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タイ国の少数民族における文化財保護と博物館の活用に関する一考察 〜タイ国モーン族における実践的研究を通して〜

モーンに出会うまで
16歳の時、 上座部仏教へ改宗し、大学でタイ、チベット、モンゴルの仏教文化やタイ語を学び、奈良康明先生 のもとで仏教学を学んできた。卒論ではタイ恋愛映画の中で、悟りの階梯による青年心理の変化をなぜ表現したのかを研究した。この研究によりタイの若者は仏教を利用する軍政から民主化を望み、独自の芸術制作を通して、人々が涅槃へ往生する権利があるという教学を探究していること、また都市部を中心に若者が近代化により寺院から離れゆく社会変革がわかった。また、タイの民主化問題と途上国開発 による農漁村民の搾取が、近代化と近代以前の世界観に基づく宗教生命倫理の軋轢が元凶だという指摘も知り、近代化がタイ社会や地域のヒトを含む生物にどのように影響を与えているかという問題意識が生まれた。

私自身、2017年~2018年にタイへ行きタイ・バンコク郊外ノンタブリー県クレット島のモーン族(Mon)陶工に陶彫を教わった。このとき近代化による気候変動、都市開発・防災政策、そして少数民族という偏見によってクレット島モーン族の文化財が脅かされる現場を経験した。モーン族は本来ドヴァ−ラヴァティ王国(タイ)にルーツがあり、カンボジアによる侵略でビルマへ逃げ、近世にタイへ戻ったという複雑な歴史がある。地域のシンボルであるムタウ仏塔も水害により傾き、ビルマのモーン国粋主義を表す赤い布が巻かれラーマ5世以前のムタウ仏塔とは様変わりしていた。本来、仏塔が表彰してきた三界という宇宙観、仏教環境思想すら気候変動によって危ぶまれる現代=人新世を感じた。帰国後何人かのモーンの島民と意見交換し、①クレット島内コミュニティー博物館の再経営、②水害による窯倒壊、開発で質が悪くなった南蛮焼締の改善 ③ムタウ仏塔の環境思想が作り上げてきた生態系保護 ④モーン語教育の復興が課題として重要だと考えた。

今後、マイノリティーの文化財価値を明らかし島民を含めた社会に伝える能力を身につけていきたい。卒業後はタイで学芸員資格免許を更新してモーン族の文化財保護、先住民社会教育に携わりたい。

研究背景

「人新世」と呼ばれる近代化に伴う経済発展、気候変動そして他者排斥民族主義・社会分断による「ヒトを含む生物多様性」の危機に対しては、「ヒトの無形文化財保存」「大学、文化伝承者・先住民芸術家、博物館の連携や民族立大学設立」が求められている。

これまでタイ国における観光公害、気候変動、都市開発と政治による文化財保存問題について、事例としてタイ・バンコク郊外ノンタブリー県パークレット郡クレット島モーン文化財が研究され、モーンの困窮が明らかになった。モーンの民族性は首都圏内に古代モーン史跡が存在するのに、ビルマとタイの国史観やタイ近隣共産主義諸国との関係から「モーンは都会にはいない、モーンはビルマ土着民」という偏見がある。モーン文化財問題に関してはJirada(2018)の結語に「民族同化」が示唆されるとともに、徳澤(2021)では2011年水害時タイ国立通信制大学(STOU)の文化財レスキュー後における資料研究、展示が不十分であり、私営博物館運営形態・保存・修復・活用の問題などについて課題が指摘されているところである。博物館はメディア機能を果たし、モーンの主体的な文化財調査・収集・保存・展示・教育・活用には人類史と生物多様性をコンセプトする民族主義ではない人類学博物館経営が求められている。

