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「たそかれの橋」・・・本当にあった不思議な話。

22日に朗読会「言の葉だこっと」で読まれました私の短編「たそかれの橋」を掲載します。
この短編は、私の友人の御祖母さんが実際に体験されたことが元になっています。ある橋を舞台にしているのですが、その橋がどの辺りであるかを想像しながらお読みいただくのも良いかと思います。よろしくお願いします。

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「誰そ彼(たそかれ)の橋」 夢乃玉堂


この物語は、幼馴染の信子から聞いた彼女の祖母、松江さんの摩訶不思議な体験です。

 

それは、モボモガが闊歩していた昭和の初期のこと。

職業婦人である松江さんは、
毎日地下鉄で都心にある職場に通っていました。

駅から会社に続く道の途中に、明治初期に作られたという橋があり、
その橋の上には、いつも同じおこもさん、
今でいう物乞いが座っていたのです。 

松江さんは、そのおこもさんを見かけるたび、
いくばくかの施しをするのを習慣にしていました。

 

ある夏の日、松江さんは新しい洋服でも買おうと
友人と一緒に職場近くの百貨店を訪れました。

 

「紳士服のフロアにも寄って良いかしら?」 

お父さんに頼まれた品物を見るという女友達に付き合って
紳士用品売り場に入った松江さん、
とても自分では買えないような高級品を見ては、 

「あら、お父さんたら意外に高価なものを身に着けてるのね」 

と父親の経済力に感心して歩きまわりました。

 

すると、通路で目が合った紳士に、
すれ違いざま深々とお辞儀をされたのです。

反射的に松江さんもお辞儀を返したのですが、
その紳士の顔に見覚えがありません。

紳士は、贅沢な売り場の雰囲気に負けない、
品の良い背広を身にまとい、時計やカフス、
ネクタイも高級な品であることが見て取れます。

「ねえ。あちらの方、あなたのお知り合い?
ご挨拶されたんだけど・・・」

 友人に声を掛けて一緒に後ろを振り返ると
その紳士はまだ頭を下げたまま。

「いいえ。知らないわ。お店の方じゃないの?」

 「でも私たち、まだ何も買ってないわよ」

 「そうね。それに、あんなに深々とお辞儀するほどの上客には
見えないものね。フフフ」

 彼女の明るい笑顔に、松江さんもその場の出来事はすぐに忘れて
買い物を続けました。

  

日が少し傾きかけた頃、買い物を終えた二人は、
地下鉄の駅に向かいました。

歩きなれた橋の上を通りかかった時の事です。

「あら。いつもここにいる、おこもさんがいないわね」

 欄干脇の少し空虚な石畳を見た松江さんは、
施しをした時に見せるおこもさんの感謝の表情を思い出しました。

 その時彼女は、ハッと気づいたのです。

百貨店で深々と頭を下げてきた紳士こそ、
いつもここに座っている、おこもさんではありませんか。

「あっ あの人だ!」

松江さんが、後ろを振り返ると、天にも届くような背の高い百貨店が、
夕日に照らされてそびえ立っていました。

その後、松江さんは何度もその橋の上を通り、百貨店にも出かけましたが、おこもさんにも、紳士にも、二度と会うことは、叶わなかったといいます。

 
紳士がなぜおこもさんの恰好をして橋の上にいたのでしょう。

 好事家(こうずか)のお金持ちが、酔狂でおこもさんの風体を
真似していたのか、はたまた、本当のおこもさんが、
何らかの理由で数日のうちにお金持ちになったのか。

あるいはあるいは、身を隠し犯罪を追う、
名探偵の仮の姿であったのかもしれません。

もしかしたら、あなたの隣にいる人も
もう一つ別の顔をもっているかもしれませんよ。

 

おわり


*加筆再録


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