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超・実践的な「傾聴」の教科書はこれ以外に存在しない

1on1。心理的安全性。対話。

流行りともいえるこれらの行為を構成する要素として、必ず出てくるのが「傾聴」だ。

であれば、傾聴のスキルを高めたい、傾聴のノウハウを得たい、こう思うのは自然なわけで。その思いに応えようと傾聴関連の書籍は数多くある。

ただその多くはコーチングやカウンセリングを本職とする方が、同じく本職を目指している方に向けて書いた本。

職場にてメンバー(部下)の話を聴く。商談にて顧客やパートナーの話を聴く。こういった日々の実務の中で、いかほど使える(使いきれる)ものだろうかという不安や疑念があった。

そんな想いを払拭する本に出会った。

本書内でもそう謳っているが、仕事という場を念頭に、聴くとは何か、どう聴くとよいのか、聴いた上でどう伝えればいいのか、に焦点をあてている。

少し前にLISTENという本が発売された。多くの気づきにつながる名著であり、今までの自分がいかに傾聴ができていなかったかに気づかされる。

「まず、ちゃんと聴く。」は気づきを与えてくれるを通り越して、しっかりとした現実解を指南してくれるレベルの高い教科書であったので、ぜひおすすめしたい。マネジメントのスキルアップに直結することは間違いない。

※「まず、ちゃんと聴く」に加えて、「フィードバック入門」「マネジメントの正念場」「ポジティブフィードバック」「心理的安全性のつくりかた」。この5冊は、マネジメントノウハウの土台が身に付く名著なので、合わせておすすめしておく。




ここからは、備忘録もかねて本書で得た気づきをメモとして残していく。
(全6章だが特に1~4章が秀逸。1~4章に絞ってメモる)

◼️1章

・口を挟むことなく、黙って、相手の話に耳を傾けることが、「聴く」ではない。「聴く」というのは、我慢を伴うものでも、叶えることや従うことと同義ではない。「聴く」と聴いた上でのその先の行動はあくまでも別物なのだ。たしかにちゃんと聞くと言われた時の、ちゃんとは黙って、我慢して、従うことを意味していることが多い。

・「聴く」だけで解決しないことはたくさんある。「聴く」は受け答えの選択肢の中の1つの表現手段と置くのが自然である

・「聴く」=withoutジャッジメント(自分の解釈を入れることなく)で、意識的に耳を傾ける行為。否定はもっての他だが、同意・共感を示す(=私もそう思う)ことも実はジャッジメントをしている。
※解釈とは評価(例:この人はすばらしいな)、分析(例:この人は◯◯なんだろうな)、判断(例:この人は◯◯だな)。ジャッジせずに聴くは本当に難しい。

・聞くと聴くは、どちらが良い悪いではない。相手の意見や考え方が自分視点で共感できるものであれば、その時は聞けばよい。なるほど。そうなのか。常に聴くが上位概念かと思っていたふしがある。異論ないときはどんどん聞けばよいのか。なんか聴くが優れているから全部聴くでないといけないのでは?でもかったるすぎる、スピードが落ちるって思っていたが、そうではなかった。

・異なる意見や考え方が目の前にあらわれた時、対話により意見の違いを乗り越えたり、前に進まないといけない時に、「まず」「聴く」という行為が重要なのか。この使い分け当たり前のようですごい納得感がある。

・目的に応じて、自分が今どちらをしているのかに自覚的になり、その状況において最適な選択ができることが大切。確かに。聴くも聞くも、目的を達するための手段という選択肢のひとつなのだ。

・「ちゃんと」とは、黙って我慢して従うことではなく、ありかたを意味する。そのあり方とは、全ての言動の背景には必ず肯定的意図があると信じている状態で聴くこと。NLPで言われる肯定的意図(アドラー心理学でいう目的論と類似の考え)なるほどなあ。たしかにそのスタンスで聴かれたなら、聴かれた側は嬉しいだろうね。世の中一般で聴き上手と言われる人はこういう人なんだろう。ただ相槌がうまいとかではなく、肯定的意図をもっているから相槌がうまい、そういう人に対してついつい話し込んじゃうんだろうな。

