ママ先生、「好き」を発信します | 私らしいはたらき方(仮)
国語が好き。古文が好き。
日本語ってこんなに面白いんだ!
……言葉に魅了され、「言葉の世界のキラキラを、未来に繋いでいきたい!」と思ったかつての中学生は、夢を叶えて国語の先生になりました。
それから数年。
3年の産休・育休を取得、からの今年4月復職。2人の男児を抱えて働く「ママ先生」として、やや時短(=ほぼフルタイム)しつつ働いています。
学校では「先生!」家では「ママ!」
目が回る日々の中で、最近専ら私が考えていることといえば、そう、ズバリこれでした。
「私にしかできないことって、なんだろう?」
「#私らしいはたらき方 って、なんだろう?」
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すっかり心折れていた、1年目の春のこと
一生国語に関わって生きていきたい!という思いから志した教職の、その現実の厳しさに絶望しかなかった1年目の春。
生活指導ができることが大事。
授業は二の次三の次。
教材研究をする暇なんてない。
「先生」の働き方の現実。
蓄積されていく疲労、心労……
私じゃなくてもいい。
私の代わりはいくらでもいる。
だから、いつ辞めたって平気だ。
そんなふうに閉じた心を開いてくれたのは、やっぱり国語。やっぱり、古文だったのでした。
古典文学一色の、秋の教科書
秋の教科書は、いろは歌、竹取物語、絵巻物。
そして冬には、百人一首が控えます。
「待ってましたよ!」「よくぞここまで!」
春、夏と歯を食いしばって耐え忍んできた私の心に、古文がたっぷり染み渡ります。
🕊「なんだ!みんなこんなところにいたのね?!」
「僕たちはずっとここにいたさ!はなちゃんが辿り着くのを待っていたんだよ!」
古文教材と会話し始めちゃうくらいには、久しぶりに高鳴る胸(お得意、脳内トリップ)
よーし、こうなったら、この子たちの古文の授業は、時間が許す限り「私だからこそ」の授業にしちゃおう!勝手にちょっと難しい話もしちゃおう!
「みんな!お願い!力を貸してっ!」
教科書・辞典・三代集・古典文学全集・検索ソフト・論文の束たち「オーッ!」
水を得た魚ならぬ、古文を得たわたし
「自分が楽しいと思える授業にしちゃおう!」
そうと決めてからの授業は、若手時代の私の過ごし方を大きく変えるきっかけになりました。
『竹取物語』は、大学で散々読んだ大好きな大好きな作品のひとつ。「論文にはこういう説もあってさ〜」とか勝手に付け加える。
「蓬莱の玉の枝」の単元では、「玉の枝」の画像をプリントアウトして厚紙に貼って再現して持ち込んで、かぐや姫ごっこ。
「枝」を「えだ」と読むか「え」と読むか、三代集と同時代の作品の用例を調べてきて講釈。
大好きな恋の歌が出てくる授業は、喋り過ぎて全く計画通りにはいかなくて、いつも時間ギリギリ。
……たまに、ちょっとオーバー。
でも、不思議と、文句を言う生徒はなし。
もしかして、私が何言ってるのか全然伝わってないのかな?もはや呆れられてるのかな?やめたほうがいいかな?
そんなふうに思っていた矢先。生徒たちから、こんな声があがるようになったのです。
「もう〜、はな先生って本当に古文好きだよね!」
「古文は、ぶっちゃけよくわかんないけど、先生の話は面白いから好き!勉強してみるよ」
卒業生を出すときには、「先生へのお礼の手紙」にこんなことも書いてありました。
「古文の話してるとき、先生がいつも楽しそうだったのが印象に残っています。私も源氏物語を読んでみようかなって思ってます」
「高校には、古典文学の授業があるんですよね?古文の授業、楽しみです」
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"「好き」が誰よりも伝わるような先生"
思い出したのは、私が最初に「古文の先生」に憧れた日のこと。
強面の男性の先生。
一見ちょっと怖いんだけど……和歌が出てくるときだけめちゃくちゃテンションが高い!
この人は本当に、古文が好きなんだなぁ。
胸がほっこりあったかくなった瞬間。
「好き」が誰よりも伝わるような先生になりたい。
「こんなに楽しいよ」って背中で見せる。
生徒のいく道の、みちしるべみたいになれるような、そんな先生になる。
そんなふうに素直に一途に思っていた、「学生時代の私」がひょっこり顔を出します。
「よかったね、はなちゃん。古文面白い、楽しいって、伝わってたよ!好きって気持ちが、生徒の心を動かしたんだよ!よかったね、よかったね」
「ちょ…やめて……そういう熱いやついいから……柄でもないし……もうオトナだし……」
そう思ったけど、でも私はもうオトナなので、学生時代の私をヨシヨシしてあげました。
「そうだね、頑張ってきて、よかったね」
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「猪狩はな先生ありがとうございました」と表紙に書かれた、卒業生からの手紙の束。
可愛らしい赤ちゃんのイラストの横に添えられた「がんばって元気な赤ちゃんを産んでくださいね」というメッセージを何度も何度も撫でて、心のこもったお手紙を、何度も何度も、読み返します。
そうして、私はその年の夏から産休に入りました。
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ワーママ先生のゆく道は、厳しく、険しい。
3年間の産休育休明け!2人の子持ち!