目的

クレット島では少数民族であるモーンが営む窯業により、野生のフクロウが生息するほどの生物多様性の環境が残されている。近年「モーンはビルマではない」という声が上がり、持続可能な観光開発と民族性が見直されている。しかし、タイ国の政策誘導で日本の大学が支援に参入し、結果的に文化財破壊とモーンの存在を脅かす観光開発となり、モーンの「主体性」が危ぶまれている。実際に多くの人々はモーン語が話せない。また島内出身の民族教育者は殆ど他界してしまい、河川にプラスチックを捨てる行為が多発する等、自然を含む文化財価値の教育が不十分である。そして病気の犬に薬を与えられないほど、都市中心部とは経済格差が存在する。

現在のクレット島におけるモーンの文化財価値と彼らの私営博物館の社会的意義を調査した上で、持続可能な社会を提示し、さらに自然を含む文化財価値を活用したモーン主体の博物館活動を研究する。

研究手法

STOUの取材によって、モーンの文化財価値や私営博物館および文化財レスキューの活動の社会的意義を調査する。さらに島民に対する参与観察によって、モーンの文化財価値を多面的に理解する。その上で、アクションリサーチの方法に基づき、私営博物館活動に関する各種の制作物を制作する。具体的には、文化財保存・活用活動の記録をまとめたビデオを制作する。このビデオには、目的や背景で述べた諸問題を手掛かりにして、モーン語教育やムタウ仏塔及び精霊の信仰、陶磁器(南蛮焼締・ペグー施釉器)の作陶・教育用小型窯の築窯、モーン語陶板やアジアの仏像にも見られるモーンの袴・ロンジーの新しい意匠として陶土の泥染創作とこれらの制作過程である無形文化財の保存・活用をビデオに収める。陶磁器に関しては、文化財である窯の内部に1990年代以降の陶工が捨てたカワラケのゴミを粉砕しリサイクル釉薬を作る。パークレット郡内飲食店で廃棄されるサトウキビの搾りかすや炭の灰で釉薬を作り、手製レンガで制作した教育用小型窯で陶磁器を焼く。

展望

映像資料活用により社会的意義、モーン文化に対する関心を高める上映が可能となりアーカイブ化が期待される。なおその手製レンガは現在、日本で私の家族及びシーサパンナー窯の技術を研究・応用したカネ利(岐阜県瑞江市立博物館専属陶工)とともに作り始めており、モーン陶工に期待されている。研究によってモーンの博物館経営といった主体性につながると期待する


参考文献

大村敬一 「人新世」時代の文化人類学 放送大学教育振興会  2018

奥野 初めての文化人類学 2023

稲村哲也 p 91 博物館情報メディア論 放送大学教育振興会 2018


• モン関連 

寺田匡宏 人新世を問う  京都大学学術出版会 2021

モン窯業の変遷と地域博物館群の成立過程 徳沢啓一 2021

文化遺産を核とした地域共働の可能性についての一考察 -タイ北部プレー県中等学校における事例を中心に- 池田 瑞穂 博士(文学) , 早稲田大学 ,2017

Wat Poramaiyigawas: The Reflection of Mon Identity during the Transition from Old to New Siam  Jirada Praebaisri 2018

アジアの博物館と人材教育 白石華子 雄山閣 2022

民族共存の制度化へ、少数民族の挑戦 タイとビルマにおける平地民モンの言語教育と仏教僧 和田理寛 風響社 

インドシナ半島の陶磁 山田義郎コレクション 長谷部楽爾 瑠璃書房 1990

Translation of Community-based Creative, Cultural and Traditional Tourism of Koh Kred Community ยุพิน พิพัฒน์พวงทอง (Yupin Pipatphuangthong ) 2017

先住民教育、先住民運動関連

ニュージーランドの学校教育におけるマオリ語イマージョン教育 岡崎 近畿大学総合文化研究科2020

日本の社会教育 アイヌ民族・先住民教育の現在 日本社会教育学会 東洋館出版社 2014

書籍

前田耕二 オーストラリア先住民の主体形成と大学開放  2019

窪田幸子 先住民とは誰か 世界思想社 2009

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