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面積が四国とほぼ同じの小国ウェールズがどうやってサッカーを発展させているか

ウェールズの面接は20,760㎡で四国ほどの広さしかありません。また国の人口も3,230,490人と静岡県の人口よりも少ないです。そんな『小さな国ウェールズ』ですが、イタリアやスウェーデンが姿を消した厳しいヨーロッパ予選を勝ち抜き、2022カタールW杯の出場権を獲得しました。

先日、日本サッカー協会(JFA)が発表した『Japan's Way』についての資料にも、ウェールズサッカー協会(FAW)が取り組んでいる『Welsh Way』が登場しており、『Japan's Way』を策定する際に参考にしていました。

THE WELSH WAYと書かれている画像がウェールズのナショナルシラバスの表紙です。

ウェールズサッカー協会のテクニカルダイレクターであるDavid AdamsさんのTwitterでも日本サッカー協会がJapan's Wayを策定するにあたり、小野剛さんがウェールズに訪問した時の様子が紹介されていました。

下記の記事で『Welsh Way』を紹介しているので是非そちらも合わせてご覧下さい。

話を元に戻しますが、人よりも羊の数の方が多いようなウェールズでどうやってサッカーを発展させているかについてまとめていきたいと思います。


『Welsh Way』の浸透

ウェールズサッカーの発展には『Welsh Way』を切り離すことはできないと思います。Welsh Wayとはウェールズ人に最適なゲームモデルであり、国として一貫した育成をするためにFAWが策定しました。

私はこれまでウェールズリーグに所属する2つのクラブのアカデミーを指導・分析してきましたが、どちらのクラブもWelsh Wayに基づいてチームのサッカースタイルを構築し、練習メニューもゲームモデルから逆算して計画して行っていました。アナリストインターンとして働かせていただいるウェールズ代表U-12でもWelsh Wayを選手に理解、浸透させるところからスタートし、練習でも実際にプレー原則をベースとしたプログラムが用意されています。

とにかくウェールズ国内のほとんどのクラブがWelsh Wayをベースにチームのスタイルを構築しているので、Welsh Wayを理解していないと仕事にならないレベルです。それだけ国全体にFAWの方針が浸透していることは驚きでした。

一方で日本では各クラブでそれぞれのサッカー観があり、各クラブ独自の方針のもと育成を行なっていると思います。指導者ライセンスの講習会ではJapan's Wayの理解、浸透を図っていると思いますが、それぞれの指導者が自分のクラブに戻って時にJapan's Wayに則って指導している方はどれだけいるでしょうか。各指導者や各クラブの信念のもと指導が行われていることが多いと思います。日本全体の足並みを揃えるためにも、先日新たに発表された『Japan's Way』を読んで日本が今後どういった目標を掲げて、どのように進んでいこうとしているの理解しておくことは大切だと思います。

しかしながら、ウェールズと日本では国の規模やサッカーにおける価値観が違うのでどちらの国のやり方が良いとか正しいとかと言う話ではありません。人口の多い日本と人口の少ないウェールズが同じことをしてもしょうがないですし、国の文化も違うので、各国にあった施策をすることが国としての強化に繋がると思います。

人口が少ないウェールズという国が世界と対等に渡り合うために取り組んでいることが、育成年代から一貫して1つのゲームモデルを導入をすることで国全体の方向性を揃えることです。そして、その取り組みが今のところは結果が出ていて、ウェールズ代表の強化に繋がっているという事実があると思います。


飼い殺しにならないFAWの施策

・全員が試合に関われる環境作り

ウェールズでは育成年代では1学年あたりの選手の人数が決められています。U-7〜U-16までの育成年代においては各学年で所属できる人数が16人までと決められています。これは11人制の試合の場合、先発で出る選手が11人でベンチ入りする選手が5人となります。ですので、全ての選手が試合に関わることができるようになっています。

日本ではベンチ入りできる人数は決まっていますが、チームに所属できる人数は決められていません。Jクラブでは1学年で50人以上所属しているチームもあり、そうするとどうしても試合に関われずにチームを退団するケースも多々あります。

ですが、これも日本はサッカー人口も多く、サッカーで上り詰めようと思った時には競争率が高いことは避けられません。その競争率に負けずに芽が出た選手がプロの舞台で輝けるとも考えることができます。

しっかりとダイヤモンドの原石が埋もれないように人数を取り締まるか、埋もれる芽はそれまでだったと考えるかはそれぞれの価値観だと思います。ただウェールズは元々人口が少ない国なので少しでも才能が埋もれないような工夫をしていると言えます。

