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「ネコという女」・・・怪談。旅先で、隣に座った女は。


『ネコという女』

「ねえ。あなた名前は?」

「ケン」

俺はとっさに嘘を言った。
旅先で知り合った一夜だけの女に本当の事を言う必要はない。
女も同じ考えのようだ。

「アタシはネコ」

ネコは、布団の中で自分の足を俺のそれに重ね、頭を俺の肩に預けてきた。

あの時もそうだった。
下鴨神社へ向かうバスの中で、ネコは俺の隣の席に座った。
バスの揺れが気持ちよかったのだろう、大した時間も経たないうちに
ネコは俺の肩に頭を乗せて眠ってしまった。

席を立つときに、起こさないように肩を抜くのが難しく、
仕方なく声を掛けて目を覚まして貰った。

「ご迷惑をおかけてすみません。お詫びにお抹茶でも」

と言ってネコは俺を茶屋に誘った。

二人で鴨川べりを歩き、その後は・・・まあ、よくある旅で出会った男女の成れの果てだ。

ネコは顔を起こして俺の方を見つめ、何度目かの質問をした。

「ねえ。こんな風になるって思ってた?」

「ああ。初めて見た時からね」

今だけの女に、今だけの言葉を積み、今だけの愛を求めた夜だった。

翌朝、駅で女と別れた。
駅まで行ったのは、昨夜の名残りをいくらか惜しんでいたのかもしれない。だが不思議な事に、女を乗せた列車が、西へ向かって走り出した時、
喪失感とともに、どこかほっとした気持ちがあった。

「またね」とも「楽しかった」とも言わず、ずっと微笑んでいる女の姿に
少し違和感を感じていたからだ。

しかし、そんな事はすぐに仕事が忘れさせてくれた。
東京に戻る途中、本社の工場で事故が起きたという連絡を受けた俺は、
そのまま現場に直行し、泊まり込みで後始末に追われた。

疲れ果てた体を引きずって自分のアパートに戻ったのは、4日後だった。
ずっと空いていた隣室に明かりが灯っていた。

「新しい入居者が決まったのか」

と呟きながら、俺は自室のドアを開けようと鍵を差し込んだが、回らなかった。

「おかしいな」

何度やっても鍵が回らない。

ガチャガチャガチャ!

動かないドアノブと格闘している時、隣室のドアが開いた。

顔を出したのは、あの旅先で出会った女、ネコだった。

「どうしたんですか? 鍵が合わないんですか?」

ネコは、そう言うと右手を俺の方に向けた。
その細い指に、見覚えのある鍵があった。

「こんにちは。隣に越してきたネコです。
よろしくね。ケン。いや、真人君かな。フフフ」

ネコは、別れ際に見せたのと同じ不気味な笑顔を俺に向けた。

          おわり


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