ワーママ先生の立たされる現実に、打ちのめされている1人の女がいた……
私だ。
ブランクたっぷりな上に、指導要領・教科書の改訂。限られた時間の中で、キツキツでこなす大量の仕事。初めてできた後輩(それも1年目)の指導のおまけ付き。
家に帰れば、家事育児。寝かしつけてそのまま寝落ちして、翌朝も慌ただしく出勤。
え???これみんなやってんの???世の中のワーママさんたちみんなスーパーウーマンすぎません?????倒れない???大丈夫???
まぁ倒れてる暇もないよね……あはは……
私らしい指導、私らしい授業、私らしいはたらき方
……って、なに……?????
こんな状態の私にできる私らしさisなに……?!?!
というかそんなもの本当にあるの?!
私にしかできないことなんてあるの?!
もはや都市伝説では?!?!
現状代わりのきかないものなんて、息子たちの「母親」っていう立場くらいじゃないの?
それだって、彼らが大きくなったらある程度お役御免でしょうよ……
そんなことを、日々、ぐるぐるぐるぐる。
はーーー厳しいーーー
家はすぐ荒れ果てるーーー
仕事はどんどん増えていくーーー
あと少しで夏休み。あと少しで、夏休みだぞ!
そう自分に言い聞かせて、深呼吸して、足を地面にめり込ませて、そうして、ようやくここに立っていられるのです。
そうして、梅雨のあいだの晴れ間に「夏」を感じながら、夏休み明けの秋に想いを馳せます。
春を越え、夏を迎え、季節は秋へと向かう
だってね、改訂された教科書でも、いろは歌と『竹取物語』は「秋」に住んでいらっしゃるんですもの。そこから、私を呼んでいるんですもの。
「はなちゃーん、もうすぐ!もうすぐだよ!」
「教科書改訂されたから、資料も増えたし絵巻も増えてるよ〜〜〜!」
🕊「君たちちょっと落ち着いて!私はもう1年目じゃないんだよ。4月の段階で君たちの様子はチェック済み……つらい時には古典文学のページを見て癒されてるに決まってるじゃない……ぐふ……ぐふふ……どうする?「かぐや姫の物語」の映画とかみんなで見る?1人1台タブレットあるし、でかい画面もあるし、スライドも使えるよね?どうする?ねぇどうする?えへ、えへへへへへ〜!」
「で、でたー!オタク特有の早口〜!」
「君が先に落ち着け」
「子ども産んだし中堅だし日々揉まれてるから強くなってるな、初任の時とは面構えが違う」
🕊「ところで、夏のところにある戦争教材やらないとダメ?誰か代わりに教えてくれない?たぶん私範読できないんだけど。泣いちゃうんだけど。兄貴がさ〜、ひもじくて弟のミルク飲んじゃってさ〜赤ちゃん死んじゃうしさ〜ヒロユキ……ウッウッ……」
「情緒が不安定」
「いいんじゃない?子ども産む前のはなちゃんだったら、戦争教材で泣くこともなかったでしょ。母親の気持ち、おなじように兄弟をもつ立場からの話、できるようになったってことじゃん」
🕊「い、いろは歌……お前……!天才……?!」
「好き」から「好き」を生む。
それが今のわたしの「はたらき方」(仮)
そんなわけで(?)今はどの1時間だって、「私にしかできないもの」を意識しているけれど、古文教材のことを思う時の心の高鳴りはやっぱり特別。
あの子たちとは、どんな古文の授業ができるだろう。どんな学びが生まれるだろう。
私にしかできない、あの子たちとしか作れない、そんなキラキラな空間が、私を待っている…はず!
私らしいはたらき方ってなんなのか、全然答えは出ません。かっこいいことも難しいことも全然書けませんでした。無念。
(それどころか、教材と会話してるトチ狂った文章になってしまった。こんなはずではなかった)
きっと、私じゃなくてもいい。
私の代わりはいくらでもいる。
でも。
それでもやっぱり、授業が好き。
生徒と一緒に学ぶ空間が好き。
そしてなにより、私は、古文が好き。
「好き」が、また次の「好き」を生む。
私は「好き」を発信する仕事をしよう。
それが今の、「私らしいはたらき方」(仮)です。
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猪狩はな 💙@hana_so14
いつもお読みいただきありがとうございます! いただいたサポートは、銭湯巡りで息子たちと瓶牛乳飲むときに使わせていただきます🐄♨️