・世の中でよく言われるコミュニケーションスキルは、うまく聴くの部分であり、ちゃんと聴くの部分は、肯定的意図が大切になってくる。どんだけスキルが高くてうまく聴けていても、ちゃんと聴けていなければ、ついついどんどん喜んで話してしまう、とはならないのだろう。

・うまく聴くの、やり方の部分は、言語スキルと非言語スキルに分かれる。非言語スキルはよく言われる聴く時の態度や、話す時のトーンみたいな話で視覚情報と聴覚情報をつかう話。言語スキルは言語情報(質問の仕方など)を使う話。たしかに世の中の傾聴系やコミュニケーション系の本は、やり方の部分にフォーカスをあてることが多い。そもそも聴くとは何か、聴くときのあり方についてこうまでもわかりやすく定義している本はない。新鮮だ。

・聴く技術=あり方(肯定的意図)×やり方(非言語スキル×言語スキル)という公式。あり方とやり方の非言語スキルが、何でも話してもらう力に直結する。やり方の言語スキルが解像度をあげる力に直結する。これまた分かりやすい整理。コンサルタントは解像度あげる言語スキルは高いが、なかにはあり方が弱く、そもそも話してもらえず失敗する、みたいな話もこういったことにありそう。

・コーチングでは「相手の中に答えがある」から、その答えを引き出すことに伴走みたいな考えが中心となる。がしかし「相手の中に答えがある」という考え方に傾注するのは危険。聴くだけで解決しないことはある。具体的な仕事の仕方・進め方、未知のものに対しては、相手の中に答えがない場合もある。そういった場合は、実際に知識・経験が豊富な人からアドバイスしたほうが有効。ここらへんの言説が信頼できる本であると感じる。流行りが大切なのではなく、目的や状況に応じて、コーチング・ティーチングを意図的に使い分けることが大切だという、もっともなことを明確にのべている。

・アドバイスする時も解像度をあげてからの方が、アドバイスすべきことを間違えない、より的確にアドバイスできる。ただ解像度が低いままですら良いときだってある。極めて専門性の高い領域だったり、相手とほぼ同じ状況や立場で同じような経験をした場合。専門コンサルなら聴かずにアドバイスしても有効(そっちの方が早い、先方もそれを望んでいる)だが、上司部下の関係で聴かずに的外れなアドバイスすると、こいつに話しても無駄となる。ここらへんもそうそう。あくまでも状況に応じてということ。選択肢を多くもっていることと、どの選択肢を出すのが適切かを見極めるということのほうが、個別のスキルを高めるより大切であると感じる

◼️2章

・万引きして家に帰ってきた子供がいるとする、なんと切り出すか。「万引きしちゃったんだね」ではなく「万引きしたんだね」これが正しい。肯定的意図という信念をもって聴くのであれば。深い。「しちゃったんだね」はたしかに、「万引きして悪いことしたな、お前は」という評価がすでに入っている。この一言だけで、その子が、そのあと話してくれる量は違ってくる気がたしかにする。発言と意図。行為と意図。それは切り分けて、意図を交換するのが対話のスタート。たしかに。たしかに。たしかに。

・自分の中の多面性を受け入れる、平野啓一郎さんがいうところの「分人」的な考えを深く自分の中に落とし込むことが、聴くのあり方につながってくる。たしかに。たしかに。たしかに。

・あり方が不十分だからやり方だけをうまくしても、「すごく聴いてくれているのだけど、何か嫌な感じがする」「言葉の上ではすごく聴いてもらえているのだけど、どこか気持ち悪い感じがする」、「なんでも話してよい雰囲気はあるし、話していて整理はされる、いつもよい課題発見や課題解決につながる話ができるのに、なぜかまた話に行きたいとは思えない」うーん、僕もメンバーにこう思わせているかもしれない。身につけようとしているのは非言語、言語のスキルばっかりで、聞きはじめた瞬間からjudgmentしまくってるし、めんどくせーうるせーしょぼいっておもいながら聞くこともあるし、この話をどう料理しようかとおもいながら聞いてる、と思う。すごい聴いてあげているつもりなんだが、僕は人から怖いと言われることもある。それはこのjudgmentが透けてみえまくっているからなんだろうと思った。このjudgmentがなくせないのは、マネージャーとして有能でありたい、人より上にたちたいという、僕の肯定的意図がなせるわざ、なんだろうな。。なんでも話してもらえる力というのはとても深遠だ。

