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「心が映る仕事」・・・アルバイトで向かった映画の撮影現場で体験したこと。


ラジオつくばで放送されたものに加筆修正したものです。

『心が映る仕事』 作 夢乃玉堂

映画に映る仕事には、台詞を話す俳優さんの他に、
エキストラというものがある。

俳優たちの後ろに写り込む通行人や
レストランのお客など、日常に存在する人々の役。
背景の一部として違和感なく馴染める人が重宝される。

つくば近郊にある美術学校で、映像を勉強していた麻田君は
学生課で見つけたエキストラの求人に応募してみた。

「本物の映画の仕事が見られて経験になるし、
運が良ければ、待ち時間に女優と話せるかも」

そんな淡い期待も抱いていた。

スタジオやカフェなどでの仕事が続いた後、
ある地方都市を舞台にした映画の募集があった。
有名な人情喜劇で、撮影場所は大学近くにある運動公園。
募集人数も多かったので
麻田君は写真学科に通う恋人の陽子を誘ってみた。

「え。あの笛木あゆみさんも出るの? やるやる」

陽子は主演女優のファンだったらしく、二つ返事でOKした。

撮影日は季節外れの真夏日。
でも映画の設定は秋なので、みんな長袖の衣装でスタンバイする。

「映画のロケって待ち時間が長いんだよね。
役者は待つのが仕事だって言う俳優もいるくらいなんだよ。
あ。田中さん、又よろしくお願いします。」

麻田君は、今までの現場で聞きかじった知識を
披露したり、顔なじみの助監督さんに挨拶したりして先輩風をふかした。
陽子の前で少し良い恰好をしたかったのだろう。

最初の撮影は主人公と女性エキストラだけの場面だった。

「じゃあ頑張ってね。緊張しないで、自然にやれば良いから」

麻田君はかつて自分に言われた言葉を言って彼女を送り出した。

エキストラの男性陣は、出番が来るまで
三々五々公園の中で休憩となる。
麻田君は、日よけになりそうな大きな木を見つけて
その根元に腰を下ろした。

すると、大木の陰から、会話する男たちの声が聞こえてきた。
どうやら、この映画のプロデューサーが
スタッフと話をしているようだ。

「矢野さん。昇進が決まったって聞きましたよ。
食べに行く寿司屋も、格段に高級になったって経理の人が噂してましたよ。
さすが人情喜劇の名プロデューサーですね」

「いやあ。それ程でもないけどね。
三ツ星の高級店とはいかなくても、 
もう、回転とかの下品な寿司は食べたくないよね」

それを聞いて麻田君は、カチンと来た。

エキストラを始める前に、回転寿司でアルバイトをしていたからだ。

そのすし屋は大手のチェーンではなく、
小さな個人経営のお店だった。
形式は回転寿司だけど、毎朝、店長が河岸で魚を仕入れ、
新鮮なネタを安く提供していたのだ。
店長は昼間、板場に立ち、夜は遅くまで店の掃除をして、少しだけ寝て
又朝早くから魚河岸に出かけていく。

「魚河岸に行くのは、目利きの腕を磨くためだから」

と言って、決して人任せにしない店長の気概を
麻田君は密かに尊敬していたのだ。

そんなお店を知っていたので、回転寿司を
一くくりに「下品」などと評価されるのは納得いかなかった。

『この人は、人情をテーマにした映画のプロデューサーじゃないのか。
そんな人がこんなひどい事を言うなんて・・・』

麻田君は義憤に燃えた。後先も考えずに立ち上がり大木を回り込んだ。

いきなり目の前に学生バイトが現れたくらいでは、
木に寄りかかっていた二人は気にも留めない。

『あんた失礼じゃないか。寿司屋には下品も上品も無いだろう!』

麻田君がそんな怒りを声に出そうとした時、

「男性エキストラの方々、お待たせしました。こちらに集合してください」

助監督さんの呼ぶ声が聞こえた。

行かなければ、でも言いたい。
麻田君は、どうしようかと迷ったが、
何も考えてなさそうなプロデューサーたちの顔を見ていると
自分の怒りを理解させるには時間がかかりそうだと思い、
助監督さんの方に向かった。

途中、木の下にいるプロデューサーたちを振り返りながら
遠目で睨んでみたけれども、若いエキストラの睨みなど、
ベテランのプロデューサーに届く訳も無かった。

「ちくしょう。」

帰りの電車の中で麻田君は、
陽子に自分が体験したことを伝えた。

「・・・という訳なんだけどさ。
俺バイトしてたすし屋の事思い出して、
撮影してる間、ずっと腹を立ててたんだよね。
映画作っている奴なんて、皆あんな感じなんだな。
せっかく出たけど、俺この映画観たくないや」

「あら。ずいぶん嫌な思いをしたのね」

陽子は宙を見つめ、思い出すように話した。

「私たちはね、主演の笛木あゆみさんとずっと芝生の上で
一緒だったんだけど、私みたいな今日しか会わないエキストラにも
『暑いですよね』って声かけてくれたわよ。
それでね、撮影が少し進んでくると、
『すいません。エキストラの方々、今映らないですよね。
次のシーンまで日陰で休んでもらって大丈夫ですか?』
ってスタッフさんに聞いてくれたの。
自分はこの先も暑い中で撮影するのによ。
ね、あゆみさん、いい人でしょ。」

