見出し画像

「岩に託す手紙」・・・ゴールドラッシュの時代、善意で繋がる絆。旅で見つけた物語。


「岩に託す手紙」

アラスカがゴールドラッシュに沸いた時代。
スキャグウェイの港からは山奥の金鉱に向かう列車が出ていた。

しかし、船も列車も時間通りに来ることは少なかった。

そのため、列車に乗り損ねた鉱夫たちは、一晩、港の岩場で凍えて待つことも少なくなかった。
港の周りには、金鉱へ向かう線路のほかには何も無かったのだ。

「ちくしょう。あののんびり船長め。
いくら船の安全が大事でもゆっくり過ぎるぜ。
列車が行っちまった後に着いちまったら、意味ねえだろうがよ」

ジャックは、列車に乗り損ねた他の鉱夫たちに混じって毒づいた。
明朝、列車が来るまで、岩の上で夜を明かさざるを得ないからだ。

ベッド代わりにしようと思った大岩の上に腰を下ろしたジャックは、
そこに手紙が一通置かれていることに気が付いた。

見ると、金鉱で働く鉱夫から、故郷で待つ妻に宛てたものらしい。

「手紙の乗り損ねか、船長の野郎、少しは確認しろよ」

この時代には、今のような郵便のシステムは無い、
船と郵便列車が行き違いになると、
人でさえ置いていかれるのだ、手紙のことなど気にする者などいなかった。

ジャックは、宛先の住所を見た。自分の故郷ボストンからだった。

「手紙が届かなかったら、ボストンの女房は何ヶ月も待ち続けているんだろうな」

穏やかな波間に映る月だけが
黒い闇のような入り江で明るく輝いていた。

男は、思い立ったように立ち上がり、持っていたノミで、
港の岩に、船からも目立つように、ボストン行きの船の名前とマークを刻んだ。

そして、残されていた手紙を重しになる石と一緒に置いた。

「何をやっているんだろう。
こんな岩場の落書きに目を留めてくれるかどうかわからないぞ」

そんな自嘲的な言葉が口を突いて出たが、
ジャックはなぜか希望を感じていた。

金を見つける確証も無いのに、故郷を旅立ってきた自分の身の上が
手紙に重なって思えたのだ。

翌日、今度はカナダからの船が到着するのに合わせて、列車が到着し、
ジャックも共に金鉱に向かった。

数日後、ボストンからの船が再び入港した。

港の岩に刻まれたマークに気付いた船乗りは、
そこにある手紙を拾い上げ、ボストンまで届けた。

この話が伝わると、岩場に船の名を書く者が増えていった。


現代もスキャグウェイ港の岩には、
寄港する船会社のマークが刻まれている。

小さな行き違いで運命は揺れ動く。
しかし、どんな困難にも乗り越える道が残されている。

              おわり

スキャグウェイの港は、今は大型のクルーズ客船の港になっています。
港の岩には、ペンキで、許可をもらったクルーズ船会社のマークや名前が書かれています。

この話の元になっている「ホワイト・パス・アンド・ユーコン鉄道」は、
現在では夏季のみ観光目的で運行されています。
ゴールドラッシュに沸いた山の中に残るクロンダイク金鉱の跡地には、
記念の公園があり丸太切りのショーや砂金取り体験などが出来ます。
1897年から1898年に掛けて、スキャグウェイは無法の町であり、その様子は
ノースウェスト騎馬警官の一人が「この世の地獄と変わらない」と表現したといわれています。
例えば、当時、ここには電報事務所があり、世界中のどこでも電報を送ると言って5ドルを徴収していました。さらに奥地に入る鉱夫たちが、故郷への電文を依頼しましたが、実はスキャグウェイには電報を送る設備が無かったのです。その事実を、鉱夫たちは何年も先になって知ったそうです。

そんな詐欺が横行する中、港に置いた手紙が届くのは、
船乗りの善意にゆだねられ、多くの場合果たされたと言われています。


#朗読 #スキャグウェイ #ゴールドラッシュ #恐怖 #船 #不思議 #小説 #クルーズ #ショートショート #旅 #信頼 #アラスカ #男 #命がけ #家族 #手紙 #旅 #スキしてみて #列車 #金鉱

この記事が参加している募集

スキしてみて

ありがとうございます。はげみになります。そしてサポートして頂いたお金は、新作の取材のサポートなどに使わせていただきます。新作をお楽しみにしていてください。よろしくお願いします。