・流動性のある移籍市場

ウェールズでは約半年に1回移籍期間が設けられています。プレシーズンに1回と年明けに1回移籍期間があり、その期間中にクラブは選手の移籍させることができます。

基本的に移籍期間に各クラブでトライアルが行われ、そのトライアルに参加した選手の中で加入する意思のある選手をチームに補強することができます。またそのトライアルで同時に現在クラブに所属している選手も同様にテストされます。各学年最大で16人まで選手を保有できますが、もし既に16人の選手を保有していて、新たに補強する場合には現所属の選手を放出しなければいけません。その結果、この移籍期間で選手の加入と放出が行われるのでウェールズ内ではとても流動的に選手が移籍します。

ステップアップを狙って違うクラブのトライアルを受けるも良しとされています。また、選手にとってチームが合わないやチームに馴染めない、チームのレベルが高すぎるなどの理由でクラブを退団することもできます。全ての選手がこの期間はトライアルにかけられるので健全な競争が生まれます。

前期戦った時にはボコボコに大勝した相手と後期に試合する際に補強が上手くいき全然違うチームになっているということもザラにあります。

日本ではシーズン中、あるいは中学生や高校生の3年間にチームを変えることはあまり好まれない風潮があると思います。実際に「クラブチームから高体連に移籍した場合には一定期間出場できない」というルールもありますし、ライバルチーム間の移籍はタブーとされている背景があると思います。

日本はチーム内での競争が激しいのに対し、ウェールズは国全体で競争が起きるような仕組みになっているという違いがあると思います。

・スモールサイドゲームの活用

ウェールズでは1試合あたりにおけるプレイ機会の確保と、子どもの成長に適したピッチサイズにするために、試合の形式が各年代によって変化します。『スモールサイドゲーム』と呼ばれる試合の規模(ピッチサイズやプレイヤー人数)を縮小した試合の形式がウェールズでは採用されています。

ウェールズのスモールサイドゲーム
・U-7〜U-8: 5人制、30ヤード×20ヤード
・U-8〜U-9: 6人制、40ヤード×30ヤード
・U-9〜U-10: 7人制、50ヤード×40ヤード
・U-10〜U-11: 8人制、66ヤード×44ヤード
・U-11〜U-12: 9人制、66ヤード×44ヤード
・U-13以上: 11人制、正規サイズ

上記のように細かく人数が決められています。しかし、ファンデーションフェーズ(U-11〜U-12以下のカテゴリー)では柔軟に人数を変えることができるので、試合当日のプレイヤーの人数によって、対戦相手のコーチと相談して何人制にするかを調整することができます。

FAWのナショナルシラバスで各年代がどのようなフェーズなのか明確に記されています。

Japan's Wayの冊子にも推奨ゲームとして各年代にあったスモールサイドゲームを行うことが推奨されていました。

JFA: Japan's Way 2022

日本ではまだ各年代ごとのスモールサイドゲームを公式フォーマットにしている都道府県(もしくは市町村)のサッカー協会が少ないと思うので、小学1年生が8人制でプレイしていたりしますが、今後はより細かくスモールサイドが活用されていくのではないかと思います。


田舎×文化

ウェールズは山々に囲まれていて一言で表すと『田舎』です。冒頭でお話ししたようにウェールズは人よりも羊の数が多いですし、道路を運転していればその他にも牛や馬などよく見かけます。そんな田舎のウェールズですが、『サッカー』が愛されて文化として根付きやすい環境なことがウェールズのサッカーの発展を支えているかもしれません。

どこでもボールを蹴れる環境

ウェールズは田舎ゆえにサッカーグラウンドを作るだけの土地が有り余っています。大体1つの町には最低でも1つはサッカーグラウンドがあり、デレもが自由に使えるサッカーグラウンドがあります。またこういった誰もが使えるサッカーグラウンドとは別に、地元のサッカークラブが所有するサッカースタジアムがあるのが驚きです。

自由に使えるサッカーグラウンド
私が住んでいるところから一番近いサッカーグラウンド(自由に利用可)
サウスウェールズ大学の人工芝ピッチ(Pontipridd
Unitedのホームスタジアムとしても使っています。)
アウェイゲームで行ったローカルなサッカーグラウンド
昨シーズン私が分析官として働かせていただいたBarry Town United(ウェールズ2部)のホームスタジアム
イングランド7部に所属するクラブのスタジアム
Briton Ferry(ウェールズ2部)のホームスタジアム
Cambryan Celtic(ウェールズ2部)のホームスタジアム

ウェールズでは本当にボールを蹴る場所には困らないので放課後に友達とサッカーに向かう子どもたちをよく見かけます。逆に日本では誰もが自由にサッカーができる場所の確保が難しくなっています。特に首都圏では公園ですらサッカーを禁止しているところも少なくないので、ボールを蹴れる環境が限られています。

