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【掌編】『変な朝』

なんでこうなってるのかわからなかった。

変な朝だった。

目覚めの直後、ハッとしたのは薄ぼんやりした意識で見上げた天井が、いつもと違っていたからだ。それが自分の部屋ではなくリビングルームの照明なのだと理解するまでに少しばかりの時間が必要だった。

そして左腕は誰かの体の上にある。さすがにすぐにあなただと気づいた。
同じクッションに乗っている頭を少し持ち上げて顔を見る。

自分のマンションで今、恋人と一緒に毛布に包まっている状況をやっと理解できた。

左手で自分のこめかみを掴むようにして両目を覆う。仰向けになり、そのまま擦るようにして額から頭まで移動させる。欠伸をしながらゆっくり髪をかき上げた。

なんでこうなってるのか。思い出そうとするけど、まだ眠気が勝っているようで思考がまとまらない。

左手を彼の胸に降ろす。首筋に沿って摩るように手を伸ばし右頬をちょっと揉んでみる。

ようやく稼働を始めた頭が昨夜の出来事を思い出す。

リビングルームで酔い潰れて眠っていた彼に毛布をかけたのは私だった。

突然、お兄ちゃんがうちのマンションに彼を連れて帰って来た。
そして一升瓶酒を開けると二人で飲み始めた。
駅のガード下でしこたま飲んできたはずなのに。

卒業研究の仕上げに入りそれどころじゃ無い私は二人を放っておいた。兄妹二人暮らしで仲が悪いわけじゃない。
二人ともお酒に強い事を知っているからそれほど心配はしなかった。

夜半すぎに静かになったリビングルームを覗いてみると、もう一升瓶は空になっていた。お兄ちゃんは自分の部屋に戻りベッドに潜り込んだらしい。

彼は一人取り残されて眠っていた。

お兄ちゃんと大学の同期の彼は麻雀だったりお酒を一緒に飲んだりした後に、何度かここに泊まったことがある。

でも、私と付き合い出してからうちに泊まるのは初めてだ。
なんか、言葉にするのは難しいけれど変な気持ちになる。つい二日前に彼のアパートにお泊りしてきたばかりなのだ。

自分の部屋にいても会話は断片的に聞こえてきた。なんとなくわかったが、お兄ちゃんにしてみれば身内になるかも知れないこの男にこれからどうする気なのか聞き出したかったらしい。

いつも、お兄ちゃんには彼との将来なんてまだ全然考えてないって言ってる。本当は意識しまくりなくせにごまかしている。
まじめにこんな事を考えている自分にちょっとびっくりした。

私にわかっていることは、彼はそれがほんの些細な事だったとしても私に押し付けるような人じゃないってことだ。
そして、どんな結果になろうとそれを受け入れようとしてくれる。

順序が逆だよね。
彼は私と知り合う前に、もうお兄ちゃんとは仲の良い友人だった。
普通は私と彼が納得した後で、初めてお互いの家族に紹介するものなのに。

そうだったら多分、緊張しただろうな。そんなことを坦々と考えながら右手で頬杖を突くようにして彼の顔を眺めていた。

昨夜の記憶はやけに鮮明に蘇り、そこで途切れた。

とにかく、おはよう。
もしかすると家族になるかもしれない人。

もしかするって何?

やっぱり、変な朝だった。

 
 


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