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はじめての祖母のお迎え

 生家で過ごした最後の年だったと思う。ある日、私は祖母を母の実家まで迎えに行くこととなった。車を出せる者が他にいなかったからだ。

 母の実家は母の弟で長男である私の叔父が継いでいたが、年々アルツハイマーの症状が酷くなっていく祖母の面倒は叔父嫁が見ていて、それがついに限界に達したということだった。家をもらったとはいえ、他の兄弟が全く面倒を見ないのは不公平だということで、せめて週末は他の兄弟が祖母を預かることになったのだ。

 私の生家から母の実家までは車で三十分程度の距離にある。鉄道駅は無く、バスは一日に数本のみという、車がなければ難儀するような田舎の集落だ。新しく整備された国道間をつなぐ新道がなければもっと時間を要しただろう。

 車で向かいながら私は密かに緊張していた。祖父を戦争で亡くした祖母は、女手一つで母を含む三人の子供を育て上げた。男のように気が強く、近所でも有名な女傑であったという。それは彼女との思い出を探れば納得できた。孫だからといって遠慮せず、少しの粗相もしっかりと叱った。大人になってからも私にとって怖い人なのだった。

 新道を離れて田んぼの隣を通る古い村道に入り、トラクターと出くわしませんようにと祈りながら農道へハンドルを切って少し走れば母の実家に辿り着く。

 土曜日の午前中だったからか、叔父夫婦が迎えてくれた。叔父は終始、面倒をかけて申し訳ないというふうだったが叔母は頑なな態度で、記憶の中にある祖母のように表情は厳しく、私は責められているように感じた。彼女に支えられて現れた祖母は記憶にあるより弱々しく、背中を丸めて、まるで借りられてきた猫のようで、私は少なからず衝撃を受けた。祖母と目が合った。彼女の瞳は私を認識していたように思ったが、とても違和感があったのを覚えている。その理由は後ほど知る。

 祖母を助手席に乗せて(叔父いわく、助手席でないと乗りたがらないらしい)シートベルトを締めた。叔父は最後まで申し訳なさそうに言った。「でも浩くんが来てくれて良かったみたいだ。母さんがこんなにおとなしく言う事聞くなんて、このところ滅多に無かったんだよ」

 確かに、祖母は驚くほどおとなしかった。何を言っても「はい」と返事をして従った。まるで生徒に接する先生にでもなったような気分だった。私のことを忘れてしまっていて、他人行儀に接しているのだろう、とその時は思っていた。

 庭で車をUターンさせ、畑の細かい土でまだらに染まった農道へ出る。ひび割れた村道を抜け、平らな新道に乗れば一安心できた。真新しい灰色の道が、緑色の田舎の風景を切り裂いている。祖母はずっと黙っていたが、信号で停止すると口を開いた。「あの車は、どうしたのでしょうね」

 祖母の視線を追うと、道路脇の雑草生い茂る空き地に半ば朽ちた車があった。タイヤはなくなり、車体は錆に侵食されている。ボンネットが開いているのでその中が無事ということもなかろう。「誰かが放置したのでしょう。捨てるにもお金がかかりますから。土地の持ち主は迷惑に思っているでしょうね」

 祖母は「そうですか」と言った。車は再び走り出す。自分の好きな音楽をかけるのも気が引けるし、ラジオが好きかどうかもわからなかったので、車内はただ走行音だけがゴーと微かに響いているのみだ。ふいに祖母が言った。「また車が」走行中なのでちらりと横目で確認する。先程よりはましな状態だったが、確かに放置自動車だった。「無責任な人もいるもんですねぇ」と私は適当な相槌を打った。実際、この新道沿いには自動車のみならずバイクやらタイヤやら家電やらが不法投棄されて雑草に埋もれているから珍しいものではない。

 信号で停まった。何気なく祖母の横顔を見ると、はっきりと恐怖に青ざめていた。私は慌てた。「おばあちゃん、大丈夫?」

 祖母は不安げに外を見ながら、「あと、どれくらいで着きますか」と問う。もう生家のある市内に入っていた。「十分くらい。車に酔った?」祖母は何も答えず、私の顔をじっと見返した。はじめて見る表情。祖母に限らず、そのように見つめられたことは一度も無かったから、何を意味しているのかわからなかった。全てを私に委ねているような、すがりつくような瞳。

「もうすぐだけど、気分が悪くなったら言ってください。どこかで休憩しますから」動揺しながら私はシフトレバーを入れて車を発進させた。

 結局そのまま私の生家に到着した。「着きましたよ」というと祖母はきょとんとして、車から下りようとしなかった。手が必要だと思ったので母を呼びに行き、家の中へ案内してもらって、私は車を車庫に入れた。

 祖母の様子がおかしかったことは母に話したが、その理由は後日、夕食の席で母の口から笑い話として語られた。祖母は、私を祖父と勘違いしていたのだという。ついにお迎えに来たのだと思っていたらしい。「今は車であの世に行く時代なんだ、と思ったんだって」と母は笑った。「道端の壊れた車を見て、たどり着けないとああなってしまうんだと思ったら怖くなっちゃったって。そんな子供みたいなこと考えるんだねぇ」

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