下の記事で日本のサッカー文化の現状について詳しくまとめているので興味がある方は合わせて読んでみてください。


ウェールズでの娯楽

日本では娯楽施設が非常に整っていると思います。東京で言えば、ゲームセンター、映画館、水族館、動物園、プール、温泉、ショッピングモールなど様々な場所があります。しかし、ウェールズではこれらが施設の多くが車や電車の移動が必要でサクッと気軽に出かけることが難しいです。特に車が運転できない年代にとっては、近場で遊びにいくしかないので、自然と遊ぶ場所が近所の大きな公園やサッカーグラウンドになっています。

そうして、サッカーが彼らの生活の一部として定着するので週末には地元のチームのスタジアムに足を運び、観客席でビールやコーヒーを飲みながら地元の知人とサッカーの試合を楽しみます。ウェールズではサッカー観戦時にはビールやコーヒーなどの飲み物マストなアイテムです。アウェイゲームに行った際に試合前に監督に「Gyoは何飲む?」と当たり前のように聞いてきて、併設のカフェでスタッフ全員分のコーヒーを買って配っていたのが印象的でした。ですので、どんなにローカルなサッカースタジアムだとしても、必ずと言っていいほどパブやカフェが併設されていて、お客さんはサッカーを軸に地域のコミュニティを楽しむという文化が根付いています。

私が住んでいる場所がカーディフから車で20分ほどの場所なので、チャンピオンシップ(イングランド2部)に所属するCardiff Cityの試合がある日にはCardiff Cityのユニフォームを着た人が多く見かけますし、ウェールズ代表の試合がある日にはそれは一大イベントでウェールズ代表のユニフォームを着た人で町は溢れています。

代表戦がある日は町が赤くなります。

長い年月をかけてサッカーが生活の一部として、文化として定着してきたウェールズですが、今年は64年ぶりにカタールW杯出場が決まり、より一層サッカー人気が高まっています。

コミュニティを大事にするウェールズ人

先ほども少しお話をしましたが、ウェールズの人々はとてもコミュニティを大切にしています。近所の人との繋がりであったり、その地域のイベントには積極的に参加します。サッカーも例外ではありません。グラスルーツサッカーはコミュニティを形成する役割も担っていて、週末には近所のサッカーグラウンドで試合を行います。

どのくらいグラスルーツでのサッカーを大事にしているかというと、アカデミーの試合とグラスルーツの試合が被ってしまった際に、グラスルーツでの試合を優先する親子が一定数いることです。これは私がアカデミーでコーチをしていて衝撃的なことでした。日本で例えるとJ下部の試合と地元の少年サッカーの試合が被った時に地元の少年サッカーを選ぶような感覚です(そもそも日本では二重登録ができませんが…)。

グラスルーツサッカーでは自由にチームに入ることができるので、友達や気心知れた子どもたちと一緒にプレイすることができます。親御さんにとっても仲のいい親御さん同士で集まれる場となっているので、グラスルーツサッカーを通じてコミュニティを築いています。グラスルーツサッカーを通じて人と会うことができる、コミュニティを楽しむことができるようになっている訳です。やはりサッカーがウェールズの文化と密接に関わっていることがわかります。


最後に


ここまで小さな国のウェールズがなぜW杯への切符。手にすることができたのかという点について自分なりに考察してみました。正直なところ、トップトップのレベルや環境は日本の方が秀でていると思います。ですが、下のレベルに行けばいくほどウェールズはサッカーができる環境とサッカー入門者への門の広い設計になっているのかなと感じました。

ウェールズは限られたリソースの中でよくここまでサッカーを発展させたと思います。逆に日本はリソースはあるものの、それをどう活用するからという部分で壁が多いように感じます。何度も言っていますが日本がウェールズのやり方をそっくりそのまま真似してもサッカーは発展していきません。日本には他にもサッカーを発展させるためにクリアしなければいけない要因を抱えているからです。ウェールズから学べることもあるとは思いますが、あくまで「良いとこ取り」に抑えておきたいところです。

先日、最新の『Japan's Way』が発表され、これまで私達の中で解釈があやふやだったJapan's Wayが以前よりもしっかり定義されました。良し悪しは置いといて、これによって「Japan's Wayってどうなの?」と議論することができるようになったと思います。私もJapan's Wayを読み進めて様々な考えや視点をもつことができました。ようやく日本サッカー界が共通の議題を持つことができるようになり始めたのではないかなと思います。皆さんも是非Japan's Wayを読んで良し悪しを含めて議論が進んでいくと、日本サッカーの方針が定まり、私達のJapan's Wayに磨きがかかると思います。

話が逸れましたがウェールズが群雄割拠のサッカー界で生き残っている理由についてまとめました。W杯ではイングランドと同グループとなりイギリスダービーを控えています。ぜひ日本のグループだけでなく、ウェールズのいるグループBにも注目してみて下さい。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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