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「罪と罰と罠」・・・怪談。子供たちに、お話をねだられたパパは。


「罪と罰と罠」 作  夢乃玉堂

「ねえ。パパ。裁判ゴッコしようよぉ」

リビングのソファーに座った健彦(たけひこ)にすがりつくようにして
娘たちが話かける。

私はちょっとほっこりした気分になった。
6歳になったばかりの双子の娘たちが
いっちょ前に法律用語を口にするのは何度見ても可愛いい。


「いいよ。トモちゃん、ノリちゃん。事件は何が良いかな」


「海坊主!」


「海坊主か。よ~し」


健彦が背筋を伸ばして座り直した。

「被告、海坊主は、ひしゃくを求めておきながら、
渡した船に海の水を汲み入れて船を沈めようとする。
器物破損と業務妨害は明らかであ~る」


「きぶつはそんであ~る」


「ぎょーむぼーがーい。キャハハハー」


妖怪を被告に見立てて夫が判決を下し、
娘たちが聞きかじった法律用語を付け加える。
それが我が家の裁判ゴッコ、妖怪裁判。


「次、つぎ~」


「被告、かまいたちは、何もないと思わせて
鎌で手足をパックリと切りつける。傷害罪は明らかであ~る」


「しょーがいざーい!」


健彦は裁判官になるのが夢だった。
念願の裁判所に勤めるようになって
毎日裁判の手続きなどで疲れている筈なのに、
娘たちにせがまれると、いつまでも裁判ごっこをしている。

そのボランティア精神を私にも向けてくれるとありがたいんだけどな。
そんな事を思いながら、私は流しに山積みになった食器を洗い続けた。


「次は、次は?」


「じゃあ。天井からぶら下がるアカナメ」


「アカナメ~」


「被告、アカナメは、浴室に現れて天井の垢を舐める家宅不法侵入である。
覗きと痴漢の現行犯であることも明らかであ~る」


「キャハハハー痴漢だって~」


え? そんな言葉まで? 将来に悪影響は無いのかしら。
いくらお遊びでも、ちょっと心配だな。

私の心配をよそに、裁判ごっこは順調に進んでいった。
しかし、ろくろ首が脅迫罪か威力業務妨害かで
判決が二転三転したあたりから、少し雲行きがおかしくなっていった。


「じゃあ。次はのっぺらぼう。目も鼻も口も無い妖怪」


「え~。鼻も口も見えなくて、お顔が分かんないのは一杯いるものぉ。
つまんな~い」


ノリコが傍にあった大人用のマスクを顔一杯に広げておどけて見せた。


「そうだよパパ。そんなの妖怪じゃない~。妖怪裁判にならないよ」


「う~ん。そうかぁ」


トモミに睨まれて、健彦は恐縮している。
確かにお店や駅ではマスクを着けるのがルールだ。
今の時代、のっぺらぼうは、妖怪のカテゴリーに入らないのかもしれない。

さて、健彦裁判官。これは中々厳しい展開になってきましたぞ。私は微笑みながら裁判ごっこの行方を見守った。

「じゃ、じゃあ。幽霊自動車はどう? 
誰も乗ってないのに勝手に車が走る」

「ダメ。そんなの、うちの車だって勝手に駐車するじゃ~ん」


そうだ。先月、自動運転対応の新車に買い替えたんだった。
AI搭載で、駐車や車庫入れは、ほぼ自動でやってくれる。
知らない人には、幽霊自動車に見えるかもしれないな。


「ねえ。他には?」


「うん。ちょっと待ってね」


珍しく健彦が追い詰められている。
顎に手を当てて、右斜め上を見上げて考えるのは、
判例を探している時によくやる癖だ。


『そろそろ限界かな。ここしばらく忙しかったし、
子守りから解放させてあげようかしら』


助け舟を出そうと、洗い立てのお皿を水切り台に戻した時だった。


「そうだ。雪山の妖怪は?」


「それ知らない初めて聞く」


「聞きたい聞きた~い」


ノリコが、嬉しそうに笑っている。
大丈夫かしら、と思ったけど、健彦は求められるまま話し続けている。


「そうだな。どうして今まで出てこなかったんだろう。
でもこの妖怪は本当にいるんだぞ。パパも見たことがあるんだ」


「え~本当?」


何を言い出すのやら。私は流しの水道を止めて耳をそばだてた。


「あれは、パパが高校一年の時かな。
東北との国ざかいにある山に、登山部の先輩たちと4人で登ったんだ。
雪解けのせせらぎがとても奇麗だったよ。
でもね。あと少しで頂上という所で、急に雪が降って来たんだよ」


