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氷の街と子ども

つい数日前までは、完璧に整備された普通の道路を駆け回っていた。今じゃ、数億年くらい前の出来事っぽく感じるが、実際たかが数日。
目を閉じなくても、ちゃんと憶えてる。
学校を仮病で早退した日なんかは、路地裏に入り込んで猫の後を追い掛けた。たまぁに、駄菓子屋の婆ちゃんの目を盗んで飴をちょろまかしたりもしたかも。バレなきゃ、なんだってアリだ。
──しかしじゃあ、今は?
そう、様相が変わった。丸っきり、丸ごと、百八十度、天と地ほど。
原因は? 川上にある、無駄に巨大で仰々しい工場が警報を出したから。
実験中の何かが工事から垂れ流されたせいで、一晩のうちに辺り一帯氷まみれ。何から何まで、ぜぇんぶ。
停めてあった車、建物、街頭、ガードレール、それ以外。あぁ勿論、道路は自然のスケートリンクと化した。
タダで遊びたい放題だ。
残念なことといえば、スケート靴を持っていないことだけ。スニーカーじゃ真っ直ぐに滑りづらい!
とまぁ、そんな、氷河期の再来のような調子だが……
「この氷、どれくらいもつかな?」
「知るかよ、専門家じゃねぇんだ。でもそうだな、今年はクソ暑いし、何日かしたら溶けちまうんじゃねぇの?」
「希望持てよ、こんだけ凍りついてんだぜ? 一週間は溶けやしねぇさ」
この馬鹿たちとスケートの真似事、は楽しいもんだ。
街が凍り付いて、大人子ども、みんな家に閉じこもった。危ないだのなんだの、品行方正な良い子チャンたち──物分りのいいガキと頭の固い大人のことだ──はヤドカリ。危険を避けて、あっためた家の中で氷が溶けるのをじっと待っている。
だから街は見渡す限り、闃として広い。
人間が消えるだけで、煩雑な街も荒野のようにだだっ広いゲームの世界らしく見えるものだ。もしかして、実はこの世界自体存在しない、数字の上のものだったりして?
進化論とか、泥から産み出されたとか、そんな説よりよっぽど面白い。
「なぁこの車、社会の"八つ橋"のだ。へばりついて固まってら」
「うわ、マジだ。相変わらずだっせぇ車」
「公務員って案外儲かんねぇのな。八つ橋が趣味悪ぃだけ?」
「はい、後者。服見たらわかんだろ」
「花柄ネクタイはナシだよな」
……意外なかたちで学校教師の家を特定できた。嫌なもんだ、案外近くに住んでるらしい。近所のスーパーで俺の親と鉢合わせして……なんて考え出したら鳥肌が立つ。
何処かに引っ越してもらいたいものだ。氷が溶けたら早急に。
「……あ、おい見ろよアレ。あの坂、今ならすげぇスピードで降りれんじゃん?」
「超特急で死ぬ気かよ、どうぞどうぞ」
「今ならいける気がすんだよ。どうせ誰もいやしねぇんだし、なんかあったら尻もちつけば死なねぇって!」
「誰から行く?」
「もち、俺から。見てろよ。────ふぉ〜〜〜ふぅ〜〜〜っ!!」
馬鹿一号の背中がみるみる小さくなっていく。羽を広げる、って言葉が人間の形になっただけみたいな奴だ。阿呆って言葉の方が合ってるか?
──いや、馬鹿で阿呆で、だから楽しい。でなけりゃ、子どもでいる意味は無い。まったく、氷の世界は最高だ!
「彼奴死んだな」
「止まる気ねぇじゃん」
「次、俺!」
……あぁそうだ、俺もたいがい似たようなもんだよ。子どもなんだし、馬鹿で阿呆で、それで丁度いいんだ。
なんたって、クソガキが浴びる風はこんなに冷たくて気持ちいいんだから。

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