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episode2:沈黙-Silence-

「久々に、三時間近い映画を見てね、気怠い気分だよ〜」
「そうは見えないけどな」
「あはは〜。それでさ、『沈黙』って映画を見たんだよ」
「……ハンニバル・レクターのやつ?」
「それは『羊たちの沈黙』ね。ボケがわかりやすいようでわかりにくいな」
「ボケたことにするな。それで、どんな話だったんだ?」
速水が珈琲を差し出すと、日野はそれをグイッと半分ほど飲み干して口を拭いた。そして、考え考えに話し始める。
「原作は日本人が書いてるんだけどね、宗教と人間の繋がりの話だよ。ほら、日本史とかでやったでしょ。キリスト教の布教と、禁教令とかなんとかってやつ。あの時代が舞台なんだ。ハリウッド映画にしては、しっかりと日本が舞台として打ち出されてたなぁ」
「キリスト教の話ね……難しそうだな」
速水が眉を寄せると、日野は苦笑いしながら頬杖をついた。
「ま、簡単じゃないね。でも、簡潔に表すとすれば……」
「すれば?」
「純粋で傲慢な信仰心がもたらした、人間らしい始まりと終わり。って感じかなぁ」
日野は、マドラーで珈琲をかき混ぜながら、のんびりとそう言った。その表現に、自分でもしっくりきているようなきていないような、なんとも言えない表情だった。
皿洗いの手を止めて、速水は日野をじっと見つめる。意味深長な要約に、少しだけ映画のことが気になった。
「日本へ布教に渡った神父フェレイラからの連絡が途絶えた、ってところから話は始まるんだ。偉い人に、フェレイラが棄教したって伝えられても、彼の弟子だった2人は信じられない。だから、日本に行って確認することにした。そこでマカオにいた日本人のキチジローの手を借りて、ナントカ村に辿り着く。そこを拠点に、フェレイラを探すことにするんだ。そのナントカ村では、キリスト教徒の日本人たちがこっそりと神への祈りを捧げていたってわけ」
「……ナントカ村ってのが気になるんだが」
「ド忘れしたんだよ……えっとね……トモダチ村じゃなくて……トモエ……トモミ……トモコ……トモキ……あっ、トモギ村!」
「トモギ村ね、それで?」
「なんだっけ……弟子2人は、ロドリゴとガルペって言うんだけど。2人は、所謂隠れキリシタンの村人たちの懺悔を聞いたり、祈りを捧げたりしてあげるんだ。そのうち、キチジローの故郷の五島だったっけ……そこにも隠れキリシタンがいるから祈って欲しいって頼まれて、ガルペが行くことにする。もちろん、フェレイラの捜索も忘れてはいない。難航してるけどね。ロドリゴは、トモギ村で神父としての活動を続ける。でも、まぁそんな上手くことは運ばないんだ。お奉行さんみたいな人が、トモギ村にキリスト教が残ってるっていうことで調べに来る。あの時代だから、踏み絵とかさせられるんだけど……それができない人がいて、結局殺されちゃうんだ。ロドリゴも、捕まる。そして、キリスト教徒たちが拷問されたり殺されたりするのを目の当たりにすることになる」
静かに語られるあらすじに、速水は苦い顔をした。歴史で習った気はするが、映画になるとかなり凄惨なシーンが多くなるのではなかろうか。
日野は、ずっと水を飲むとまた話し始める。
「毎日毎日、悲鳴やら命乞いやら怒号やらを聞くうちに、ロドリゴは憔悴する。でも、絶対に神を裏切らないと固く信仰を守り続けるんだ。ただ、信者たちの苦しみを見て、何故神はこの惨劇に沈黙したままなのかと悩むことにもなる。さて、そんな葛藤の中でロドリゴは最後に何を見出すのか。ネタバレしたくないから、ざっとこんな感じね」
「なんか重たそうな映画だな」
「宗教や歴史が絡めば、そんなもんさ。ただ僕は信仰だとか宗教だとかにはズブの素人だからねぇ。一人の人間の半生、としてそこそこラフに楽しんだよ」
「ふぅん……そういや、さっき信仰心がどうとか人間らしさがどうとか言ってたろ。あれ、どういうこと?」
速水が問い掛けると、日野は曖昧に笑って視線をさ迷わせた。
「うーん……なんていうのかなぁ、ロドリゴはね、すごく信心深くて純粋な人間なんだ。バックボーンは分からないけど、なんにせよ神やキリストに対して強い思いを抱いて生きてる。だからこそ、すごく傲慢でね。自分の信じたものが、他人さえ救うと信じて疑わない。葛藤するのも、そのせいさ。己と違う価値観、ものの見え方捉え方、生き方をする人間を受け入れることが難しいんだ。もちろん、嫌な奴じゃない。彼は清らかな心で他人を救いたいと願ってる。でも敢えて言うなら、それが彼の罪だね」
「……純粋さが罪、ね。ロドリゴが聞いたら複雑な顔しそうだな」
「あははは。穢れを知ることも時には必要ってことなのかなぁ。ある意味、自己中心的に人に手を差し伸べて救いを与えようとする姿は、なんていうか……うん、すごく人間的だった。優しくて強い、そのせいで脆くて弱い。まぁ少なくとも、彼や信者たちにとって、神や信仰は何にも代えがたい大切なものだったんだと思うよ。時代背景や育った環境も、影響してるんだろうねぇ。辛い時に縋れるものには、どうしても依存するよ。それに心が満たされたのなら、命を懸ける価値を見出すのも当然だろうね」
「単なる宗教じゃなく、自分の一部?」
「そう、それ。俺にはイマイチわからない感覚だけど……あの登場人物たちには、やっぱり心を打たれたよ」
そう言ってチュッパチャプスを咥えた日野は、どこか憂い気に笑った。

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