「へえ。有名女優を下の名で呼ぶほど一日で親しくなったんだ。
そいつは良かったね」

言ってから麻田君は後悔した。
陽子にも笛木あゆみにも、厭味を言われるいわれはない。
懐の浅い自分が恥ずかしくなった。
陽子はそんな彼氏の気持ちを気にも留めず話を続けた。

「私が写真家を目指してるって言ったら、
いつか写真集を撮ってもらおうかしら、って言ってくれたの。
もちろん、お世辞なのはわかってるけど、嬉しかったわ」

天真爛漫に語る陽子が少し疎ましく思えた。

『麻田君が思うほど、悪い人ばかりじゃないわよ』

と言っているのは分かる。

でも素直になれなかった。

「君ならいつか成功して、本当にそうなるかもしれないさ」

麻田君は、彼女に軽口で答えて、その日は分かれた。
虚しく空回りする怒りが胸中にくすぶり続けていた。

数か月後、麻田君たちがエキストラ出演した映画が公開された。
麻田君は、陽子を誘わず、こっそり一人で観に行くことにした。
あの日以来、気軽に声を掛けづらくなっていたのだ。

映画館の席に座り、白いスクリーンを見ながら麻田君は独り言ちた。

「観たくないって言ったのに観たこと知ったら、陽子はどう思うかな。
でも、一緒に観て、あの時の事を思い出したら、
又八つ当たりしそうな気がするんだよな」

劇場が暗くなり、予告編に続いて本編が始まると
主演の笛木あゆみがすぐに登場した。

爽やかな笑顔、純粋で穢れの無い登場人物を演じている。

「きっとあの女優も映ってないところでは
人を馬鹿にしているに違いない」

麻田君はスクリーンの女優に不満をぶつけた。

続いてエキストラの出演する場面になった。

公園の中の道をあるく大勢の中に後ろ姿の麻田君がいた。
その背中が少し怒っているように思えた。
いかにも世を拗ねているという印象の若者がそこにいた。

『役者の気持ちや性格までフィルムは捉えてしまう。
だから映画は面白くて怖い』

麻田君は現場で聞きかじった言葉を思い出していた。

『待てよ。だとしたら、この女優は・・・』

いつの間にか、麻田君は主演女優から目が離せなくなった。
その一挙手一投足が、純粋さを伴って心にしみて来る。

気が付くと、麻田君はすっかり映画の中の人物に引き込まれていた。

主人公と一緒に生きているような気分になり、
次々と起こる不幸に驚き、慌て、怒った。

ラストシーンで全てが解決すると、思わず号泣してしまった。

泪でぼやけて見えるエンドクレジットの中に
あの偉そうなプロデューサーの名前があってももう怒りは感じなかった。

帰り道、麻田君は陽子に電話した。

「あら。ご無沙汰ね」

声が少し冷たかった。

「あのさ。二人でエキストラをやった映画、一緒に観に行かないか」

「え? 観たくないんじゃないの?」

「うん。気が変わったんだ。やっぱり映画って凄いよ」

一人で行った事は、いつか謝ろう。
素直に感動している瞬間を二人で楽しみたい。
麻田君は今、純粋にそれだけを願っていた。

それからさらに一年がたった頃、学生課の張り紙で、
同じ映画会社がエキストラを募集していることを知り、
麻田君は再び申し込みをした。
今度は彼女とのスケジュールが合わずひとりきりだった。

現場に入ると偶然、前回知り合った助監督さんがいた。

「田中さん。ご無沙汰してます」

「ああ、君か。また来たのかい。久しぶりだね」

同年代と言う事もあり、相手も良く覚えていてくれた。

少し世間話をした後で麻田君は
例のプロデューサーが今どうしているのか、さりげなく聞いてみた。
助監督の田中は少し考える風を見せて答えた。

「ああ。あの人ね。何かやらかして、どっか閑職に飛ばされたらしいよ」

そう聞いた時、麻田君の心の中に、
不思議と「ザマアミロ」という気持ちは生まれなかった。

それよりも、少し前に授業で聴いた「自浄作用」という言葉を思い出した。

『良い組織は、より良い環境を作り出す力を持っている。
その一つが、自浄効果だ。
問題のある人物、課題の残る作業などを
上手にクリアしていく組織、それがより良い物を作っていく。
集団で行動する時は最も大事なことだ。
誰の言葉でも大事にして、侮ったりせず、
働く者の小さな不満でさえ客に感じさせないようにしなければならない』

そんな内容だった。

正直、初めて聞いた時は、ただの理想論のように思えた。
でも、あの映画を観た時に受けた感動は、
もしかしたらそんな組織の体質がにじみ出ているのかもしれない、
そんな風に考えると、どこか腑に落ちるような気がする。

麻田君はその後、
卒業までエキストラのバイトを続けた。

おわり



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