「雪だ~い好き。雪だるま作る~ぅ」


ノリコが手を上げて明るく言い放つ。


「そうだね。雪景色は奇麗だもんね。でもその日は、立ってる人が
そのまま雪だるまになっちゃうくらいの大雪だったのさ。
パパたちは、近くの岩陰で吹雪をやり過ごそうとしたんだけど、
一向に止まなかった。
余りの寒さに、山に慣れている筈の先輩たちが次々に倒れて、
パパも頭がぼーっとしてきたんだ。そしたらね・・・」

もったいぶって間を取る健彦の顔を、
トモミは冷静に、そしてノリコは期待を込めた眼差しで見つめている。

「蓑を頭から被った着物姿の女の子が、吹雪の中を滑るように近づいて来たんだよ。あれはきっと雪ん子だな」

「雪ん子?」

「そう。雪山の妖怪、雪ん子さ。
その子は、倒れてるパパたちを見つけるとね、
ひとりずつ近づいてきて肩をポンポンって叩くんだ。
叩かれた先輩たちは、氷のように冷たく固まってしまう。
実は怖い妖怪なんだ。雪ん子は。


みんな冷たくなって、残るはパパだけになった。
真っ白い小さな手が近づいてきた時、パパは雪ん子と目が合ったんだ。
その瞳がキラキラ光る夜空の星のように輝いていた。


思わずパパは「奇麗だ」って言ったんだな。
雪ん子は一瞬戸惑ったような顔をして、パパの耳元で何かつぶやいた」


「何て言ったの?」


私は思い出してほしくて声を掛けた。


でも健彦は・・・。

「それが覚えてないんだよ。
聞かれたことに何となく頷いた気がするんだけど、
後は意識が無くなって、気が付いたら救助隊に助けられてた。
それからパパは、一生懸命勉強して裁判官を目指して
トモミやノリコと裁判ごっこをしているという訳さ。
さて、その時の罪はね・・・」


「個人情報保護法違反。現行犯だな」


トモミが、ひどく落ち着いた口調で呟いた。
それは、もう幼い娘の声では無かった。


「判事」


ノリコがトモミに向かって言った。


「只今ご覧いただいたように、この男は約束を破り、
雪山で起ったことを喋ってしまいました。厳罰を求めるものであります」


「弁護側、何か弁解する事はありますか」


トモミが私に問いかけてくる。


「いいえ。釈明の余地はありません」


「うむ。これより評決を行う」


トモミが小さな両手を目一杯広げてパチンと柏手を一つ打った。
暖かかったマンションの部屋が一瞬にして、あの吹雪の雪山に変わった。

青い顔をして呆然としている健彦に私は言った。


「言わないって約束したよね。なんで忘れちゃうの。
あんな簡単な罠に引っかかるなんて・・・」


私たち3人は、元の雪ん子の姿に戻っていた。
後悔の念が全身からにじみ出ている健彦に、トモミが判決を下していく。


「弁護側の提案により、被告健彦の未来検証実験を行った。
十数年分の人生を仮に体験させ、裁判官という被告人の夢を叶え、
かけがえのない家族を与えたにもかかわらず、
それらをすべて失う行為を行った。
つまり守秘義務を忘れ、雪山での出来事を語ってしまったのである。
これは重罪に値する。直ちに刑を執行せよ」


私は、その場にしゃがみ込んで震えている健彦の肩に右手を添えた。
人肌の暖かい感触が冷たい氷のそれに変わると、一粒涙がこぼれた。


昔、雪山の精がこんな事を言っていた。

『人間は暇になると、ろくなことをしない。
山を削り、川をせき止め、動物たちの住みかを奪う。

他の者たちを顧みず、何かを傷つけても
口先だけで誤魔化して平気でいるような人間には
いずれ大きな罰が当たるのだ』


吹雪は収まり、心地よい風が、山肌を通り抜けて行った。
顔を出した太陽の光を受けて、
氷になった健彦がキラキラと輝いていた。


             おわり


*小泉八雲の短編小説からインスパイアされた作品。
昨日ラヂオつくばで放送された朗読作品に、少し加筆したものです。



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