普通って何?といえば

やっぱりモラル。

なわけないか。。。

いえ。

結構マジなんだけども。。。

あたかもゴール分かっているかのような人たちってなんかウソくさい。

ゴールを設定してそれに向かって生きて行く。。。(是非トマス・アクィナスの『神学大全』を読んでもらいたい。)

でもそんなウソくさい人だって別に真正悪人なんかではない。

知能の高さだけでは強さは出ない。

やっぱりモラル。

そういうこと。

知性なるもの人それぞれだけど、比較的よくはたらく人なら、是非その分余計に(ゴールとやら以外にも)考えてはもらいたいところ。

ほとんどはたらかないように見える人のことは。。。いいじゃんねぇ。基本そのまんまでも。

これってバカにするわけじゃないよ。

ちっとでも枠が広がってくれたらいいなーと思えば、自分の枠(ゴールとやらとかそれの目指し方とか)の押し付けはナシでしょう。その人に合うならいいけれど。押し付けるんじゃなくて、やはり最も合いそうなもの、探してから提言してあげるべきよね。口を出すなら。

人間に注意が向くなら、それなりに愛さねばね。

注意向けといて最終的に「バーカ」はないよね。とりあえず。

ともかく幼児が蔓延り過ぎ。

まあその点に関しては現代人はほとんどそうだから、誰も「え?ワタシだけ??」って心配はしなくてもいい。

心配すべきは、ガキはガキでもいけないガキもある、ということ。

つまり、みんながガキなんだからそれに合わせるってのは致し方ないところはある。多少合わせなきゃコトバだって通じなくなるもの。

んだけども。

やっぱガキはガキでしょ?

何十億人。いや全員がガキとして振る舞おうがオトナにはなりはしない。あくまでもガキ。

それを忘れちゃってるならまだしも、気付いているくせに、両腕ブンブン振り回して泣きわめきながら「ガキなんかじゃないやい」ってやつね。

ダメなガキって。

絶対的なナニモノかに帰依するっていうのはそんな卑近なことなのさ。なにも神聖視しまくる必要はない。

オトナって相対的なものだけじゃなくて、ひょっとして絶対的な物差しってあり得るんじゃないの?生まれたばかりの赤ちゃんはさすがにオトナとはいえないだろう?とかいうことなんか考えるとさ。

へ?

だって。。。面倒見なきゃいけないじゃん?誰かが。ってことは赤ちゃんが存在する限り、どっかにオトナって存在するわけじゃない?まあそれがしっかりした小学生であったりもするわけで。その人は見かけはサラリーマンよりは子どもに見えるとしても、絶対的な物差しで計るところのオトナ度は持ち合わせているということじゃない?そんな感じ。絶対的なオトナの物差しって。

そういう絶対的な目指した方がよさげなものを何か思いさえすれば人の心なんていくらでも違ってくる。

神さまとか魂とかがお嫌いな方々はさ。是非とも身近なところでそういった絶対的によさげなものを見つけてもらいたいよね。もしくは、よさげと感じるなら是非是非一度絶対化を試みてもらいたい。そこまでして目指すべきものであり得るか否か?みたいな感じでね。。。


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