・非言語スキルで大事なのは、ペーシングやミラーリングではなく、感情を合わせるってことなんだな。その感情をちゃんと表に出す(出せる)人に、人は話してしまう。例えば「すごくあの仕事楽しかったです!」とかメンバーに言われて「すごく楽しかったんだね、どこが楽しかったの?」と聴こうとする。これは聴くができている。ただその時の雰囲気が真面目ならば感情があっていないから、相手は「あ、この話はしない方がいいのかな」ってなってしまう。ここ、僕苦手な部分だな。非常に落ち着いて聴いてしまう。やってしまってまくっていそうなところ。

・自分は言語スキルは苦手ではないと思うので、肯定的意図のあり方と、非言語スキルの感情を合わすというところを、意識して訓練して払拭したいと強くおもった。自分が思うテンションの2倍くらい上げ下げして、相手に合わせることを意識しよう。商談だとできたりするのだが、メンバーや社内だとつい横着して、普段の自分の自然な落ち着いたテンションで対応してしまうので。

・言語スキルの中でいうと「同じ言葉を使う」ここはスキルとして習得したい。オウム返しとかバックトラックとは目的が違う、同じ言葉を使う。同じ言葉を使うことで相手が主観的な世界から抜けないことが目的。確かにいきなり、少し違う言葉で言い換えたり、まとめたりするのは、こっちの主観や評価や分析が入ってきてしまっている。主観にギャップが生まれると相手は違和感を覚えて本来話したい内容からそれて、そのギャップを埋めようと説明的になったり、伝えるのが面倒になって話さなくなってしまう可能性がある。うん、これはありそう。いやそういうことじゃなくて、と言わせてしまうと負けだな。話しづらい人って、こういう人なんだろうな。これまた深い。言語スキルがうまいと豪語している人も、こうなってくると自信がなくなるだろう。広げるとか具体化するとか抽象化を求めるとか、そういったことは結構スキルある人いると思うけど、そうそうに同じ言葉を使わずに、なんか違うんだよな、話しにくいなと相手に思わせてしまって、広げる、具体化、抽象化に行き着く前に会話が途絶える人っていそう。僕もそうだと思う。

・1on1は部下の時間と研修で言われると、自分の話はせずに聴くに徹しようとする真面目な上司。まずは自己開示しないと話してくれなかったりする。これもあるあるですね。目的にとって大事なのであれば、まずは自分が話すという手段が必要になってくるのだ。

◼️3章

・伝えるの中でもフィードバックに焦点をあてて書かれている。望ましい行動を称賛するからその行動が促進されるという考え。ネガティブフィードバックをするのではなく、10の望ましくない行為の中でも、たまに出てくる1の望ましい行為を、全力で称賛するということ。これは、「心理的安全性の作り方」の本の中で述べられる行動科学の考え方と類似している。
1の望ましい行為に対して「やっとできるようになったか」とか「こんなの当たり前だろ」ではなく。その人のbeforeと比較して、1の行為の例外に注目して称賛する。このフィードバックにより伸ばしていく。うん、これはやりたいですね。「やっとできるようになったか」と言ってまいそうなので、いや確実にいうので。

■4章

・聴くの重要性が声高に叫ばれている中、聴いていても埒があかない、聴くだけでは進展がない、聴いてばかりだとスピードが遅い、そんな現実的なマネージャーの苦悩に光を差す章
・PIマトリクスという考えが示されるが、これが秀逸。何度も見返して取り入れたい考え方だが、まあシンプルにいうと、日々のタスクの上手なやり方に対する言動や考え方に関しては、どんどん聞いて、ティーチングで指導するのがよかろうということ。その人の感情や信念レベルに関しては、聴くがよい。日々のタスクの話であっても、そのタスクに紐づく感情や価値観にまつわる話に入った時は聴くがいい。または感情や信念・価値観が色濃く反映される人生やキャリアといったテーマも大体は聴くがよい。そんな風に大枠を捉えておけばよいと思った。

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