見られる機会が増えたらいいなあ。

ちなみにモダンセクションでは、1960年以降の、ソ連とグローバルサウスのアーティストの影響や相互関係に焦点を当てて展示がまとめられていた。

5つの大陸が交わるという地理的条件と、
人口の90パーセント以上が外国人というその国際色の豊さ、
ドバイが西洋に向けてグローバルサウスのアートや文化の入り口、輸出点となりつつあるのは必然かなと思う。
けどフェア自体も自覚的にその地位を確立しようと構成されているように感じるし、西洋中心の物語史観に沿わない新たな価値観やストーリーを構築しようという強い使命感を感じさせるものだった。

来年のシャルジャ・ビエンナーレ行きたいな〜〜。


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